誤算
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シクラム城にいた兵二千とベルトラン率いる兵一千の計三千の兵を率いてアデルは、弟のカインとトーヤ、大将軍のギルバートを始めとする軍首脳部を率いて南下。
最前線になるであろう重臣中の重臣であるダグラスが守るベルクス城の後方にある、ベルクス城に比べるとかなり小ぶりなオルネド城へと向かった。
このオルネド城にアデルは作戦本部を置くと共に、兵の集結地点と定めた。
そして七月の初頭にオルネド城に着くと、すぐに前線付近の街や村に使いを出して、オルネド城以西に疎開を促す。
だが支配して間もないこの地方の民たちは、豊穣な土地であるこの地を去ることを嫌った。
これに対してアデルは自ら、そして公爵位を持つ弟たちを派して説得に当たった。
これによってある程度の民は一時的な疎開を開始したが、やはり実りの季節が間近であることから、アデルの嘆願を拒絶する者が多数出てしまう。
このため、ある程度は手荒な手段を使ってでも民の命をこそ守らんと、アデルは少ない兵を派して疎開を促し、それに応じた者たちを護衛させた。
この方針には、最前線であるベルクス城のダグラスも同様の処置を施している。
そのため、一時的にオルネド城には元からいた兵五百あまりと、ベルクス城には兵千五百程と兵力が手薄になってしまった。
そんな時である。海兵を一時的に陸に上げ、急ぎ再編成を終えたザームが、兵一万二千を以って攻め込んで来たのだ。
このまったくの計算外の事態に対し、アデルたち三兄弟は激しく動揺した。
咄嗟に対抗策も出ず、ただ分散した兵を戻し、オルネド城を目指す増援部隊に急ぐように使者を送り続けることしか出来ない。
一方、ベルクス城を守るダグラスはというと、さすがは古参ともいうべきか微塵の動揺も示さず、すぐに腹を括る。
「外に散っている部隊に伝令を。今からこのベルクス城に戻ってきても、途中で敵に捕捉される危険性が高い。ならば、陛下のおわすオルネド城に撤退し、陛下の率いる本隊へと合流するように」
そして城に詰める主なる騎士や部隊長たちにこう命じた。
「この兵力で屋外で戦っても万に一つの勝ちも無し。したがって籠城する。今、陛下の元に兵はおらずオルクス城は空き家も同然。陛下の元に兵力が集結するまで、少しでも長く時間を稼がねばならぬ」
そしてさらに何時でも城の兵糧庫を焼き払えるように手配し、城の防備を固める。
ダグラスは城の各所を回り、
「ネヴィルは戦士の国ぞ! 五殺の誓いを忘れるな! たとえ我らがここで敗れたとしても、陛下が必ずや仇を討ってくださられる。我らの使命は一日でも長く敵を釘付けにし、時間を稼ぐことである!」
と兵を鼓舞した。
そして城内のこぢんまりとした自室に戻ると跡取りのマグダルを呼び、
「おことには折を見てこの城を脱してもらいたい」
と、告げた。
このマグダルはダグラスの兄の子で、兄が戦死した際に養子にして後継ぎとして以来、実の子のように愛情を注ぎ育てて来た。
ダグラスは実子を流行り病で失っていたから尚更その愛は深い。
「何を仰せられる義父上! 某も義父上と共に、この城を枕に討ち死に致す所存! 如何に義父上の命とはいえ、承知しかねまする!」
これに対して、ダグラスは普段の温厚さの欠片もない剣幕で怒鳴りつけた。
「この馬鹿者めが! 大局を見よ! この城が落ちるは最早必定。なれど、千五百すべての兵を道連れにするわけにはいかぬのだ。今、陛下の元にはほんの僅かばかりの兵しかおらぬ。戦うにしても退くにしても、それではあまりにも危うすぎる。よいか、当家は先々代様より御厚恩を賜り今日の栄誉を授かった。なればこそ、当家の者が陛下の盾となり最後までお守りせねばならぬ。死ぬのは、この老骨だけでよいわ…………息子よ、陛下のことを頼んだぞ…………」
先ほどまでの剣幕はどこへ行ったのか、いつもの穏やかな表情で微笑を浮かべるダグラスは、声も無くむせび泣く義息の頭を、優しく撫でた。
それはかつて父を亡くした時もこのようにして、ダグラスは泣き止むまで頭を撫で続けてくれたことを思い出すと、マグダルはもう声を抑えることが出来ずに大声を上げて泣した。
神聖ゴルド王国が風のごとく火のごとくネヴィル王国南部を侵攻し始めたのは、七月十日。
