光射す道へ
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鉛色の空だった。
降ったり止んだりする雨が続く12月。
吐く息の白さも増していた。
そんな空を恨めしそうに睨み付けるのは、傭兵となったベルトラン・ゲルグラン。
「ちっ」
そういえば弟に家督を奪われ、勘当されて家を追われた時もこんな空模様だったなと舌打ちする。
ツイていない。強敵であるネヴィル王国軍を打ち破ったにもかかわらず、ベルトランを待っていたのは傭兵契約の打ち切りであった。
「誰のおかげで勝てたと思っていやがる」
苛立ちはすぐに怒りへと変わった。
傭兵に身を窶したベルトランは、戦場での勇猛さと正確な判断力を慕って集まって来た喰い詰め者たちの長となり、傭兵団を立ち上げた。
最初は数十人規模だった団も、今は五百を超える大所帯となっている。
傭兵団の主軸は棄民たちで、その棄民たちの多くは家族を引き連れていた。
よって戦闘員が五百余りとはいえ、集団としては二千を超えている大傭兵団である。
団とその家族を食わせるために、時には人に雇われ、時には賊徒を打ち破って金と食料を奪い生きて来た。
そんな先の見えぬ日々を過ごしてきた彼に、ガドモア王国の貴族から雇用の使者が来た時には、再び日の当る道へと戻れるのではないかと淡い夢を抱いたが、それはすぐに霧散した。
ガドモア王国はこれより本格的な冬が訪れるため、賊国ネヴィルも兵を収めるだろうとの予測をし、結果として現時点での傭兵は必要なしと判断したのだ。
これによって食い扶持を失ったベルトランは、再び身を起こすどころか、今日明日を生き抜けるかどうかの窮地へと追いやられてしまった。
声望高き黒狼王の軍を打ち破ったとして、連日のように入団希望者が続々とやってくる中、ベルトランはこのままでは冬を乗り切ることが出来ないと頭を悩ませていた。
いっそのこと、活動区域を西部から東部へ移すかとも考えた。
現在、半島の東部ではイースタル王国の王位継承権を巡って、王太子と第二王子が小競り合いを繰り広げていると聞く。
だが、そのためにはガドモア王国を横断しなければならない。
途中にある無数の関所を通るだけの金銭を持ち合わせていない以上、無理に突破することになるが、二千の大所帯の内の大半は非戦闘員である。
彼らを率いての横断は、到底不可能であると判断せざるを得ない。
賊徒から劫掠するにしても、近隣のめぼしい賊は皆平らげてしまった。
八方ふさがりである。
それにしてもと、ベルトランは再び暗い空を見上げた。
誰からも必要とされぬ人生。なまじ本人が類まれなる能力を有していればこそ、その悔しさと絶望の闇は広く、深い。
契約を打ち切られたベルトランは、不機嫌さを隠さずに傭兵団の待機地へと戻る。
「お、おおお、お頭ぁ~! お、お頭~!」
戻ってくるベルトランを見るなり、駆け寄って来たのは彼が実戦の中で鍛え上げた猛者たちであった。
血相を変えて駆け寄る彼らを見たベルトランは、何事かと自らも駆け寄る。
「どうした? 何かあったのか?」
「そ、そそ、それが、お、おお、王様、王様!」
戦場でも一歩も引かぬ者たちが、こうも動揺するとは一大事なことは間違いない。
だが、動揺するあまり、発する言葉は細切れでどうにも要領を得ない。
「落ち着け!」
「お、落ち着いてなどいられませんって! と、とにかく、急いで、急いで!」
彼らに背を押され、急かされるようにして団の中央に建っている本陣の天幕を潜ると、そこには黒ずくめの格好をした一人の少年と、細身だがしなやかな筋肉を有している青年、そして岩のようながっしりとした体つきの青年の三人がいた。
黒ずくめの少年は、本来ならば自分が座る上座の席に堂々と臆することなく座っている。
その少年のすぐ後ろに二人の青年が立ち、こちらを睨むように見ていた。
「邪魔をしている。卿がベルトランか?」
少年にただならぬ気配を感じたベルトランは、言葉を発さずにただその問いに頷いた。
「ふふ、見ろ。良い顔だ。目に力がある。父上や叔父上…………ネヴィルの戦士たちもそうだった。お前たち同様、戦士の目をしている」
