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未来の親衛隊


 整列させられた四百人の奴隷を前にして、アデルたちは息を飲んだ。

 上は十三、四、下は自分たちと同じくらいだろうか? 男女比は二対一位で、身に纏っている服は破けたり穴だらけで、垢じみて悪臭を放っている。

 当然ながら靴などは履いておらず、皆裸足である。

 顔や手足には、痣や擦り傷、鞭の跡などが生々しく残っている者も多い。

 皆、自然と俯き気味で、誰も彼も目が死んでいる。この年にして、人生を諦めるというのは、一体どのようなものなのだろうか? 考えるだけで怖気がした。

 整列するように言われた際も、指示には黙って従った。今更逃げ出しても、生きて行くことなど出来ないので、反抗する者は皆無であった。

 そんな奴隷たちの鼻腔に、食べ物の匂いが飛び込んで来る。この時の四百人の内、何人が腹の虫を鳴らしただろうか? あちこちから聞こえる空腹を告げる音を聞く限り、それはやはり全員だったかも知れない。

 アデルたちは整列させた奴隷たちに順番に皿とスプーンを配る。

 そして、炊き出しの場所へ誘導して列を作らせて、順番に食事を配る。この時のメニューは、主食に麦粥、塩気としてオリーブの実の塩漬け、そして粥の上におからが振り掛けられる。

 食事内容としては、アデルたちが毎朝食べている物とそう変わりは無い。貴族であるアデルたちは、精々おかずが一品多く付く位である。

 食事を配られた奴隷たちは、空腹に耐えかねその場で粥をかきこむようにして食べようとするが、アデルたちはそれを止め、配給がスムーズに行われるように離れた場所で食べるようにと指示をする。

 それを聞いた奴隷たちは、一時でも早く食事を摂るため慌ててその場を離れようとするが、そのとき自分たちと同じくらいの年齢の男の子が、転んで皿を引っくり返してしまう。

 その男の子は、地面に撒かれてしまった粥を見て、見る見るうちに目に涙を溜めていく。

 周囲の奴隷たちは、その男の子を憐れみの目で見つめるのみ。こういった場合、大抵は食事抜きとなる。

 それどころか、折角与えた食料を無駄にしたとして、罰を与えられる可能性が高い。

 アデルが少年の元へと近付いて行くのを、奴隷たちは緊張の面持ちで固唾を飲んで見守った。


「怪我は無いか? いくら腹が減ってるからとはいえ、慌てるからそうなるんだぞ。さぁ、立ってもう一度並んで食事を受け取るように」


 そう言いながら、アデルはまだ四つん這いで涙を流している男の子の手を取って立ち上がらせた。

 そして皿を拾い上げると、再びその男の子へと渡すともう一度最後列に並ぶように命じる。

 その様子を固唾を飲んで見守っていた奴隷たちは、どうやら自分たちは慈悲深い主人に買われたようだと、安堵した。

 その後はそのようなアクシデントは無く、奴隷たちは与えられた食事を無我夢中になってかきこんでいく。麦粥の上に掛けられている物は良く分からなかったが、その正体を詮索している余裕は奴隷たちには無い。

 ただ夢中になって必死に、麦粒一かけらすら逃すまいと皿を舐めるようにして平らげる。

 食事を終え、そのまま十五分ほど休ませた後、今度は奴隷たちに新しい服とオリーブで作った石鹸を渡していく。石鹸は自領で生産したものであるが、服の方は半分はロスコが買い漁ってきた物である。

 服は麻の簡素なもので、女の子も男の子と同じくズボンである。サイズも、育ち盛りと言う事で少し大きめに作られており、下の方の年齢の子供たちは裾あまり、袖あまりの状態であった。

 順番に服を渡された子供たちは、皆キョトンとした表情を浮かべている。奴隷に服を与えるなど、滅多に聞くことでは無い。それも何の役にも立たないとされる子供の奴隷など、冬でも下手をしたら腰蓑一丁であっても何らおかしい話では無いのだ。

 当然、そんな恰好では遅かれ早かれ、風邪を引いたり凍死したりする。だが、値段の安い子供の奴隷など、それこそ使い捨て感覚であり、こんなご時世であればいくらでも補充が出来るので、服などを買い与える方がかえって高くつくのである。

