常識破りの二狼 其の二
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ティノール城を預かるカイン・ネヴィル公爵は焦っていた。
風が吹けば崩れ落ちそうな頼りない城壁と、改築を繰り返してきたせいで入り組み狭い城内。
普通城攻めには城の守備兵に対して、五倍、十倍の兵力が必要とされるが、ことこのティノール城に関して言えばそれは当てはまらない。
むしろ城を今囲んでいる兵力だけで陥落させられてしまうのではないか、と思ってしまうほどである。
カインはたいして高くない北の城壁に登り、敵軍の様子を探った。
このティノール城は他の城とは違い、城門が東西の二か所しかない。
当然敵はこちらを逃がすまいとして、東西の城門の前に兵を厚く配している。
「敵はこの北側に本陣を置いたか。それもここから見える距離にだ」
カインが敵陣を睨み付けながら呟くと、
「舐められておりますな。こちらが打って出てくると微塵も考えていないのでしょう」
と、蛮斧の異名を持つバルタレスも敵陣を見ながら呟いた。
「本陣周りの兵は少ないな。兵力の大部分を東西にまわしたか」
「そのようで…………こちらも東西の門周りに兵を多く配置しております」
うん、とカインが頷き、踵を返して城壁から降りようとしたその時、足元がぐらりと揺れた気がした。
カインは訝し気な表情で足元を確かめた後、城壁を下りてそのまま壁際まで行き、足で城壁を蹴ってみた。
ぼろり、と壁の一部が崩れ落ちる。
カインもバルタレスも慌てふためいた。
二人ともここまで脆いとは思っていなかったのである。
すぐに補修を、とバルタレスが配下に命じようとするのを、待て、とカインが止めた。
カインはこめかみに人差し指を当てながら、崩れ落ちた城壁の欠片を手に取った。
その時である。カインの脳に悪魔的閃きが生じたのは。
「ふ、ふははははっ、いける…………これは使えるぞ…………」
欠片を手で弄びながら笑うカインを、バルタレスは沈黙をたもち見守っていた。
「バルタレス、勝機を見出したぞ! 準備が出来次第打って出るぞ!」
「はっ、しかしながら殿下、東西いずれから出るにしても敵を突破するには、いささか厳しい状況ではありますが…………」
「普通ならば卿の言う通り、門を潜って出撃する。敵もそう考えているだろう。その普通の考えというのが、今回の作戦の肝だ」
どういうことか? バルタレスの眉が上がった.
「俺たちは門から出撃しない。ここだ…………ここから打って出る。さすれば、手薄な敵本陣は目と鼻の先。敵将を討つことが出来るかもしれない」
カインがそう言いながら指さしたのは、先ほどの崩れた城壁であった。
つまりカインは自ら、内側から城壁に穴を開けそこから出撃するというのである。
バルタレスの背に雷が走った。
これが天才の発想というものなのだと。常識の外にある兵法、それも今の状況から見て、理にかなっている。
これは勝てる、とバルタレスも確信する。
「では、直ちに取り掛かりましょう。敵に気づかれないようにとなると、少しばかり時間が掛かると思われますが…………」
「うん、開けた穴には土嚢を詰めて誤魔化しながらやろう」
こうして前代未聞の作戦が始まったのである。
城壁を崩すのは主に夜間に、敵に気づかれないように、なるべく大きな音を立てないようにと進められた。
騎兵がどうにか通れる穴が開けるのに二日を要した。
「よし、これならば騎兵が通れるな。敵に何か変わった様子は?」
「ありませぬ。攻めてくるわけでもなく、ただ今まで通り取り囲むばかりで…………」
「ならば、よし。敵が一番油断してる時を狙うぞ。敵陣から竈の煙が立ち上る時、朝飯時を狙う」
「夜ではありませぬので?」
「夜は敵も警戒しているだろう。闇に紛れて我らが逃げ出さないかどうかとな」
なるほど、とバルタレスは笑った。
確かに、警戒後の食事の時間は、もっとも気が緩む時だろう。
「では、明朝にということで…………」
「うむ。俺の馬ももう北側に繋いでおいてくれ」
カインは自ら先頭に立って撃って出るつもりであった。
だが、これをバルタレスがやんわりと止めた。
「お待ちくだされ殿下、ここは某にお任せあれ。殿下はすでに功をお立てになられました。ここはどうか某にも功を立てる機会を下さいますよう。何卒、何卒…………」
