霧ヶ原の戦い
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後世においてこの霧の中で行われたこの戦は、俗に霧ヶ原の戦いと呼ばれている。
この戦いの舞台となった平地には元々名前が無く、近隣の者たちは単に城のそばの平原などと呼んでいたため、史書編纂の際に正式名称をどうするか一悶着あるのだが、この俗称が広まったがためにこの地は滅多に霧など発生しないにもかかわらず霧ヶ原と呼ばれることとなる。
対陣する両陣営ともに積極的攻勢という形になったが、その内容は大きく違った。
神聖ゴルド王国軍は、国王ザームの主張する攻撃に多くの者が否定的であり、まずは先手を務めることとなったアルタイユ軍の攻撃を見てから全体的に動く手筈となった。
アルタイユの第二王子であるアレクは、アルタイユ軍の定石通り戦象部隊を動かすことにした。
「正面の敵陣目掛けて突撃せよ。まぁ、敵は居らぬであろうが……よいか、決して戻ってくるでないぞ。この霧の中で敵味方の判別など容易にはつかぬゆえな。突撃後、敵の有無にかかわらず戦場を南に大きく迂回しつつ後方へと退避せよ」
このアレクの命令に、象使いたちは一様に戸惑いを見せた。
「この霧では致し方ありませぬな。しかし何故に敵陣に敵が居らぬと?」
「敵の国王は若輩…………それは我も同じであるが、これまでの戦ぶりを聞くに相当なやり手が補佐についているのだろう。この霧の濃さでは象が活かせない。そこに敵が勝機を見出してくるのは必定であろう?」
「霧に乗じて乱戦に持ち込んでくると?」
副将が一人、ガンドルの言にアレクは頷いた。
「我でもそうする。我は皆の個の力においても信頼している。先の戦いにおいて見せたあの敵の強さを見るに、敵の将兵の質は神聖ゴルド王国軍を遥かに凌駕するであろう。故に、乱戦に持ち込んで個の力を示しての勝ちを狙うと見ている」
自分を若輩者とアレクは言うが、戦歴において見れば大小様々な戦を経験している古強者に勝るとも劣らない。
そのアレクが自信をもって言うのだ。これはもうその通りになると、この場にいる誰もが確信した。
「なればこそ、我は守りを固めるよう進言したのだが…………攻めだけが勝ちへの道筋ではないことをお判りいただけなかった」
口惜し気に言うアレクに、ガンドルもグレイザーもかける言葉もなかった。
ーーー
鎧を脱ぎ捨て軽装となったネヴィル王国軍は、誰も彼もが打ち震える興奮に体を震わせていた。
アデルはこの戦において自らが先頭に立ち切り込むことを明言し、
「諸君、この霧を見よ。先行きの見えぬこの濃い霧はまるで、今の半島そのものである。この霧を撃ち払うは、今諸君らが佩いている剣である。その剣を用いて霧を払い、世に道を示すのだ! 此度の戦はこれまでにないほどに厳しいものとなるだろう。しかし、余は諸君らの持つ力を信じている。余と共にその力を用いて勝利し、この半島を制して平和を勝ち取ろうぞ!」
敵に気配を悟られるのを防ぐため、雄たけびは禁じられている。
それでもこのアデルの言葉を聞いた将兵らは、この興奮と喜びを体で示さずにはいられない。
将兵らは誰に言われたわけでもなく剣を抜き、霧に閉ざされている天に向かってその剣を掲げた。
アデルは自軍を二つに分けて自らは南側から、そして北側からは大将軍たる叔父のギルバートに攻撃させることとした。
これに対してギルバートは表情を険しくして反対したが、アデルは折れなかった。
「国家存亡にかかわる非常の時です。もし私が倒れたとしたならば、カインを。カインも倒れしときにはトーヤを。トーヤも倒れ、我ら三人が死したのならば叔父上が国を継いでください」
それほどまでの覚悟を示されてしまっては、ギルバートも黙るほかない。