周囲の村や街を落としつつ、ベルクス城を囲んだのは十五日のことであった。
この間、ダグラスはアデルに援軍無用との伝令を出している。
これを受けたアデルは、錯乱したかというほどに取り乱し、直ちに今いる兵を率いて援軍に赴こうとしたが、ギルバートの手によって留められた。
「このままではダグラスが、ダグラスが死んでしまう! 叔父上、叔父上! どうか、どうかこのまま私を行かせてください!」
涙を流しながら嘆願するアデルに対し、ギルバートは静かに首を振るばかり。
「ダグラス卿の意をお汲み取り下さいませ陛下。ダグラス卿は今、国家の柱石として成すべきことを果たさんとしております。なれば陛下も今はご自重し、国家の父として成すべきことをしなければなりません」
「けど、けどダグラスは、ダグラスは、余の…………俺のもう一人の父である! だって、だってさ、馬術も弓術も、それに、それに戦場の心得や作法、何から何まで俺はダグラスから教わったんだ! それなのに、それなのに、見捨てるだなんて! そんなことは俺には出来ない! 絶対に!」
制止するギルバートの手を払って、進もうとするアデルをギルバートが羽交い絞めにして抑え込む。
「おい、何をボケっと突っ立っておるか! 黒狼騎、陛下を自室へとお連れせよ!」
あまりのアデルの狼狽ぶりに、動くことも出来ずただ見守るばかりであった黒狼騎の団長であるブルーノと副団長であるゲンツの二人は、ギルバートの怒声で我に返ると、その命令通りアデルを取り押さえて無理やり自室へと連れて行こうとする。
「放せ、放すんだブルーノ! ゲンツ! 命令だぞ、今すぐにその手を放せ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアデルに、ブルーノはただ黙って、そしてゲンツはゆっくりと首を振って拒否する。
「陛下、ここはギルバート様の言う通り、どうか…………どうかお聞き分けください」
「…………アデル、お前だってわかってるんだろ? 今行ってもどうにもなりゃしねぇってことは…………俺は決めたぜ…………後で必ずダグラスの爺さんの仇を討つってな…………」
なおももがき暴れるアデルを、三人は無理やりに自室へと連れて行きそのまま放り込んだ。
そして出てきても止めるようにブルーノとゲンツの他、兵士を部屋の前に十人ほど待機させると、ギルバートはさらに集結を急ぐよう各地に伝令を放った。
自室に閉じ込められたアデルはというと、それは酷いものであった。
わめき、あばれ、手当たり次第に物に当たり散らす。壁に飾られていた剣を抜き、滅多矢鱈に剣が折れるまで切りつける。
なぜここまでアデルは暴れたか? それは自責の念によるところが大きい。
今まで事が比較的上手くいっていたがために、いつしか心に油断が生じていたとアデルは自分を責めたのだ。
そしてそのやり場のない怒りは、暴風のように無機物へとぶつけられた。
しばらくして大人しくなった部屋の中をブルーノとゲンツが覗くと、それはもう惨たらしいもので、小さな書斎は、机から椅子、壁や床にまで激しい斬撃の跡があり、途中から折れた剣が床に散らばり、アデル自身が着ていた服もボロボロという有様で、そのあまりの怒りの凄まじさに、二人は思わず背筋を震わせるほどであった。
その後、アデルは憑き物が落ちたように静かになり、不気味なまでの冷静さを取り戻す。
場外へと出ていたカインとトーヤも急報を受けてオルクス城へ戻って来たが、ダグラスが危機に陥っていると聞くと、アデル同様それぞれの手勢を率いて直ちに救援に赴こうとした。
だが、これもギルバートに止められる。
アデルもカイン、トーヤ共に甥ではあるが、アデルはあくまでもネヴィル王国の国王である。
そのため、無理やりに羽交い絞め程度で済ませたが、カインとトーヤは爵位こそ公爵で同格なれど、戦時下において大将軍たるギルバートの部下となる。
そのため、止めるに際していくらか手荒い手段を取られた。
端的に言えば、ぶん殴られたのである。
気絶するほど殴られた後、井戸の前に連れて来られて冷水を浴びせられたカインとトーヤの二人は、そのまま幼児のように泣きじゃくったという。
もっと更新したかったのですが、疲れていて寝てばかりの連休となってしまいました。
ごめんなさい。




