専守防衛
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攻め寄せる神聖ゴルド王国軍を討つべく抜擢されたエルキュールであったが、一度目の要請は病を理由に拒絶した。
だが、すぐに次の使者が来て、
「御病気の陛下に代わって王太子殿下が命じる。エルキュール・ハイファ伯爵は速やかに賊軍の討伐の任に就くべし」
と強い口調で命じられると、やむを得ずとしてその任に就いた。
使者と共に編制中の軍の終結地へと向かったエルキュールは、唖然とせざるを得なかった。
驚いたのはエルキュールだけでなく、使者も口を大きくあんぐりと開いたまま、言葉を失っていた。
それもそのはず、国中から精鋭を集めたと聞かされていた討伐軍は、その数一万あまり。
敵は三万以上で、こちらは一万。これではまったく勝負にならない。
ガドモア王国が兵を集められなかった理由は幾つかある。
まず、東のイースタル王国は兎も角として、西では国境沿いで度々小戦が行われていることと、国内で小規模ながら反乱が頻発しており、領主たちはその対処に追われており、兵を出す余力が無かったこと、そして勢いのある神聖ゴルド王国軍、特に象を知らぬ者から見たら悪魔としか思えぬアルタイユ軍を恐れ、兵を出し渋ったのが主な理由である。
これには王太子も激怒した。再度軍の集結を促す檄を飛ばすも、それに応じて集まったのは三千ほどで、先に集まっていた一万と合わせてもまともにぶつかっては勝ち目はない。
エルキュールは、一先ず軍の方は王太子に任せ、自身は敵軍である神聖ゴルド王国軍とその援軍であるアルタイユ軍についての情報収集に努めた。
ーーー
一方、快進撃を続けていた神聖ゴルド王国軍だが、早くも陰りが生じ始めていた。
降って湧いた好機に乗ずる形で始めた戦であったが、戦のための準備が全く足りていなかったのだ。
アルタイユとは密約こそ交わしていたものの、緻密な補給や補充などの計画は全くの白紙の状態に等しかったのだ。
そしてこの時代の補給方法といえば、それは主に略奪によるものであった。
逆に緻密な補給計画を立て、何よりも補給を重視しているネヴィル王国の方が、この時代では異端であった。
そのため神聖ゴルド王国軍は、足りなくなった物資は進軍先で略奪をすることで調達していたのだった。
ただ、アルタイユ軍だけは実際に略奪せず、象を見せて脅すなりして出来る限り血を流さずに、食料などを供出させていたが、これはアレクの指示によるものでアレク曰く、
「占領したこの地は神聖ゴルド王国のものである。我が軍は援軍としてやってきた以上、神聖ゴルド王国の地から略奪を働くことは出来ない」
と、将兵に言い聞かせていた。最初こそ圧政からの解放軍として歓迎されていた神聖ゴルド王国軍だが、あまりにも惨い略奪に占領地の民は失望し、略奪し尽されるくらいならばと徹底抗戦をする街も増え、進軍の速度はみるみるうちに落ちて行った。
逆に脅しはするが、一切の略奪をしないアルタイユ軍に民は進んで物資を供出したのであった。
この噂はガドモア王国のエルキュール、そしてネヴィル王国のアデル双方の耳に入った。
アデルはアルタイユ軍を率いる将は、道義を知る真の名将であると褒め称えた。
一方エルキュールは、早くも神聖ゴルド王国の弱点に気づいたのであった。
「殿下、策が定まりました。もうこれ以上の兵は必要ありません」
「なに?」
自信ありげなエルキュールの様子を見る王太子の目は懐疑に満ちている。
「決戦を行わず、ここは防衛に徹するべきです。さすれば、敵はいずれ退きましょう」
このエルキュールの言に、王太子は激怒した。
「何を言うか! 余は賊軍を討てと命じたのだぞ!」
これを聞いてエルキュールは表面上はかしこまりつつも、腹の内で嘲笑った。
まだ父親であるエドマイン陛下がご存命だというのに、すでに王のつもりでいる。
この傲慢さとそれを隠そうともしない浅はかさ、これが王太子ラルゴであった。
エルキュールは、とてもではないが目の前にいる男は王の器ではないと確信する。
これまでラルゴは、いつも安全な場所から喚き散らすだけであったが、時は乱世。
時には自らを戦火に曝す度胸も求められる。今回の件に関しても、ラルゴが総指揮を執るということならば、もっと兵は集まったはずである。
「ですが、我が軍は数の上でも劣勢に御座います。それも先のキール伯が率いた兵力よりも遥かに少ない兵力では、とても勝ち目は御座いませぬ。そこでまず、兵力を二分してピスト城とソニエール城で籠城。
この二城は共に要衝にあり、共に堅城。そう簡単には墜ちませぬ。また無視して奥へと進もうとすれば、後背を突かれるため敵も攻略せざるを得ず、敵軍を引き付けることが出来ます。私めが敵情を探りましたところ、敵には物資の余裕がない様子。時間を稼げば、今は身動きの取れない者たちも反乱を鎮め、兵力を結集させることができるはず。それから反撃開始すれば、勝利は間違い御座いません」
ラルゴはまだ何か言いたげな様子であったが、自身では良い思案も浮かばず結局はエルキュールの策を用いることにした。
こうして全権を得たエルキュールがまず最初に行ったのは、青麦狩りであった。
敵の予想される進軍ルート上にある、夏の日差しを受けてすくすくと育つ青々とした麦を、兵を出して刈ったのである。
これには神聖ゴルド王国も焦った。敵地の秋の実りを以ってさらなる進軍のための兵糧とする気であったためである。だが、徹底抗戦の構えを解かぬ城塞都市などの攻略に手間取り、これを阻止することが出来ず、その計画に狂いが生じてしまう。
このため、敵地にて兵糧を求めれば最短の進軍ルートから外れることになり、ガドモア王国に時間的猶予を与えてしまうことになる。
こうなってしまっては、ちまちまと諸方の都市を攻略などしていられず、進軍を速めて一気に片をつけるほか選択肢はない。
だがここでエルキュールが自ら籠る、ピスト城と彼の従兄弟であるキリウス子爵が守るソニエール城が立ちはだかり、その進軍を阻んだ。
ーーー
アデルは前線司令部を置くシクラム城で、事の動向を見守っていた。
すでに主なる将を集めて軍議を開き、ガドモア王国の混乱に付け込み、神聖ゴルド王国と共にガドモア王国を討つことは、現状不可能であると判断した結果、静観を決め込みその間、増えるであろう移民の収容と国内の開発と安定を図るということで落ち着いていた。
「今回ばかりは高みの見物とさせてもらおうか。しかし南侯が裏切るとはなぁ…………もしかすると東侯爵も事によっては裏切るかもなぁ…………ま、兎も角我が国は専守防衛に努めるとするか」
アデルの言葉にカインも頷く。
「それよりも移民の数が多すぎて、行政能力がパンク寸前だ。安定している本土は御爺様とジョアンに任せて、トーヤを呼ぼうぜ」
「久しぶりに三人揃うな。よし、そうだな…………今後の計画も考えたいし、秋には俺が結婚のため本土に戻らねばならないし、ちょっと早いが交代要員として呼ぼう」
シクラム城から早馬が走り、命を受けたトーヤは直ちに王都トキオを発ち、六月の半ばにはシクラム城に入場した。




