決戦前の対陣
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更新遅くなりましてまことに申し訳ありませんでした。
実はコロナに感染してしまいまして、更新も仕事も回復するまでお休みさせていただきました。
ワクチンのお陰か、入院するほどの重症化はしませんでしたが、発熱が続いてもの凄くしんどかったです。
最近新型がまた流行り出しているので、暑い日が続いておりますが、皆さまもマスク等の感染予防対策をしっかりとしましょう。
厳しい撤退戦を続けるマグダルたちの前に現れたのは、ベルトランであった。
彼はマグダルの生存を喜ぶと、すぐに彼らを逃して逆撃の態勢を整えた。
マグダルたちを追っていた敵は、無傷のベルトランたちを見て敗残兵が最後の悪足搔きをすると勘違いして舐めて掛かった。
準備万端で迎え撃つベルトランは、敵の追撃部隊をいとも簡単に蹴散らした。
したたかに痛打を浴びた追撃部隊は、百ほどの損害を出して撤退。
これを聞いたザーム王は、地団駄を踏んで悔しがったという。
一方でアレクはこの報を受けてさも当然とばかりに頷いた。
「地理不案内で深追いすればそうもなろう」
と、言いつつアレクは城の兵糧庫に残されていた糧食が、全て糞尿によって汚染させられていた事実に頭を痛めていた。
「敵が退く際に、城に火をかけなかったので一縷の望みを抱きはしたが、やはりその考えは甘かったな」
自分としては最善を尽くしたがこればかりはどうにもならぬとアレクが嘆息すると、傍らに控えていたグレイザーが、
「致し方ありませぬ。今は兵を休めることが肝要かと存じ上げまする」
と、主君を慰めた。
ーーー
オルネド城へと撤退したマグダルは、その途中で進軍するネヴィル王国軍本隊に出会った。
すぐにマグダルはアデルの元に通され復命し、義父でありベルクス城の城主であるダグラスの死を伝えた。
これを聞いたアデルは、ただ静かに涙したという。
「マグダルよ、余は二度も父を失った」
アデルは父であるダレンを失って以降、傅であったダグラスを実父のように慕っていた。
そういった意味では養子であったマグダルに近いともいえる。
このアデルの言葉にマグダルは、いやマグダルのみならず皆涙したという。
「仇を討たねばならぬ。マグダルよ、今一度余に力を貸せ!」
アデルは激しい撤退戦でボロボロな姿のマグダルに、これを言うのは酷かとも思ったが、マグダルの激しい性格はアデルもよく知るところである。
この敵討ちの機会を逃すことは決してないだろう。
このアデルの予想通りマグダルは、地に頭を擦りつけるように平伏しつつ、感謝の言葉を述べた。
「はっ、敗残の身に余るお言葉! このマグダル、命に代えましても敵王の首を取ってご覧に見せましょう」
こうしてマグダルたちはアデル黒狼騎と共に直属の部隊として合流し、再びオルネド城を目指すこととなる。
一方、その頃ネヴィル王国軍の他の部隊はというと、敵の追っ手を打ち払ったベルトラン軍は、敵に捕捉されないように敵本隊と慎重に距離を置きつつ、機会を伺って同地に潜んでいた。
また北東から発したカルファ・アンデュー伯を主将とし援軍五千は急ぎ南下し、無事にエギン率いる二千のエフト王国軍と合流した。
エフト王国軍には道案内役としてシュルトが兵三百を率いて同行している。
合わせて七千三百となった援軍は、敵の側後背を突くべく東南へと進路を変えて進軍。
「状況次第では、我らが戦況を決定付ける重要な戦力となるであろう」
とのカルファの言葉に、エギン、シュルトも頷いた。
この援軍の士気は極めて高い。エフト王国軍を率いるエギンは、行商に帯同していたこともあり幼いころからアデルたちをよく知っていて親しみを感じている。
