戦士の国
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大変長らくお待たせいたしまして、まことに申し訳ない。
暴風のように暴れたアデルは翌日には嘘のような冷静さを取り戻していた。
すぐさまオルネド城の狭い会議室に将を集め、軍議を開く。
「昨日は取り乱し、申し訳なく思っている」
集まった将全員が着席すると同時に、アデルは立ち上がり皆に向かって深々と頭を下げる。
アデルだけでなく、カインとトーヤも同じく立ち上がり、アデル同様頭を下げた。
これに対して諸将は、
「なんの、陛下が臣を思うお気持ち、我らは嬉しゅうございます」
と、むしろアデルたちの反応を喜ぶ素振りを見せた。
事実、彼らは嬉しかったのだ。
ダグラスが重臣であり、アデルたちと特別な関係を築いていたとしても、一臣下であることには変わりない。
その臣に対して、一時的にとはいえ取り乱すほどの情を示したことが、である。
それと同時に庇護欲も掻き立てていた。
いくら頭が切れようとも、まだアデルたちは少年である。
それも、子供のような純粋な心を持ち続けている。
権力者となっても、その心は穢れていない。
自身の抱く理想へと突き進んでいく真っすぐな姿勢は、野望を野望として感じさせず、この戦乱の中においてそれは、積もりに積もった塵芥を吹き飛ばす一陣の風のような、清々しさを感じさせるのだ。
だがしかし、同時にそれは危うさをも感じてしまう。
善良な君主が、ある日を境に悪逆の王となった例は枚挙に暇がない。
そうはさせないためにも諸将は、必ずやこの王の身体だけでなく、その心も守らねばならぬと心に誓うのであった。
着席したアデルは、ひと呼吸置いてから卓上に広げられた地図に視線を移した。
諸将らもそれにならい、沈黙を保ちながら各々地図を注視する。
「まず、大前提としてこの地の放棄はあり得ない。なぜならば、このネヴィル王国南東部は国内有数の穀倉地帯であるからだ。昨年より我が国が仕掛けた策略により、ガドモア王国から大勢の民が我が国の庇護下に入らんとして、苦難の道のりを経て我が国を訪れている。ネヴィル王国は彼らを新たなる臣民とすることを約束し、安住の地を与える方向へと舵を切ったが、当初の想定よりも我が国を頼る者が多く、幾つかの問題が発生している。その最たるものの一つが、食料問題である」
敵国からの人口の流出は歓迎すべきことである。
ましてや自国にその流出した者たちが流れ込んでくれば、それはもう手を打って喜ぶほど。
人口の多さが国力や兵力に直結する時代であればこそ、アデルたちの仕掛けたこの策は上出来であったが、受け入れ態勢に多くの問題点を抱えていた。
その最たるものが、アデルが述べた食料問題である。
移民者たちを開拓に従事させたとしても、その成果が出るのはどんなに早くても翌年以降である。
それまでは、国が彼らの腹を満たしてやらねばならない。
それが出来なければ、期待を裏切られた移民者たちが暴徒化して、国内を荒らしまわる可能性が生じてしまう。
そのためにもこの国内有数の穀倉地帯である、ネヴィル王国南東部一帯を手放すわけにはいかないのだ。
「守ると言われましても、御存じの通りこの地は長らく敵の侵略から遠ざかっており、建っているどの城も古いうえに規模も小さく、籠城に向きませぬ」
大将軍ギルバートの言に諸将も頷き、王であるアデルも頷いた。
元々この地はガドモア王国西部辺境であった頃から殆ど敵の侵攻を受けたことは無く、したがって建っている城も防衛拠点というよりは、その地を治めている領主の権力の証としての意味合いが大きい。
そのためどの城も本格的な敵の攻撃に耐えることは出来ない。
「ここは、野外決戦あるのみですな…………」
駆け付けて来たネヴィル王国の三伯が一人、ウズガルドが野太い声で決戦を主張する。
それに呼応するかのように三伯が一人グスタフも、然り、と頷く。
「余もそれしかないと思う。だが、決戦するにあたって一つ大きな問題がある。それは…………」
言い淀むアデルの言葉を、ギルバートが継いだ。
