二つの祝賀会 其の三
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王都リルストレイムで行われた戦勝祝賀会は、かつてない規模であった。
大小様々な百家を超える貴族を一堂に集めた戦勝祝賀会は、ノルト王国設立以来数度行われた記録があるのみ。
そのような規模の祝賀会を開いたという一点においても、シルヴァルドはノルトの歴史に名を残すこととなるであろう。
流石に広いリルストレイム城でも会食式とはいかず、立食式での開催となったが、これはアデルにとっては好都合であった。
アデルは貴族の子であったとはいえ、辺境でのびのび自由に育てられてきた。
一応最低限度の礼儀作法は、家庭教師のトラヴィスより一通り学んではいるが、それを完全にものにしたとは言い難い。
なので礼儀作法にうるさい会食式よりも、多少の不作法も許される立食式の方が心が落ち着くのである。
先に貴族たちが会場に入り、場を温めた後で王族が入場するのがノルトの慣わし。
此度もそれに習い、後からシルヴァルド、スイル、アデルの三人の王が入場した。
特にアデルが入場した際には、楽隊がわざわざアデルのためだけに作られた曲を演奏した。
「この曲名は黒狼王入場曲というらしいです」
と、傍に仕える親衛隊である黒狼騎団長のブルーノがアデルにそっと耳打ちした。
アデルはそれを聞いて、気恥ずかしさにに背筋を震わせる。
曲が終わるとそれに続く形で柔らかな曲へと代わり、今回のもう一人の主役であるヒルデガルドが入場する。三人の王と王妹ヒルデガルドが入場を終えると、会場が一気に沸き上がった。
「今宵は見事なる勝利を飾った我が友らを祝うために、よくぞ集まってくれた! まずは何よりも祝杯を! 語らうは後日行われる大戦略会議にて! ネヴィル王国、エフト王国、そして我が国ノルトに、西部連合に乾杯!」
シルヴァルドが杯を掲げると、その場にいる全員が杯を掲げて唱和した。
城中に響き渡る声、そして掲げられた銀杯の煌めきは共に戦場での勝利の雄たけびと剣の輝きと等しくアデルたちを興奮させた。
アデルも今回は杯の中身は酒である。口当たりのよいワインを選んだが、それでも慣れない味に眉をしかめながら一気に飲み干した。
すぐに給仕から次の杯が手渡される。アデルは若干戸惑いつつもそれを受け取った。
すべての者が二杯目を受け取ったのを確認したシルヴァルドはこう続けた。
「余はこれを機に、三国の絆をさらに深めたいと考えている。まず手始めとして余の妹、ヒルデガルドをアデル王に娶って頂きたいと考えているが、アデル王……この申し出を受けていただけるであろうか?」
茶番である。すでに内々ではアデルとヒルデガルドの婚約は決定している。
それはこの場に居る誰もが知る事実であった。
だが、こうした場できっちりと宣言することで完全に名実化し、国内はおろか諸外国にもこの事実を広めるという目的がある。
拒絶不可能なシルヴァルドの問いに、アデルはこう答えた。
「不肖なるわが身に過分なる幸せであるが、まずはヒルデガルド姫の御意思を尊重したい」
皆の視線が一斉にヒルデガルドへと集まる。
ヒルデガルドは、顔を紅潮させながら軽く頷くと、
「稀代の英雄王のもとに嫁げるなど、望外の幸せに御座います」
と、婚約に了承の意を示した。
「おお、我が妹よよくぞ申した! 皆、杯を掲げよ! 我がノルトとネヴィルの将来を祝って、そして三国同盟の更なる結束を誓って乾杯!」
「同盟よ永遠なれ!」
「英雄王たちに乾杯!」
「姫様に幸多かれ!」
会場の興奮は最高潮に達した。
それからのことをアデルはよく覚えてはいない。
慣れぬ酒を二杯あおり、さらには周囲の進めるがままに注がれた酒を飲み続けた。
いつしか会場は幾つかの集団へと分かれていた。
シルヴァルドの周りにはヒルデガルドの婚約のお祝いを述べに行く者が集まり、スイルの周りには商業の中継地点として誼を結びたい貴族たちが集まっている。
今回の主役であるアデルとヒルデガルドはというと、二人になって言葉を交わしたのは僅かの間だけで、アデルの周りには貴族の子弟の若者や少年たちが、ヒルデガルドはこれまた若い御婦人方や少女たちに取り囲まれていた。