と、バルタレスは懇願するが、カインには全てわかっていた。
自分の身を案じての言葉であることが。
カインは笑顔で、この猛将に全てを託すことにした。
夜明けに北側に集められたバルタレス率いる奇襲部隊の数は五百。
この五百の兵力で、手薄な敵本陣に殴り込みをかけるのだ。
鳴き声が漏れぬよう馬の口には布を噛ませ、将兵らも沈黙をもって夜明けを待つ。
やがて空が白み始め、それから左程時間が経たぬうちに、敵陣のあちこちから竈の煙が経ち始める。
バルタレスが手で合図すると、兵たちは大急ぎで土嚢や城壁の残骸を退かし始めた。
すぐに騎兵が通れるほどの穴が、ティノール城の北側の城壁に生じるが、敵がそれに気づいた様子はない。
バルタレスは先頭に立つと、やや身を縮こませながら穴を潜った。
次々と将兵らもそれに続く。城壁の前で馬の口から布を外し、急ぎ突撃陣形を整えたバルタレスは、自ら先頭に立って猛然と突撃を開始した。
突如轟く馬蹄の音。食事に気を取られていた敵兵たちは、持ち場を離れている者も多く、咄嗟の対応が出来ない。
「て、敵襲! 敵襲!」
一体どこから? ヴィラの疑問に答える者はいない。
逃げるにしても戦うにしても、もう遅かった。
バルタレスの自慢の戦斧が右に左にと振られるたびに、敵兵が悲鳴を上げて倒れていく。
奇襲は完全に成功した。もはや戦おうとするものは皆無である。
逃げ惑う敵兵を蹴散らしながら、バルタレスは遮二無二に敵の本陣を目指す。
ヴィラは状況が呑み込めず、ただ茫然と立ち尽くしていた。
部下が逃げるようにと馬を曳いてきて、ようやく自らの死を身近に感じて大慌てしだした。
だが、彼は逃げることが出来なかった。バルタレスが護衛の騎士たちを蹴散らしながら近づいてくるのを見て、体が氷のように強張ってしまい、上手く馬に跨ることが出来ない。
彼の瞳が最後に見たものは、自分の身体に突き刺さった巨大な戦斧の姿であった。
敵本陣への奇襲は鮮やか過ぎるほどに成功した。
敵軍全体に動揺が広がるのを見たカインは、全軍を西門へと集め、自ら指揮を執って打って出た。
混乱する敵はこのカインの攻撃に抗せず、算を乱して思い思いに逃げ出していく。
カインは深追いせず、奇襲部隊のバルタレスと合流。部隊を再編成して反時計回りに南に向かうと、敵はもう逃げ散っていた。
そのまま東門の前に向かうと、そこにも敵の姿は見当たらない。
「追撃しますか?」
「いや、もういっそのことこの城は放棄して、このままトーヤのところに向かおうかと思っている。あっちもあっちで大変だろうしな」
「上手くやれば、また敵軍の本陣を突くことが出来るやもしれませぬな。このボロ城に留まるよりは、確かにそちらの方がよろしいでしょう」
こうしてカインは一度城に戻り、準備を整えた後にトーヤが守るカラヤ城目指して北上を開始。
だが、すぐに南下してきたトーヤの軍と鉢合わせる。
「なんで?」
「どうして?」
と、カインとトーヤはお互いに驚く。
実は、こうこうこうでと互いに説明しあい、互いの生存と勝利を喜んだ。
「火牛の計か! まさか兵糧代わりに買い入れた牛が、そんな風に役にたつとはなぁ…………」
「カインの方は何なんだよ? 滅茶苦茶じゃないか! 何だよ、内側から城壁を崩すって…………」
まったく、とお互いひとしきり呆れた後、今後どうするかという話になる。
「ここは叔父上に連絡して兵を率いてここまで来てもらい、この地の全軍で敵を国境まで押し返すってのはどうだ?」
「あと、アデルにも使いを出さなきゃ。大丈夫だとは思うが、もし苦戦してるのならば追撃は止めて援護に向かわないと」
「そうだな。よし、直ぐに二人の元に使いを出そう。その間はここで待機しよう」
こうして、見事カインとトーヤは城を取り囲む敵軍を、奇策を用いて撃退したのであった。
後に火牛の計を用いて敵を打ち破ったトーヤは、牛追いの白狼と呼ばれ、自ら城壁を崩して敵を打ち破ったカインは、城壁破りの赤狼と呼ばれ持て囃された。
またこの世界の故事成語として、常識外の行動などを、城壁破りと言うようになったのであった。
オリンピックが始まりました。
皆さんは四連休どうお過ごしでしょうか?
私は四連休どころか、日曜だけしか休めませんでした。
休みをくれ~、続きを書きたいんだよぉ!
ついに三匹の狼の夢が叶う。
次回、白狼麺 お楽しみに!