しかしギルバートは思う。この三兄弟全員が死したとき、それはネヴィル王国の滅亡を意味するのではないかと。
それでもなお、アデル、カイン、トーヤ共にこの一戦にすべてを賭けて自ら切り込むのだ。
「もはや何も申しますまい。神の御加護を」
この穀倉地帯を失えば、大勢の難民を受け入れたネヴィル王国の国家経営は破綻する。
食を得られず安住も出来ぬとなった難民たちは、たちまちの内に暴徒と化すであろう。
そうなれば、ネヴィル王国は腹の内から暴徒たちに食い荒らされてしまう。
そうならないためにも、絶対にこの戦に勝たねばならない。
負けることが許されぬ戦。大将軍という地位にあるギルバートはそのあまりにも大きすぎる重圧を、甥に負わせてしまったことを嘆いた。
ネヴィルはあまりにも急速に勃興しすぎた。故に、国防体制がまるで整っていない。
だが、ここを乗り切りさえすれば三兄弟の言うように先行きは明るい。
それを信じてギルバートは、この戦に限り一戦士として槍を振るうと覚悟を決めた。
先に動いたのはネヴィル王国軍であった。
予定通り南北二つの軍は、弧を描くように敵陣目掛けて先進を開始。
その中心を通るように、アルタイユ軍の戦象部隊が、霧の中を突き進む。
やがて戦象部隊が、霧越しに黒い人影のようなものを発見。
その人影に向けて、突撃を開始した。だが、その人影はアデルが脱ぎ捨てた鎧兜で作らせた案山子たち。
戦象部隊の将兵らは、これを見て悔しがることもなく、ただただアレクに対して尊崇の念を深めるばかりであった。
彼らはアレクに言われた通り、戦場を離脱。この戦において戦象部隊の活躍はなく、彼らは後方へと退いた。
思いがけぬ霧で強敵である戦象部隊を躱すことに成功したアデルたちの気は高ぶった。
彼らの知恵を以てしても、今この場で戦象部隊を打ち破る策はなく、彼らに自由に行動されたのならば多大な損害を受け、士気は下がり全軍崩壊の危機さえ危ぶまれていたのが、ほぼ無力化できたのは天恵というしかない。
先が全く見えず、息の詰まるような濃い霧の中、先頭を行くアデルは頭の中で馬の速度から移動距離を測り、頃合いを見て斬りこんだ。
「全軍、余に続けーーー! 余と共に突撃せよ!」
アデルの雄たけびに、後続の将兵らも雄たけびをあげる。
ほぼ同じ頃、北側から進軍するギルバートもまた自らを先頭に突撃を開始する。
ネヴィル王国軍に南北から襲われたのは先陣のアルタイユ軍であった。
奇襲はアレクによって予測されてはいたが、霧の中から突然現れた敵に驚かず、動揺もしないとはならず、その僅かな隙を突いてネヴィル王国軍は一気に斬りこんでいく。
数メートル先の人も判別できないほどの濃い霧の中、戦場はすぐに三兄弟、アレク共に想定する個の戦場となっていった。
組織的な戦いではなく、純粋な個人戦闘力が試される戦。
五殺の誓いをはじめ、戦士の国を自称するネヴィルの将兵らの戦闘力は高い。
だが、アレク率いるアルタイユ軍も精鋭である。
何処も彼処も激闘が繰り広げられた。アレクは自身の護衛を兼ねる十六勇士たちに、自由な行動を許した。
彼らはアルタイユ軍の中でも豪の者たち。個人戦闘が主となるであろうこの戦での、戦力の死蔵を避けたのである。
アレク自身も獅子王子と呼ばれるだけのことはあり、その武勇は卓絶している。
アレクの武勇の程を知り、並大抵の者ではアレクの相手にもならぬと見ている十六勇士は、命令通り手頃な敵を求めて散っていった。
針治療やお灸を薦めて下さったdanukoさん、本当にありがとうございました。
まだ深く息が吸えず、苦しいので検討させていただきます。
ちょっとだけネタばらし。
私は小学生の頃に三国志演義がベースの横山光輝三国志を読んで三国志にはまり、今でも三国志が大好きです。次の話かその次で、とある有名なシーンをお借りしようと思いますので、皆さん予想してみてください。