「あ、アデル陛下! 無礼を承知でお願い申し上げます! ど、どうか我々に戦の話を、ぜ、是非に!」
少年たちにとって連戦連勝を重ねるアデルは、生ける伝説、英雄そのものなのだ。
最初はやんわりと断っていたアデルだが、少年たちの熱に押されて少しずつ話し出す。
アデルの話には一切の誇張はない。実際に自分で見たこと、感じたことをそのままに語った。
その一切の誇張や装飾のない話に、少年たちは黙って耳を傾けた。
アデル自身は内心で、きっとつまらなくて皆がっかりするだろうと思っていたのだが…………。
一通り話が終わると、ずっと緊張しながら話を聞いていた少年たちが一気に息を吐いた。
「す、すげぇ…………」
「これが、い、戦か…………」
少年たちの顔をこわばり、中には青ざめ震えている者もいる。
アデルの一切の虚飾のない話を聞いた少年たちは、話の中に強い現実を感じていたのだ。
戦いに勝つこと、負けること。命を奪うこと、奪われること。
この場に居た少年たちは、今まで憧れであっただけの戦争に、正面から向き合わされたのであった。
興奮と恐怖、その他の様々な感情が入り乱れる中、アデルはこう締めくくった。
我が心は常在戦場であると。
その言葉に少年たちはおろか、遠巻きにしていた大人たちもが驚いた。
その言葉こそが、アデルの強さの秘密であると強く感じたのだ。
一方でヒルデガルドはというと、これもまた大変なことになっていた。
ヒルデガルドが述べた通り、アデルは最早英雄視されている。
誰もが恐れ、敬い、憧れる英雄王に嫁ぐのだから、皆が羨望するのも無理はない。
「ねぇ、ヒルダ。普段のアデル様ってどういうお方なの?」
「もう手は握られたのかしら? もしまだならあなたの方から積極的に行って捕まえて、絶対に離してはダメよ?」
「ああ~ん、本当に羨ましいわ。ねぇねぇ、私、側室でも構わなくてよ。あ、怒った。嘘よ嘘、大丈夫あなたの英雄さんを取ったりはしないわよ。私も婚約中だしね」
質問攻めにされるわ、玩具にされるわでさしものヒルデガルドもてんてこ舞いである。
ヒルデガルドも皆に進められるがままに杯を重ね、これまた初めての酒に酔い、早々に酔いつぶれて会場を後にせざるを得なくなった。
同じ理由でアデルも会場を後にすると、会場を包んでいた熱気が和らぐ。
体の弱いシルヴァルドもまた、アデルに続く形で会場を去ると、残されたのはスイルのみである。
スイルもまた若く、酒を飲みなれていないかと思われたが、実は酒豪でそれもうわばみと言ってもよいほど酒に強かった。
スイルを程よく酔わせ、商取引で有利な言質を引き出そうと考えていた者たちは、スイルに合わせて杯を重ねて酔い潰れ、逆に言質を取られてしまった。
酒豪の王は、酔いつぶれた者たちを見渡してこう言った。
「おお、なるほどなるほど。我が才は二人に遠く及ばずと思っていたが、唯一酒に関しては二人を大きく凌駕しているようだ。結構、結構。人間何かしら取り柄というものがあるものだ。はっはっは」
まだ飲み足らぬのかスイルは給仕を呼ぶと、酒の催促をする。
次々と空いた杯がスイル周りのテーブルに乱立していく。
それでも飽き足らず、会場を去ってからも近臣たちと城内の部屋で酒盛りをしたというのだからこれはもう驚くよりも呆れる他はない。
そしてそれだけの酒を飲みながらも、二日酔いになることもなく翌日さっぱりとした顔で、シルヴァルドに酒の礼を述べたという。
一方で、酔い潰されたアデルとヒルデガルドの二人は、ベッドの中で二日酔いの激しい頭痛に襲われていた。
「み、味噌汁を頼む…………ああ、ヒルダにも薬と称して味噌汁を届けてくれ」
酒を飲んだ後の味噌汁が体に染みるのは、酒による発汗や排尿によって失われたミネラルが補充されるからである。
そしてこのことが広まり、ノルト王国では味噌汁は二日酔いの薬として珍重され、味噌がネヴィル王国の主力輸出品の一つになるのであった。
三兄弟が考案した自信をもって放つ、戦わずして勝つ策とは何か?
大戦略会議でアデルが放った言葉に、カルディナ半島が揺れる。
次回、四六協定 お楽しみに!