 さらに石鹸が渡されたが、石鹸など産れてこの方見たことも無い者も多く、中には食べようとする者まで出る始末であり、アデルたちは慌てて石鹸の使い方を教えた。

 そして男女に別れて、川へと向かう。男たちはアデルと従者たちに連れられ、女たちはアデルの母であるクラリッサと領民の女性幾人かが連れて行く。

 

「よーし、先ずは皿を洗え! その皿とスプーンは夕食の時にも使うからな。良く洗って汚れを落とし纏めて置いておけ」


 奴隷たちは言われるがままに、川べりに並んで食器を洗う。


「よし、全部の食器を洗ったな? 次はお前たちの身体を洗う。順番に今着ている服を脱いで、川に石鹸を持って入れ!」


 風呂は当然、碌に水浴びすらしたことが無いのだろう。奴隷たちが入って、軽く体を洗っただけで川の水面は真黒になった。

 川であるから、汚れた水も直ぐに流れて行くのだが、下流の方は凄い事になっているだろうなとアデルたちは川下の方を見つめた。

 一時間ほどかけて順番に体の洗浄を終えた奴隷たちは、夏の日差しにより直ぐに乾いた体に、手渡された新しい服へと袖を通す。

 それと共にサンダルのような靴までもが与えられ、奴隷たちは身に纏った新しい服の匂いを嗅いだり、サンダルを履いて飛んだり跳ねたりして具合を確かめている。

 最初は死んでいた目も、食事と体を洗った事による爽快感で、段々と生気が灯って来始めていた。

 再び食事を摂った広場へと戻ると、女の子の奴隷たちが先に水浴びを終えて待っていた。


「じゃあ、後はお願いね」


 そう言ってクラリッサは、アデルと従者たちに女の子の奴隷たちを任せてその場を後にした。


「「「はい、お任せ下さい」」」


 アデル、カイン、トーヤの三兄弟と従者たちは立ち去るクラリッサに頭を下げる。

 じゃあ、やるかと、アデルが整列して座らされている奴隷たちの前に、ずいっと出る。


「俺が、このネヴィル領を治めるネヴィル家の嫡男、アデルである!」


 その声に、奴隷たちはぎょっと目を剥いて驚く。自分たちを何かと世話をしてくれた、あまり年の変わらない子供が貴族の嫡男だと言うのである。驚くのも無理はない。

 それと共に、奴隷たちに疑念が湧き上がる。貴族の子息というわりには、アデルの服装があまりにも質素であるからだ。

 アデルは奴隷たちの眼差しや雰囲気で、それを悟った。


「信じられないのも無理はないが、事実である。自分がお前たちの主人であり、生殺与奪の権利を有している。つまり、お前たちを生かすも殺すも俺の自由というわけだ」


 アデルたち三兄弟は、鋭い目つきが父親に似ている。物騒な物言いと共に、その目がすぅと細められると奴隷たちは自然と背筋を震わせてしまう。


「お前たちには土地の開墾や畑仕事をやってもらう。先ずは自分たちの食い扶持を稼いでもらうわけだが……期間は二年とする」


 子供の力で開墾しても高が知れている。畑仕事も然り。であるのにもかかわらず、服や靴を与えることに対して、知恵の廻る者たちは首を捻っている。


「二年間真面目に勤め上げたのならば、奴隷の身分から解放し、自由民とすることを約束する」


 これには全員が驚いた。一度奴隷となったからには、余程の特技やそれらを駆使して大金を稼がない限りは、一生奴隷のままなのが当たり前である。

 それをたったの二年間、野良作業に従事するだけで解放するというのである。これには奴隷だけでなく、その場に居た従者たちもが驚いてしまう。


「ただし、この二年間は厳しいぞ! お前たちには、仕事の他に教育も受けて貰うからな」


 このアデルの言葉に、さすがに従者たちは駆け寄って来た。


「若様、一体何を仰られておるのですか? 奴隷に教育など、前代未聞のことでありますぞ!」


 何処の世界に奴隷に教育を施す為政者がいるのだろうか? 奴隷は愚かである程扱いやすいとされるものである。奴隷に余計な知恵を与えるのは、反乱を起こす可能性が高まり危険であるとして、仕事上必要最低限のことしか教えないのが普通である。


「なればこそだ。彼らには教育を施し、内政、軍事共に次世代の中核として、お前たちの子の下に付けようと思っている。つまりは手っ取り早く言うと、この俺の親衛隊だよ」



 

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