奴隷到着
アデルたちは探索を切り上げて戻り、早速当主であるダレンを交えて今後の協議をする。
協議の結果、塩が出たことを領民には公表するが、他所にはしらばっくれることにした。
もっともこの辺境のド田舎であるこの地に、他所から来る者など殆ど居ない。
ロスキア商会と年に一度訪れる徴税官くらいなものであるため、公表したところで情報の秘匿性は、極めて高いと思われる。
また、塩が自前で入手出来るようになったからには、現在王都で活動するロスキア商会に使いを出して、塩の購入を止めてもらい、その浮いた金で鉄を仕入れてもらわねばならない。
鉄は武器は勿論のこと、城壁に設ける鉄門扉のために大量に必要なのである。
ダレンは早速ベテランの従者たちを使いとして送り出すと、また顔役たちを集めた。
集められた顔役たちは、皆どこかびくびくと怯えていた。
工事は順調であるのに呼び出されたということは、またしても王国が出兵を要求して来たのではないかと思ったからである。
領民たちは遠い地の戦争に駆り出されても、大した恩恵があるわけでもない。
メリットは精々、賦役の免除と一部減税程度であり、手柄を立てても僅かな報奨金が貰えるのみである。
それよりも要らぬ戦に駆り出されて戦傷を負ったり、戦死したりするデメリットの方が遥かに大きい。
ダレンはそんな顔役の抱いている不安を消飛ばそうと、努めて明るい声を張り上げる。
「よく集まってくれた。心配するな、出兵の話では無い」
それを聞いた顔役たちは、途端に安堵の表情を見せる。
「では、今日は何で集められたのでしょうか? 壁の工事の方は、順調……今は空堀を掘っているところでして、水車小屋の建設も予定通りでございますれば……」
「ああ、安心せよ。そなたたちの働きには満足しているし、感謝している。今日は吉報であるとともに凶報でもある話を伝えねばならぬ」
吉報であり凶報? 何のこっちゃと顔役たちは皆一様に首を傾げる。
「良いか? 落ち着いて聞くのだぞ……先日、我が息子たちが領内で岩塩鉱を見つけたのだ。よってこれからは領内で塩を賄うことが出来るようになった。そこで、今まで塩税として納めていた分を来年から免除することに決まった。だが、その代わりとして岩塩を切り出す人手の供出を願いたい。切り出した岩塩は今まで通り配給制とするが、量を多くすることを約束する」
おお、塩が! と顔役たちの顔は喜悦に染まる。
さらに減税とくれば、それはもう大騒ぎである。
「勿論、人手の件は我らにお任せ下さい!」
うむ、とダレンは頷きながら顔役たちの顔色をそれと知られぬよう覗ってみるが、不満を表している者はおらず、皆喜びを顕にしている。
「良いか、塩が出たというのは吉報である。だが、同時に凶報とも言えるのだ」
このダレンの声にも、顔役たちは頭に疑問符を浮かべながら首を傾げた。
「考えても見よ。塩はある意味、黄金に等しき貴重な物である。それが出たということは、それを奪おうとする者が、この地にやってくるかも知れぬのだ。そこでだ、塩が出たことは我らだけの秘密とし、外の者へは決して教えてはならぬ。それと秘密が漏れ、塩を劫掠せんとする者たちがいつ来ても追い返せるように、壁の建設を今以上に急がねばならない」
あっ、という声が顔役たちから上がった。
ダレンの言う事は尤もであり、顔役たちは賛同の意を示す。
「せっかく手に入れた塩である。塩は生きて行くのに欠かせぬ物。これはこの地に住む者全ての共有財産である。それをよそ者に渡してなるものか! この地を守り抜くためにも、さらなる協力を求めたい」
ダレンは、アデルたちに言われた通り敢えて、塩を領民たちの共有財産であると強調した。
共有財産であるというのならば、配給制でも文句は出ないであろうし、塩を守るのために領民たちは一丸となるだろうとの目論見であった。
