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常識破りの二狼 其の一

感想、評価、ブックマークありがとうございます!

誤字脱字指摘も感謝です!

本当にありがとうございます。

 

 使者の話では、赤狼公カイン、白狼公トーヤ共に独力で敵を打ち破ったという。

 ネヴィル王国東部に侵攻してきた敵軍の総数はおよそ一万四千と聞く。

 これに対して同地に展開するネヴィル王国軍の総数は五千。

 それも内訳としては、カインが二千、トーヤが二千、そして叔父であり大将軍たるギルバートが一千。

 この度の侵攻に対する迎撃作戦計画では、最前線にある二つの城にカインとトーヤが入り、その少し後方にある城にギルバートが入って、アデルが率いる援軍が来るまで耐え凌ぐというものであったはず。

 それが一体どういった経緯で、敵を打ち破ったのか?

 話は数日前に遡る。


 今回の迎撃作戦で白狼公ことトーヤ・ネヴィル公爵は、ネヴィル王国東部のやや北側にあるカラヤ城を任されていた。

 ただでさえ敵に劣る兵力を分散配置しなければならなかったのには、大きな理由があった。

 まず、このカラヤ城が小城であり、大兵力を収容することが出来なかったのだ。

 この周辺の城は皆同じような小城ばかりで、どこもかしこも大兵力を収容できるようには建てられていない。

 それもそのはず、この元ガドモア王国西部辺境は外敵に接しているわけではないがために、そういった巨大な城を築く必要性が無かったのと、辺境に対する内地の収奪が厳しく、大きな城を築くだけの余裕も無かった。

