四六協定
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戦勝祝賀会と婚約発表が終わった翌々日、リルストレイム城内の大会議室にノルトの王族と大貴族たちが集められた。集まったのは侯爵位、伯爵位を持つ者と主なる王族のみ。
その他の参加者は、ネヴィル王国の国王であるアデルとエフト王国の国王のスイルのみであった。
これからこの大会議室で行われるのは、連合の今後の方針を決める大戦略会議である。
「これより、第一回西部連合戦略会議を行う!」
全員が席に着いたのを見計らって放たれた、シルヴァルドの傍らに立つ宰相ブラムの大音声が室内をこだまする。
とても齢六十を超えているとは思えぬ迫力の声に、圧倒された者も多い。
次いでシルヴァルドの物言いは柔らかだが、雪解け水のような何とも言えぬ冷たさを感じる声が響き渡る。
「すでに我ら三人は事前に協議を重ね、骨子案は出来上がっている。今日、諸卿に集まってもらったのは、この案を肉付けしてより完璧とするためである。なので活発な議論を期待すること大である。では、以降はこの案の発案者であるアデル殿に詳しい説明をお願いする」
シルヴァルドからバトンを渡されたアデルは、シルヴァルドの右隣りに座っている。シルヴァルドを挟んで反対側にはスイルと三人の王が並んで座っていた。
アデルは席を立つと、わざとらしく咳をしてから言葉を発した。
「はい、ではまず…………武運に恵まれ我ら連合は、宿敵ガドモアに対して赫赫たる戦果を世に示し、その意気は天を突かんほどまで高まっておりますが、実情といたしましては相次ぐ戦に疲弊しており、ガドモアに対して一大攻勢を仕掛けるのは難しいと考えております」
アデルの言葉が終わるとほぼ同時に手を上げて意見する者が表れた。
その手を上げる者の顔を見たシルヴァルドの目が、すぅと細まる。
手を上げたのはシルヴァルドの従兄であるスヴェルケル公爵であった。
「勢いがあるとなれば、するべきことはただ一つ。速やかに軍を起こし、ガドモアに侵攻するべきであると愚考するが如何か?」
スヴェルケルの意見に幾人かが同意して頷く。
これに対しアデルは、言葉柔らかに異を唱える。
「先ほども申し上げましたが、民は長きに渡る戦乱に疲れ果てております。ここ、ノルト王国でも数年前の天候不順による傷跡が今だ残り続けている御様子。それに攻めるだけならば未だしも、奪取した土地を恒久的に支配するというのであれば、尚更のこと入念な準備が必要不可欠であると考える次第」
「迂遠なことを。戦乱に疲れているのはむしろガドモアの方。ここはやはり一気呵成に攻め立て、ガドモアを滅ぼすべきである!」
スヴェルケルは自説を曲げない。あくまでも勝っているのだからそのまま攻めるべきとの姿勢を崩さない。
頑固者め、現状を把握出来ぬのかとアデルの眉間に薄く皺が寄る。
アデルが再び口を開こうとしたその時、別の者が手を上げた。
手を上げたのは国家の重鎮中の重鎮であるバーゲンザイル公爵であった。
「勝った勝ったとはいうても、ガドモアはまだまだ余力を残しておろう。アデル王の知略にて北部辺境領と西部辺境領の半分を奪いはしたが、それでもまだ南部辺境領と東部辺境領は手つかず。ガドモア本国に関しては無傷である。今の状態でがっぷりと四つに組めば、まず国力差からいって何れは押し返されるのが目に見えとるわい」
次いで手を上げたのはシルヴァルドの左隣に座るスイルであった。
「我が国としてはまず、新たに手に入れた領土の支配権を確たるものとしたい。そのためにはある程度の時間が必要。これをせずに先に進むことは極めて困難であると言わざるを得ない」
次いで手を上げたのは、王族のクリプト公爵。
「我ら連合とガドモアの国力差は重々承知しております。ですが、時間を掛けてしまうと結局はガドモアも調子を取り戻してしまうのではありませぬか? そうなってしまえば、今よりも勝機は薄くなってしまうかと思われますが如何に?」
クリプト公爵の言はもっともである。現に多くの貴族がこの言葉に同意を示していた。
アデルもクリプトの見識は正しいと頷く。
「たしかにおっしゃられる通り、ただいたずらに時を過ごせば我らとガドモアの国力差は埋まりますまい。そこである策を仕掛けます。現在、我がネヴィルとエフト王国の税率が、四公六民であることはご存じの御方も多いかと思われます」
四公六民、つまり税率は総収入の四割。一見とんでもなく高いように思えるが、この時代では税率八割九割というのも珍しくはない。
特に戦が続くとこれに加えて臨時徴収することも多い。
