大義と利
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大変遅くなりまして申し訳ございません。
三国間で四六協定が締結されるとすぐに、アデル、スイルの両王はノルト王国の王都リルストレイムを後にした。
アデルは婚約者となったヒルデガルドに別れの挨拶をした後、少し恥ずかしそうな顔で彼女の手を取り、指に指輪を嵌めた。
俗に言う婚約指輪であったが、この世界にはそのような風習は無い。
大粒のオパールを用いた指輪を見て、ヒルデガルドは驚きと喜びで目を白黒とさせ、その慌てふためきようは周囲のみならず兄のシルヴァルドや婚約者であるアデルの笑いを誘ったという。
これ以降、最初は若い貴族の間で、のちに一般庶民までもが婚約者に指輪を送るようになっていった。
特に婚約指輪として最高とされるのは、アデルが贈ったのと同じオパールを用いた物とされ、オパールの一大産地であるネヴィル王国に多大な富をもたらす結果となる。
無論、アデルはある程度の経済効果を狙ってのパフォーマンス性を秘めての贈り物であったが、それほどまでに爆発的な効果をもたらすことまでは予想しておらず、その結果に当人は嬉しい悲鳴を上げたとされる。
新たに獲得した領地へと向かう両王を城下町の外まで見送ったシルヴァルド。
その傍らに控えるは、宰相ブラムと腹心中の腹心であるユンゲルト伯爵。
「しかしながら、こうもあっさりと決まるとは思いませんでした。もう少しこう…………一悶着あるものかと…………」
城へと戻る馬車の中で、ユンゲルトがそう呟く。
「今の黒狼王の武威と勢い、それに姫の婚約者としての立場もあれば、軽々に反対することなど出来まいよ」
そう言うブラムの言に尤もであると頷いたシルヴァルドは、さらにその言に補足する。
「それになによりもアデルには大義があった。アデルが掲げる大義、それは三国共に栄えることだ。アデルもスイルも、我が国に断りなく二国間で四六協定を結ぶことも出来たが、彼らはそれをしなかった。そうすれば、敵国ガドモアからだけでなく我が国からも人民の流出が懸念されるからだ。我が国の弱体、それはアデルの掲げる大義に背くこととなる。さらには先だってネヴィル王国は、獲得した新領土の内で一番肥沃な地をエフト王国に譲った。これも、人口増加に伴う食糧難に喘ぐエフトを救うという大義ゆえのこと。これらによりアデルは義に厚い人柄であると周知され、これに逆らうは薄情者の烙印を押されかねないとあれば、表立って反対することなど出来ぬわ」
確かに、と二人は頷いた。
ーーーー
さて、急ぎやって来る冬に背中を押される感じで南下するアデルとスイル。
ノルト王国内とネヴィル王国北東部と、行く先々で歓待を受けて親交を温めつつ南へ南へと急ぐ二人。
二人が通る道は開通したばかりの山陽道である。
すでに幾度すれ違ったかわからぬほど、商人たちが山陽道を北へ南へと駆けまわっている。
そんな山陽道は、コールス山脈沿いを走っているが、一部だけ大きく山沿いを外れている個所がある。
それは、ネヴィル王国北東部の南西部にあるレビアス男爵領とグラハレル子爵領である。
この二人の貴族は、西部連合のガドモア王国西部辺境領侵攻の際に、見事なまでにアデルの計略に引っかかったという経歴がある。
今回山陽道を下る際にも、もしかするとこの二人がそのことを根に持っているかもしれないとの忠告を受けたが、アデルは気にすることなく二人の領土を通って最短で新領土へと向かうことを決めた。
一行がレビアス男爵領へと差し掛かろうとしたその時、先触れが慌てた様子で戻って来た。
「レビアス男爵領の外れの街道に、レビアス男爵とグラハレル子爵がお出迎えにと、兵を連れて参っております!」
これを聞いた近衛の黒狼騎たちに緊張が走る。
が、アデルは御苦労なことだと笑みを浮かべた。
「どうせ兵を引き連れていると言っても、五十か百程度だろう? それは護衛だな。彼らに他意は無いよ。安心していい」
そう言われても、近衛騎士団長であるブルーノは万が一ということがありますと、警戒を解かない。
アデルはお前たちがそうピリピリすると、彼らが怖がるだろうと言ったが、ブルーノは聞かなかった。
「まぁ、いいさ。何とでも言い訳はつくもんだしな。すまぬがもう一走りして、二人にスイル王も同行しているため、いつも以上に警戒態勢を取っている、卿らの護衛もスイル王に粗相のないようにと伝えてくれ」
「はっ、直ちに!」
伝令が走り去ると、アデルは近侍するブルーノとゲンツにこう言った。
「何で山陽道のここだけ大きく弧を描いているかわかるか?」
そう問われた二人は、はて? と首をかしげる。
「それはな、あの二人に対する自分なりの罪滅ぼしってところなのさ」
そう言ってアデルは苦笑した。
いくら無用な血を流さぬためとはいえ、騙されて気を良くするものはいない。
下手をすればそのことで後々までしこりとなって残り続ける可能性もある。
そこでアデルは、利を以って二人に償う姿勢を見せたのである。
山脈沿いから少し逸脱している山陽道は、レビアス男爵領とグラハレル子爵領のど真ん中、彼らの居城の城下町を通るように敷設されているのだ。
領内の中央を通る山陽道がもたらす莫大な利。二人は笑いが止まらない。
アデルに騙されたことなどどこ吹く風、この機を逃すものかと領地経営に勤しむ日々を送っていた。
果たしてアデルの言う通りであった。
騙されたことの恨みよりも、約束された繁栄をもたらしてくれた福の神といったように、二人はアデルを熱烈に歓待した。
アデルの姿を見て慌てて駆け寄り、眼前で平伏しようとする二人をアデルはサッと馬から飛び降りて制し、気さくに言葉を投げかけた。
レビアス、グラハレル両名とも恐縮しつつ深々と頭を下げた。
「どうだ? と言っても、まだ開通したばかりであるからな。あとは卿らの手腕次第。とはいえ何かあれば遠慮なく言うがよい。卿らは我がネヴィル王国北東部、山陽道玄関口という要衝を預かってもらうのだから、多少の融通は利かすつもりだ」
「ははっ、ありがたき幸せ。我らが栄えるは偏に陛下の御威光の賜物に御座いますゆえ」
「これほどまでの御厚恩を賜りましたるは、当家末代までの名誉に御座います! より一層の忠勤に励み、陛下のご期待に全身全霊を以って応えたく存じ上げまする」
二人は心の底からアデルに感謝していた。
ガドモア王国北部辺境領時代は、それこそ二人の領地は辺境中の辺境であり、さらには中央の搾取と相次ぐ戦の戦費に、家宝まで売って費えとしなければならないほどに困窮していたのである。
それが一転、騙されたとはいえネヴィル王国が続く限り繁栄が約束されたとあれば、些細な恨みなど消し飛んでしまう。
二人の歓待を受けたアデルとスイルはさらに南へと下り、エフト王国新領土へと到着。
ここでスイルと分かれたアデルは、さらに南東へと進み、カインとギルバートが詰める新領土の前線司令部ともいうべきシクラム城を目指した。
年末に向けて仕事が忙しく、休みが無くて時間が中々取れませんでした。
やっと少し落ち着いてきたので、また週一位で更新できるかと思います。