結果、アデルたちの言う通り、領民たちから塩の配給制について文句は出ず、塩を守るために必死になって壁の建設に取り掛かるようになる。
領民たちとの共有財産とするということについて、ネヴィル家の中でも反対意見が無かったわけではないが、アデルたちはこう言って説き伏せた。
塩を売ればアシがついてしまい、王国から目を付けられてしまう可能性が高い。どのみち塩を大っぴらに売る事が出来ないのならば、精々領民たちの結束を促す材料にしてしまった方が良いと。
ダレンと顔役たちは相談し岩塩を切り出す役は、最初は秘密を守るために顔役たちの身内に限定する事に決めた。
「人手などの諸事を考えるに、岩塩の本格的な切り出しは来年からとなろう。したがって、来年から塩税分の徴収を廃止することとする。その浮いた分は、各々の懐に収めて構わない。先ずは何よりも、領内を守るための壁の建設を急がねばならぬ。皆のより一層の協力を願わん」
壁の重要性がより高まったことにより、領民たちは苦しい人手事情の中、なんとかやりくりして建設を急ぐ。
ここでコンクリートが大活躍を見せる。壁は、まずコンクリートを適当な大きさの木枠に流し込み、ブロックを作りそれを幾層にも重ねて、その上からさらにコンクリートを流し込んで固めるという工法が取られた。
これがまた従来の城壁の建設よりも楽であり、かつ工期の短縮に繋がった。
僅か三ヶ月の間に、土台部分が完成を見せ始めていた。このままでいけば、僅か二、三年で完成するかに思われる。
これが煉瓦であったり、石積みであったのならば人手も少ない事から、どのぐらいの時間を要するのか見当もつかない。また焼成煉瓦のように、窯を用意して大量の薪を用意する必要が無いというのも、工事に当たる領民たちから喜ばれた。
こうしてネヴィル領を蓋する城壁である山海関は、領民たちの全面的な協力の元、順調に建設が進んでいった。
ーーー
季節は流れ、あっという間に夏になった。燦々と降り注ぐ陽光と青々と茂る草木の香りが、コールス地方に満ち溢れている。
春に訪れたロスキア商会の商隊が、再びネヴィル領へとやってきた。
伝令が伝えた通り塩では無く鉄を、そして子供の奴隷を大勢引き連れて……
ロスキア商会の頭取であるロスコは、孫に言われた通り宝石を産地を誤魔化しつつ売り払い、それで得た金を使い奴隷を買い漁った。
だがロスコの予想した通り、働き盛りの年齢の奴隷の相場は、ここ最近著しく値上がりしていた。
特に戦争続きなため、戦奴の値段は鰻登りであった。
逆に、重税により子を売り払う親が相次ぎ、また戦災孤児などが巷にも溢れているため、子供の奴隷の値段は値崩れを起こしてしまっていた。
ロスコはそんな子供の奴隷たちを一人一人調べて、行く当てのない、身寄りのない者たちだけを買い揃えていった。
そういった者たちならば、将来ネヴィル領に腰を落ち着けるであろうと考えての事である。
条件に合った子供の奴隷を、ロスコは男女合わせて四百人程用意すると、奴隷たちを連れてネヴィル領へと向かったのであった。
「お帰りなさい、爺ちゃん。うわぁ、こんなに大勢連れて来てもらえるなんて思っても見なかったよ」
三兄弟は馬車の荷台に揺られている子供たちを見て、目を丸くして驚く。
「相次ぐ戦争による重税に耐えかねて子供を手放す親が多く、子供の奴隷の相場が乱れてましてな……嘆かわしいものではありますが……この者たちはその中でも、戦災孤児で二束三文で売られていた者たちでしてな……」
馬車に揺られている子供たちは、皆力なく俯いている。それらを見るロスコの目には、深い悲しみが溢れていた。
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