これは民としては堪ったものではない。それに加えて、兵役や賦役もある。
まさに生き地獄である。負担に耐え兼ねた民が取る道は二つ。抗うか逃げるか。
現に税率が厳しいガドモアでは、多くの棄民が発生している。
これらを踏まえた上でアデルが放った策は、シンプルかつこの時点で最も効率的にガドモアにダメージを与えるものであった。
「策と言っても至って簡単なもので、ただ連合に所属する各国、各貴族家が足並みを揃えて税を四公六民にするというものです。そうするとどうなるのか、ここに集まる諸卿には最早お分かりかと思われますが、敢えて説明させていただきます。水が高き所から低き所へと流れるように、税の厳しいガドモアから我ら連合へと多くの民が流れて来ることでしょう。国力とは何かと考えた場合、その構成要素の一つに人口というものがまず上げられると思われますが、その人口を敵国から奪うというのがこの策であります」
これを聞いた事前に協議を重ねていた三人の王以外の全ての者が、驚愕した。
普通に考えて人を増やすには、時間をかけて自然に増えるのを待つか、あるいは敵地に攻め入って人を捕まえて連れ去るかしかないのである。
それがただ税率を下げ、各国一律にするだけで爆発的な増加が見込めるというのだから驚くほかない。
「いや、しかし…………もしそうなったとしてもガドモアが指をくわえて見ているとは思えぬ…………」
「いや、いやいやそれこそガドモアは民の流出を抑えるために、兵を用いねばなるまい。なるほどなるほど、とてもではないがその混乱のさなか、とてもではないが我らに兵を差し向けることなど出来ぬというわけか」
「つまり、人を増やしつつ時間も稼げるというわけですな。さすがは知略優れたる黒狼王陛下、その御慧眼に心服致しましたぞ」
皆がアデルの案を称賛する中、スヴェルケルは苦虫を嚙み潰したような顔でアデルを睨み付けていた。
そんな中で多数の貴族が手を上げた。
これまで公爵を憚り、発言を控えていた侯爵や伯爵たちであった。
アデルは位階順に発言を許可した。
最初に発言したのは、ノルト王国の中東部に広大な領地を持つヒースクリフ侯爵であった。
「民が流入してくれば、我らもまた混乱する恐れがありますが、これに対して何かしらの策はお持ちでしょうか?」
これに対してアデルは、
「たしかに侯のおっしゃられる通り、我らも多少は混乱するかと思われます。まず、三国の国境線に兵を配して流れて来る民を誘導し、数か所に集めてからそれぞれの開拓候補地へと向かわせます。その際に戸籍を作り、流民の中から兵を編成しその兵を開墾に重点的に用いて、数年で自給自足可能な状態へと移行させる計画を立案しております」
と、屯田政策を主張した。
それを後押しするようにシルヴァルドが、
「我が国としては各領はもとより、主なる候補地として先の戦場であったジストラ丘陵を予定しておる。今まではガドモアとの国境付近として開拓がなされていなかったが、旧ガドモア北部辺境領がネヴィル王国北東部となった今となっては、敵の侵攻を恐れずに開拓に専念できるからである」
と自国内での屯田政策を述べた。
この時点でほぼ方針は決定したと言ってもよい。
これを覆すには、さらに効果的な案を述べねばならないのだが、この場にいる諸侯の誰もそれを持ち合わせてはいなかった。
黒狼王ことアデルの武威と智謀による言葉の重みは、本人が想像する以上の効果をもたらしていた。
アデルとしては税率を下げることに対してもっと強い反発があるものだと考えていたのだ。
この後も諸将の間では活発な意見が交わされたが、それは主に細部の事務的な事柄についてであった。
翌日には主に子爵位の者が集められ、前日の会議と全く同じような説明をする。
さらに翌日には男爵以下の者たちが集められ、これまた前日と全く同じ説明を受ける。
「四公六民となると、税収が一気に落ちてしまい当家はいささか苦しゅう御座います」
こういった意見もちらほらと出たが、これは国が当面の間開発の資金を融資することで決着がついた。
「何れは人口増加により、四公六民の税収でも今よりも多くの金を集めることが出来るでしょう。これは一つの投資と考えて頂いて結構。一時的には苦しくとも、後で大利を得られることが決まっているのです」
このアデルの言葉に諸侯は納得、賛同し、連合歴二年の十月に各国の税率を一律とする四六協定が結ばれた。
体質改善に関するアドバイスありがとうございます、早速検討させていただきます。
皆様方の温かい応援のお言葉が無ければ、ここまで続けることは出来なかったと思っています。本当にありがとうございます!