さらにはカルファの指揮下にいる二人の貴族、グラハレル子爵、レビアス男爵がおり、彼らは今こそ陛下より賜ったご恩に報いねばならぬと気焔を吐いていた。
この二人、アデルたちの計略により騙され、その結果ロードリンゲン侯爵を降す大きな一因となったのだが、ロードリンゲンと共にネヴィルに降った以降、ガドモア王国時代とは打って変わって好待遇を受けていた。
爵位こそ変わらぬものの、この二人の領地の中心を通るように山陽道を少し曲げて敷設した結果、二人とも泡を吹いて驚くほどの経済効果をもたらすこととなった。
それまで北部辺境の中でもコールス山脈沿いの極貧貴族であった彼らは、今やネヴィル王国北東部でその経済力から有力な貴族として生まれ変わりつつあった。
この明るい未来を前にしては、過去に謀られた恨みなど吹き飛んでしまう。
それどころか絶対の忠誠心を抱き、この援軍にも進んで名乗りを上げで加わっていたのであった。
戦意極めて高し。このまま行けば、アデル率いる本隊が戦っているうちに敵の側後背を突くことができ、勝利を決定付けることが出来るはず…………だが神の悪戯か、彼らにも厳しい試練が課せられるのである。
ーーー
ベルクス城へと進軍するアデル率いるネヴィル王国軍。
城まであと半日というところで、ついに神聖ゴルド王国軍と対陣することとなる。
この時の両軍の兵力は、逃げ延びて来たベルクス城の守備兵を加えたネヴィル王国軍が一万四千弱。
城攻めで損害を出したとはいえ、アルタイユ軍を加えた神聖ゴルド王国軍が二万一千強。
このだだっ広い平地での七千の兵力差は、いくらアデルたちでも如何ともしがたい。
さらにはその最前列に、その存在を誇示するかのように戦象たちが立ち並んでいる。
この不利な状態のままいざ決戦かというところで夕暮れとなり、決戦の火蓋は明朝を以って切る様態となる。
数的な有利をその目で確かめたザームは勝利を確信し、その前祝として持参した高級ワインを将たちに振舞った。
一方、ネヴィル王国軍は敵の数よりも、生まれて初めて象を見た驚きと興奮に包まれていた。
「なんだぁ、ありゃ! 山が動いとるわい」
「何でも皮が厚くて槍も矢も刺さらんらしい」
「はぁー、そりゃ難儀じゃわい。しかし、そんなこと誰が知っとったんじゃ?」
「そりゃ勿論陛下よ。陛下の智はこの世の万物全てをお見通しになられるゆえな!」
「しかし、いくら陛下といえども、槍も刺さらん化け物にどう対処なさるのであろうか?」
「儂らが幾人集まろうと良い知恵は出ぬが、陛下と殿下方がお揃いであれば、あのような化け物も一捻りじゃて」
意外にも兵たちは興奮はしても動揺はしなかった。
それだけアデルらがこれまでに出してきた結果に、彼らは神性を見出してきたのだ。
科学という言葉すらない迷信深い時代である。
彼らにとってアデルたち三兄弟は、神にも等しい存在だったのだ。
その神々たちはというと、戦象の放つ威圧感に押しつぶされそうになり、胃をキリキリと痛ませていた。
「前世の記憶にある動物園の象とは全く違うぞ」
「駄目だ、まともにやって勝てる気がしない」
「突進してきた戦象部隊を左右に散って躱しつつ敵に肉薄、いやいやどう考えても歩兵部隊は敵に補足されて蹴散らされるだろう。考えが甘すぎた」
「かといって事ここに至っては他に手立てはない」
「いっそのこと夜陰に紛れて兵を退くか?」
「ここで撤退しても同じことだ。この南東部は穀倉地帯で平地ばかり。野外決戦ではどこに陣を敷こうとも不利なことに変わりはない」
「オルネド城もベルクス城同様、小城で防衛には向かない。もう、覚悟を決めてやるしかないよ…………」
人払いをした本陣の天幕の内、余人を交えず三人だけでの軍議。
もし誰かが今の三人の顔を見たら、きっと驚いたことだろう。
顔色を青くし、恐怖と重圧により手足をわなわなと震わせる三兄弟の姿は、それはもう頼りないものであったのだから。