 さらにネヴィル王国東部地方は、耕作や放牧に向いた開けた土地柄であるため正面決戦は厳しく、やむを得ず兵力を各小城に分散配置する他なかった。

 これにたいしてカインもトーヤもさして不安を抱いてはいなかった。

 長くてもひと月敵の攻撃を凌ぎさえすれば、アデルがやって来るからだ。

 二人はアデルの勝利を微塵も疑ってはいない。

 これまでも今回の作戦も、幼少の頃より毎夜毎夜語り合い練り上げて来たものであり、三人はこれらの作戦に絶大なる自信を持っていたのだ。

 だが、戦争は生き物と言ってもよい。

 練りに練った作戦を混乱させるイレギュラーが、そこかしこに潜んでいる。

 カラヤ城に籠ったトーヤにも、数々の難題が降りかかっていた。


「こ、ここまで荒れているとは…………」


 トーヤが直面した難題とは、ずばり兵糧の確保である。

 元ガドモア王国西部辺境の地は、三人の予想を遥かに超えるほどに荒れていたのだ。

 現地での兵糧の確保が難しいと感じたトーヤは、慌ててネヴィル本国より兵糧と物資の支援を要請したが、敵の進行速度を考えるに、どうも間に合いそうになかった。


「ひと月だけ持てばいいのだが…………迂闊だったなぁ、これじゃ二週間もつかどうかといったところか…………」


 算盤を弾きながら、城内にある小麦を主とする兵糧を計算すると、節約しても十日もつかどうかといったところであった。


「この地が放牧に力を入れていると前もってわかっていれば、もっとやりようがあったはず。これは俺たちの失態、リサーチ不足が招いた危機だ」


 トーヤは苦肉の策として、急遽周辺の農家から牛や鶏を買い上げることにした。

 これらを捌いて当面の危機を乗り切ろうというのだ。

 城の中はたちまち牛馬でいっぱいになり、どこにいてもモーモーという牛の鳴き声が聞こえてくるようになった。

 そのため、将兵からは目を瞑ると牧場にいるようで気がそがれるといった苦情も出るありさまとなった。

 兎に角もどうにかアデルが来るまでの兵糧の確保に、かろうじて成功したトーヤであったが、後にこの牛こそが戦いの鍵となるのであった。



 ーーー



 赤狼公カインが守るのは、ネヴィル王国東部のやや南側にあるティノール城である。

 このティノール城は、歴史が古く由緒ある城であったが、この城を治めていたガドモアの貴族が怠慢だったのか、あるいは金が無かったのかはわからないが、ひどく荒れていた。


「ここまでボロいとは…………」


 あちらこちらに見られる大きなひび割れを見て、カインは今にでも倒壊しないだろうかと不安になった。

 城壁にもひび割れが見られ、補修作業を急ぐがどうやら完全に修復する前に間違いなく敵が来る。

 カインは仕方なく、崩れた城壁の穴埋め用に土嚢を多く用意しておくことにした。


「やばいぞこの城…………古い古いと聞いてはいたが、こりゃもう古いなんてもんじゃなくて、遺跡と言ってもいいくらいだよ」


 あまりのボロさにカインもお手上げであった。

 しかし野外決戦は地形的にも兵力差がありすぎて不可能である。

 このティノール城周辺もカラヤ城同様、だだっ広い平地の中にポツンと建てられていた。

 しかし、このボロさこそが戦いの帰趨を決める鍵となった。




 ーーー



 現在ネヴィル王国とエフト王国によって、旧ガドモア王国西部辺境領の三分の二が支配されている。

 この失地の奪回こそが、今回のガドモア王国の目的であった。

 このネヴィル東部に向けて侵攻する、ヴィラ伯爵を指揮官とするガドモア王国軍は一万四千。

 ヴィラは軍事的才能も政治的野心もない凡庸な四十しじゅう男で、今までも長い物には巻かれようにして生きて来た男である。

 今回の作戦にしても、総指揮官であるバイドルの命令を忠実に実行しようとしていた。

 それはヴィラ独力で西部辺境領の奪還を行わずに、敵軍を打ち破り南下してくるバイドルを待ってから、その指揮下に入ってから奪還を行うというものであった。

 バイドルは、エフト王国領に侵攻したエルキュールにも同様の命令を下していた。

 そのため、エルキュールもこのヴィラも積極的な攻勢をかける意思を有していなかった。

 精々バイドルが来るまで敵を逃さないように程度の感覚しか持ち合わせていなかった。


「ま、敵は小勢。籠る城も大した規模でもなし。ここは兵力を二分して囲み、バイドル殿を待つとしよう」


 ヴィラは、そう言って一万四千の兵力を二分。

 北側にあるカラヤ城には、麾下のネルス子爵を向かわせる。

 ヴィラ自身は七千の兵でティノール城を囲んだ。

 そしてヴィラは兵で城を囲んだ後、攻撃をしかけるでもなく、ただただバイドルが来るのを待った。

 カラヤ城を囲んだネルスもまた、ヴィラと同じく城に攻撃を仕掛けるでもなく南下してくる味方を待って待機していた。

 この敵の動きをカインもトーヤも最初は訝しんだ。

 だが、すぐにこれは自分たちと攻守こそ逆転するが、同じく味方の来援を待っているのだと気が付いた。

 そこに気が付いたからといって、直ちにどうこうできる訳でもない。

 城を囲む兵の数は自軍の三倍以上である。無策で突っ込めば、当然負ける。

 自分たちが負ければ、後に残っているのはギルバートのソルチラ城の一千だけ。

 迂闊には動けないかと思われた。

 しかし、目の前にあからさまにやる気のない、士気のダレた兵を目の当たりにすると、二人の中の攻撃的本能に火がついてしまう。

 どうにかして目の前の敵を追い散らすことが出来ないだろうか?

 先に動いたのは白狼。トーヤは、敵に囲まれても一日中嫌でも聞こえてくる牛の鳴き声にヒントを得た。


「よし、今夜にも全軍で撃って出るぞ!」


 この時、トーヤと共にカラヤ城に籠っていたのは傷だらけの異名を持つザウエル。

 トーヤの策を聞かされたザウエルは最初は驚いたものの、すぐにこの策に理解を示し撃って出ることに同意した。

 トーヤとザウエルの命令で、城中の予備の松明たいまつと剣が集められた。

 剣を食用として集められた牛の角に、松明を牛の尾に縛り付けると、夜が更けるのを待った。

 夜が更けると同時に東門を開き、牛の尾に縛り付けた松明に一斉に火を付けた。

 牛たちは驚き、暴れ、火から逃れようと全力で駆け出す。それも敵陣に向かってである。

 小勢である敵のまさかの奇襲。それも襲って来たのが敵兵ではなく、牛。

 敵の混乱ぶりを見てトーヤとザウエルは、兵を率いて直ちに城から撃って出た。

 混乱する敵兵をなぎ倒しながら、敵本陣目掛けての突撃。

 ガドモアの将ネルスは、何が起きたのかもわからずに、突撃して来たネヴィル兵に討たれてしまう。

 将を討たれたガドモア王国軍は、混乱から立ち直ることも出来ずにそのまま敗走。

 トーヤとザウエルは共に朝になるまで敗走する敵を追撃し、多大なる戦果をあげて悠々と城へと帰還した。


「見たか火牛の計を! といっても、まぁ何もかもが偶然なんだけどもね」


 火牛の計とは、中国の戦国時代に斉の国の将である田単が用いた奇策である。

 トーヤはただこれを忠実に再現して見せたにすぎなかった。

 だが、そんなことを余人は知る由もなく、トーヤの智謀に驚嘆するばかりであった。

火牛の計、木曽義仲の俱利伽羅峠の方ではなく、元祖の田単の方を採用しました。

角に松明括りつけて火付けても、その場で暴れるだけで前には進まなそうなので。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >>それを食用として集められた剣を牛の角に 剣が食用みたいになってる
[一言] とうとうアレが解禁かな? 詰めてるのはエフトと縁を結んでるカインだし、オンボロ城なのが重要って辺り。 この後、劇的ビフォーアフター?(リフォームとは言ってない)
[良い点] *攻撃に使用した牛は、このあと兵士たちが美味しくいただきました
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