「こちらの方が兵力が劣勢であるということだ。今、本国からこの地に向かっている軍が合流したとしても、合わせて一万五千。敵は今のところ一万から一万二千とのこと。しかし、アルタイユ軍一万が間もなく合流するとの情報を得た。さすれば、我が方一万五千対二万二千となる」
「北部からの軍とエフト王国の軍は?」
「…………それが残念なことに、敵軍の合流のが早いと思われる。彼らも急いでいるとは思うのだが、少しばかり間に合わん」
ううむ、と諸将が腕を組む中、猛将たるウズガルドが猛々しい声を上げる。
「たかが二万! 我らならば、倍までは押し返して見せまするぞ! 御安心あれ!」
アデルは頼もしい、頼りにしていると声を掛ける一方で、次の問題を指摘する。
「確かに我らネヴィルは戦士の国。神聖ゴルドの兵など物の数ではない。だが、アルタイユ軍は…………アルタイユの象が厄介なのだ。この中で象兵と戦ったことのある者はいるか?」
このアデルの問いに手を上げる者はいない。
この場にいる誰もが象を見たことすらないのだ。
唯一、三兄弟のみが前世の記憶で象を知るのみである。
「余も知らぬ。文献で見たことはあるが、その姿は小山ほども大きく、皮が分厚いため矢や槍が通りにくい。中途半端に手傷を負わせると荒れ狂い、丸太のような長い鼻を振り回して蹴散らし、長大な二本の槍のような鋭い牙で突き殺し、巨大な足で人馬もろとも踏み殺すという」
「…………まるで悪魔そのものですな…………」
歴戦の勇士ぞろいの諸将たちだが、象の話を聞くとその顔に影が差す。
それもそのはず、神聖ゴルド王国の侵攻に対するガドモア王国の数々の敗戦の理由の最たるものが、この象兵の存在によるものであった。
それを知っている彼らの表情が優れようはずもなかった。
「陛下のお知恵をもってして、彼の象兵を取り除くことは出来ませぬか?」
ギルバートの期待のこもった問いにアデルは胸を張り、こう言った。
「無い。はっきり言って、今回この地で象兵を止める策など無い。策を弄するには時間が足りなすぎるのだ」
てっきり名案や策がその口から飛び出てくると思っていたギルバートは、思わず言葉を失い、あんぐりと大きく口をあけたまま放心した。
「なので、今回ばかりは策を弄せず、戦術でのみの対処となる」
策ではないにしろ、何らかの対処法があることを知り、ギルバート以下諸将は内々で安堵した。
「さすがは陛下! して、その象兵を倒す戦術とは如何に?」
知恵の回るアデルを褒めるウズガルド。アデルに向けられる視線には大きな期待が込められている。
「象は倒さん。倒そうとしても、何の用意も無しにでは無理だ。したがって、今回は象を如何にやり過ごすかが課題となる。そこでだ…………」
アデルが提示した作戦。当然のようにカインとトーヤも同じことを思いついていた。
「…………むぅ、賭けの要素が強いですな…………敵が乗ってくればというところですか…………」
「なるほど、全軍の意思を一つにする必要がありますな…………」
誰もかれもが小難しい顔をして唸る。
「これしか勝機はないよ、多分。後は全軍で突撃して敵の大将首を掻っ攫い、敗走させる。兵力が劣っているし無謀だが、やるしかない。こんな手しか思い浮かばなかった、皆…………すまない…………」
そう言ってアデルが頭を下げようとしたその時、会議室の中にこだまするほどの笑い声が巻き起こった。
「はっはっはっ、いいぞ、実にいい! これほどわかりやすい戦はなかろう」
「おうよ。要するにだ、ただ敵の首を取っちまえばいいだけの話だ」
「今から腕が鳴るわい! 象なんちゅう化け物は放っておいて、人間を狩ればいいだけというのならば、いとも容易きことよのぅ!」
勝ち筋は示された。ならば、ただただ貧欲なまでに勝利を得るために邁進するのみ。
ネヴィルは戦士の国だとアデルは言った。その言葉通り、この場にいる誰も彼もが勇猛極まる戦士であった。
仕事が滅茶苦茶忙しいです。ゴールデンウィークもすでに無いことが決定しています。
それでも出来る限り投稿していきますので、よろしくお願いします。




