諜報機関、始動!
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11月の頭、アデルはシクラム城に到着した。
このシクラム城は規模としては小さいが、新たに獲得した新領土であるネヴィル王国東部地域の中心に位置しており、立地的には極めて重要な城であった。
ここを中心として、ネヴィル王国東部地域の絶対的な支配権の確立と開発を行う。
すでに白豹公ギルバートの指揮のもと、諸将は東部地域の要衝を抑え、未だ蔓延る賊徒などの鎮圧を急いでいた。
その中でもギルバートの両腕として特に目まぐるしく活躍を見せたのが、クレイヴとロルトである。
男爵位を与えられた彼らは、その恩に報いようと東部地域を縦横無尽に駆け回り、多大なる戦果を挙げていた。
アデルは城に着くなり、二人の活躍ぶりを激賞。
気を良くした二人はさらに賊を破り、降していった。
「ガドモアの圧政により、やむを得ずして賊となった者も多い。説得して正業に戻らんとする者たちには罰を与えるな。あくまでも逆らい、治安を乱す者たちだけを討て」
諸将はこの方針に従い、ひたすらに地域の安定を図った。
その結果、多くの者が降り、それぞれの故郷へと戻って行った。
アデルたちが思っていた以上に、旧ガドモア王国西部辺境は荒れていた。
各地には圧政と搾取に耐え切れず棄てられた廃村が点在し、村々を捨てた彼らの多くは賊徒となるか、飢え死にしていたのだった。
12月になり、東部地域の要衝付近の治安を回復させた頃から、四六協定の効果が徐々に表れ始めていた。
ガドモア王国と接する境から、次々と圧政に苦しみ困窮した民が黒狼王の庇護を求め、ネヴィル王国領内へとなだれ込んで来たのだ。
とはいっても、季節は冬。
棄民たちの本格的な到来は、翌年の春になると予測している。
この冬の最中にやってきた棄民たちを、支援物資を与えた上で、ひとまずは東部地域の各地に点在する廃村などに移住させた。
彼らは自分たちを受け入れてくれたアデルを、噂通り情に厚く義理堅い有徳の王として称え、崇めた。
この頃には、ネヴィル王国にも諜報、工作機関が出来て動き始めており、アデルが情に厚く義理堅いという噂を、ネヴィルとエフト王国の二か国の関係や、東部地域一の耕作地帯の割譲の話などと共に流していたのだ。
この諜報機関は、シルヴァルドが作り上げたものと酷似していた。
つまりは商人たちを用いたものであり、アデルの祖父である元ロスキア商会の会長、現在は経済や産業を束ねる大臣のロスコがその伝手をフルに使って作り上げたものであった。
「商売の前に国境など無きに等しい」
とはロスコの言で、この言葉の通りこの時代の商人たちは利を求めて、半島を駆け巡っていた。
そんな利に敏い商人たちの目が、西部連合の興隆の兆しを見逃すはずがない。
山陰道、山陽道、ネヴィル街道の開通や、ネヴィルとエフトの東部地域の開発に彼らは我を争うようにして飛びついた。
そんな彼らをロスコが関税等の優遇処置を条件に諭し、引き入れて出来たのがこの諜報機関であった。
彼らとしても今の荒れ果てた半島では、満足いく商売は出来ないと感じていた。
確かに相次ぐ戦争は金にはなったが、それも長く続くと国自体が疲弊してしまい、利益は先細りの一途を辿る。
結果、彼ら自身も困窮し、中には破産する者も出始めていたのだ。
そんな荒れた世の中の今必要とされているのは、まさに安定であった。
安定した世の中での安定した商いによる利。それこそが、今の商人たちが求めているものだった。
彼らは西部連合を、特にネヴィル王国の黒狼王ことアデルを、半島に安寧をもたらす可能性の高い者として、投資することに決めたのだった。
