戦略転換
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大変遅くなってしまい申し訳ございません。
追い返されるようにして王都バリルジアに戻って来た使者を、ザームは責めなかった。
それも当然である。この使者に見せかけた斥候は、ネヴィル王国の前線の様子をつぶさに調べ上げて帰って来たのだ。
「現在、ネヴィルはガドモアと小競り合いを繰り広げており、そちらに兵力を割いている模様にございます」
使者の答えに、やはりなとザームは頷きながら白く染まりつつある顎髭を撫でる。
「して、この礼物は何だ? 余を賊の頭目とまで愚弄しておきながら、きっちりと礼物を返してくるとは…………その意図が読めぬな」
はっきり言って不気味である。
神聖ゴルド王国の建国を認めず、あまつさえ賊とまで蔑み、貶めた相手に礼儀を払う。
それには何か裏があると考えてしまうのが普通であろう。
しかしこのアデルが寄越した礼物に意味などなかった。
あるとすれば、今ザームが抱いている戸惑いや不快さを与え、その思考能力や決断力を少しでも鈍らせるといったところだろうか。
アデルもその成果には期待していないし、ザームが抱いた戸惑いにも似た感情も、ほんの一時的なものに過ぎなかった。
今のザームの関心は、ネヴィル王国南東部にある穀倉地帯にある。
この地を奇襲、占領することで物資、主に食料の不足を補う。
そのうえでガドモア王国の息の根さえ止めてしまえば、この穀倉地帯を取り返されたとしても十分な御釣りが来るだろう。
「ガドモアさえ倒してしまえば、この半島の半分を制したも同然。あとは坂道を岩が転がるように、自然と勢いが付きその他の国々を次々と飲み込んでいける…………」
兎も角はガドモア王国を倒すこと。これが神聖ゴルド王国の、王であるザームの戦略構想であった。
「動くぞ。至急、兵を集めよ!」
ザームは傍らに控える近臣にそう命じたが、命じられた者は戸惑いの表情を浮かべる。
「はっ、しかしながら我が軍の大半は、北へ出払っておりますが…………」
「そんなことはわかっておる。だが、まだいるだろう?」
そう言ってザームは窓の外へと顎をしゃくった。
バリルジア城の玉座の間にある窓の外からは、港湾が一望できる。
「ま、まさか海兵を陸に?」
「一時的にだ。ネヴィルは海を持たぬゆえ海兵の手が空いておる。ネヴィルは我が国の戦力は全て北へ向かっていると思っているはず、そこにこの海兵を用いて奇襲すれば、必ずや余の思い通りに事が運ぶわ」
さらにザームは前線に伝令を送り、同時に二つの城を攻めるのを止めさせた。
攻城兵器が分散したために攻めきれず攻囲を続けていては、物資不足な自軍が不利である。
そこで、狙いをソニエール城一つに定め、兵力の再配置を行った。
城攻めでは半ば遊兵化していたアルタイユ軍を呼び戻す。
こうしてエルキュールの籠るピスト城から神聖ゴルド王国軍は退いたのだが、これが後に誤算と化す。
だが、この判断は城だけを見れば至極妥当なものであった。
ピスト、ソニエールの両城は共に堅城として名高いが、規模としてはソニエール城の方が小さい。
そこでザームは、まず規模の小さいソニエール城を攻略してから、ピスト城をじっくりと攻めることにしたのだ。
兵糧の問題は、ザームの頭の中ではすでに片付いている。
そのため、確実に一城ごと落とす方向へ戦略の方針を変えたのであった。
このザームの判断を、アルタイユ軍を率いるアレクは苦い顔をした。
「最初から全軍でソニエール城だけを攻めていれば、疾うの昔に落とせていたものを…………」
アレクは命令通り、アルタイユ軍を率いて前線を退いた。
この動きは、商人たちのネットワークを伝わってアデルの察知するところとなる。
ザームはこのアレク率いるアルタイユ軍を、ネヴィル攻撃の後詰めとした。
奇襲の準備は着々と進められていくが、これに異を唱える者がいた。
神聖ゴルド王国の海軍を預かる都督のフズルは、
「神聖ゴルド王国となる前から、この地は海によって栄えて来ました。ガドモアの悪政により治安が乱れ、海賊が跳梁跋扈している現状、海兵を根こそぎ動員すればどうなるかは火を見るよりも明らか。これまでの繁栄を無に帰すおそれがあります。どうかお考え直しを!」
と、進言するもザームは一時的なことであるとして相手にしなかった。
それでも食い下がるフズルに腹を立てたザームは、フズルの都督の任を解き反逆罪で投獄してしまう。
後にフズルは、ザームがネヴィル王国に攻め入った隙に、部下に助けられ脱獄し姿をくらましてしまう。
ーーー
一方ネヴィルはというと、三兄弟は半島有数の穀倉地帯を神聖ゴルド王国が狙ってくるだろうと予想していた。
そしてそれを裏付けるように、対ガドモアの戦線からアルタイユ軍が退いている。
アデルは盛んに各方面に伝令を飛ばし、兵の集結を急ぐ。
そんな中、東部国境を支えているベルトランとジジカの両将は、どうやって兵を送るかを考えていた。
ただでさえ与えられている兵は多くない中、素直に兵力を割いて送れば敵の大攻勢を呼び込みかねない。
そこで両将は協議し、一計を案じた。
三千の兵の内、二千をベルトランが率いてシクラム城に撤退する素振りを見せる。
勿論、撤退の情報をそれとなく撒いておくことも忘れない。
ガドモア王国の国境沿いの貴族たちは、その情報を知り盛んに偵察をするが、果たして本当にベルトランと二千の兵が居なくなっていた。
残っているのはジジカ率いる一千のみと知ると、急ぎ連絡を取り合い兵を集め、失地回復するためにジジカ軍を襲った。
ジジカは得意のワゴンサークル戦術で敵を引き付け続ける。
中々にしぶとい抵抗を見せるジジカに、業を煮やしたガドモア軍はさらに兵をけしかけ、攻撃を強める。
ガドモア軍の注意がジジカ軍に集中し、がら空きになった後方に突如ベルトランが二千の兵を率いて現れ、襲い掛かる。
結果は言わずもがな、不意の急襲により一撃されたガドモア軍は混乱し、壊滅。
ジジカもそれを見て反撃し、両将多大な戦果を挙げた。
その後ベルトランはジジカに後を託し、そのまま二千の兵を率いてシクラム城へ向かう。
ジジカは一千の兵と共にこの地に留まるが、ガドモアの貴族たちはまたもやどこかに伏兵が潜んでいるに違いないと、二度と攻め込んでは来なかった。
この勝利の報告を受けたアデルは、やはり見立て通り二人は名将であったと、小躍りして喜んだという。
そしてベルトランがシクラム城に到着すると、その労いの言葉をかけて功を賞した。
職場でオミクロン旋風が吹き荒れておりまして、一時的な人手不足により休みが取れず、更新することが出来ませんでした。
どうにかこの三連休は取ることが出来たので、体を休めつつ更新していきたいと思っております。