ベルトランの顔をまじまじと見てから、後ろを振り返り笑う少年。
これまで両親でさえも醜いと嫌っていたベルトランの顔を、褒めた者はただ一人としていない。
だが、この少年はごく自然に、醜いと言われていたベルトランの顔を褒めた。
父親を持ち出してまで褒めているのだから、ただの皮肉ということはないだろう。
この一言で、ベルトランは混乱した。完全にこの場を、目の前にいる少年に掌握されてしまったのだ。
「ああ、すまぬ。自己紹介がまだだったな。余はネヴィル王国第三代国王、アデル・ネヴィルである」
「…………黒狼王…………」
黒ずくめのの格好からもしやとは思っていたが、いざ自己紹介をされるとその若さに驚かされる。
戦えば必ず勝つ魔狼。この若き魔狼は、たかが一男爵家から身を起こし、ノルト王国を巻き込んで連合を組み、今や半島一の大国であるガドモア王国を喰らわんとしている。
アデルの青い瞳とベルトランの茶色の瞳が交差する。
その瞬間、ベルトランの背筋がぶるりと震えた。
「今日、卿を訪ねたのは他でもない。卿を雇いに…………いや、卿らを我が国に迎えたいと思って来たのだ」
「…………私は傭兵です。条件次第によってはお断りさせて頂きます」
「つまりは金銭次第ということか…………うん? 困ったな…………卿を傭兵として雇うつもりは無かったんだが…………」
この言葉にベルトランは訝しむ。では一体何をしに来たのか。
「言葉的には卿を雇うことには間違いない。だが、傭兵として雇うのではなく、将として、我が国の貴族として迎え入れたいのだ」
ベルトランにしてみれば、それは突拍子もない申し出である。
あまりのことにベルトランはもとより、その後ろに控える者たちも口を開けて驚いていた。
「卿には子爵の位を用意した。また一軍の将として活躍してもらうつもりだ。どうだろうか? 余にその力を貸してくれぬか?」
今迄の人生で、人からこれほどまでに求められたことのないベルトランは、どう返事をすれば良いのか戸惑った。
「卿が率いる傭兵たちも我が国の精鋭として迎え入れるつもりだ。ウチのクレイヴとロルトを破ったのだから、その実力は折り紙付きだしな。どうだ? 決心してくれるか?」
ベルトランは混乱する頭の中で浮かぶ最大の疑問を口にした。
「な、なぜ、某を?」
その問いにアデルは屈託のない笑顔を浮かべてこう答えた。
「卿のことは調べさせてもらった。もし西侯が卿の進言を受け入れていたら、今日これまでの躍進は無かっただろう。それに先日のクレイヴとロルトを打ち破った手並みも鮮やかだった。卿が傭兵となってからの活躍も見事の一言に尽きる。これらの光る才をまざまざと見せつけられて、欲しいと思わぬ者が何処にいる? 千軍万馬の勇将である卿を、余はどうあっても迎え入れたいのだ」
ベルトランの心の眼に涙が流れた。その涙の輝きは瞬く間に闇を打ち払い、光をもたらす。
ベルトランは跪いた。背後の者たちもそれに倣うように一斉に跪く。
「不肖、このベルトラン、一命をもちまして陛下に忠誠を誓いまする」
アデルは破顔した。すぐに席を立ってベルトランへと駆け寄り、その手を取って立たせる。
立たせるだけでなく、その手をぶんぶんと振って、子供のようにはしゃいだ。
「よし、ベルトラン将軍! 最初の命令だ。余と共にシクラム城へと向かう。さぁ、急ぎ準備を!」
「はっ、承知いたしました」
にこにこと笑顔を浮かべて天幕を出るアデルに、ベルトランも続く。
天幕を出る瞬間、ベルトランは眩しさに手で目を覆った。
薄目を開けて空を見ると、先ほどまで鬱陶しいくらい厚い雲を切り裂くように、幾本もの光の剣が天より地に突き刺さっている。
再びアデルの背を見たベルトランに迷いは無かった。以降、ベルトランは将としてネヴィル王国戦列に加わり、その辣腕を振るうこととなるのであった。
ドジを踏みました。コピー用紙の空箱を踏んで転び、コピー機に手をついて左手の薬指を突き指しました。超痛いよ……
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