こうして商人たちを軸とした諜報機関を得たアデルは、彼らから得た情報により、綿密な作戦を立てられるようになったのである。
ーーー
12月半ば、シクラム城に凶報が舞い込む。
賊徒鎮圧の任に就いていたクレイヴとロルトが、ガドモア王国との国境付近でガドモア王国軍との戦闘になり、敗北したのだ。
城の中に設けられた、狭い謁見の間でクレイヴとロルトはアデルの前で跪いていた。
「面目も御座いませぬ」
「陛下の御威光を傷つけてしまうとは、万死に値します。我ら、如何なる処罰も受け入れる所存…………」
敗残兵をまとめ、シクラム城へと引き上げて来た二人を、アデルは責めたり罰したりはしなかった。
「よい。卿らの働きは余のみならず、万人が知るところである。此度の敗北は、次なる勝利で補えばよい。しかし、卿らほどの者たちが、ガドモア王国軍などにむざむざと敗れるとは到底思えぬ。一体何があったのか?」
「ご寛容、身に沁みまして御座いまする。確かに陛下のおっしゃられる通り、ガドモア王国軍は敵では御座いませんでした」
「多少の自惚れも御座いますが、我らが率いる精鋭はガドモアを容易く打ち破りました。しかし、奴が…………ベルトランなる者が戦場に現れてからは…………」
「我ら力を合わせたるも、翻弄され、ついには痛手を被り撤退を余儀なくされた次第であります」
これまで快勝を続けていた二人は、ベルトラン・ゲルグランの陽動と伏兵に引っかかり、二百名以上の戦死者を出したという。
二人からさらに詳しい戦闘報告を聞いたアデルは、冷静に分析をする。
「経験の差ってやつかな。聞く限りでは伏兵のタイミングも実に見事なものだ。それに連戦で二人にも、麾下の兵にも疲れが溜まっていたのも敗因か。余も一つ勉強させてもらったぞ」
「そのベルトランって、西侯の元にいたあの噂の男か?」
アデルの横に控えていたカインが、二人に聞くと二人は同時に頷いた。
「あのベルトラン・ゲルグランか。後から聞いた話によると、彼は西侯に籠城戦を提言して不興を買い、解雇されたとか」
「あの時に冷静に籠城されていたら、ここまで版図を広げることは出来なかっただろうな。本国からの援軍は遅いとはいえ必ず来ただろうしな。そういった者を扱うことが出来なかったのが、西侯の敗因の一つであることは間違いないだろう。しかし、手強そうだな…………」
アデルとカインはまるで写し鏡のように、顎に片手を添えて唸った。
「そのベルトランは、再びガドモア王国の貴族に仕官したのか?」
このアデルの問いに、ロルトが口籠りながら答えた。
「いえ…………かの者は、その…………傭兵でありまして…………」
クレイヴとロルトは、傭兵ごときに負けたのかと、叱責を受けるのではないかと肩を縮こませた。
「傭兵? 傭兵だと? そうか、傭兵なのか。ならば…………」
「俺たちがそいつを雇っちまおうぜ。それで本人が希望すればだが、ウチの将軍にしちまおう。クレイヴとロルトを打ち破るほどの用兵巧者、これを逃す手はないぜ!」
「だな。早速、彼が誰にどのような条件で雇われているのかを探ろう」
年を重ねても悪戯を思いついた悪童のような顔をする二人。
彼らの中でこの件に関しての方針は決まっていた。
どのような手を使ってでも、ベルトラン・ゲルグランを手に入れると。
「二人とも御苦労だった。連戦に次ぐ連戦で疲れも溜まっているだろう。兵の休養と再編も兼ねて、しばしの間休むがよい」
叱責を受けるどころか、労わりの言葉を賜ったクレイヴとロルトは、その目に涙を浮かべていた。
仕事も少し落ち着くかなと思ったら、コロナが収束傾向にあるせいか、全然そんなこともなく……




