南への援軍
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誤字脱字指摘も感謝です! 多分今回もいっぱいあります、ごめんなさい。
戦いが終わり翌日九月十二日にネヴィル王国北東部から南下を始めたアデル率いる一万の軍勢は、二日後の九月十四日にエフト王国東部地域に足を踏み入れた。
アデルはそのまま急ぎコルタナ城へと向かう。
途中、コルタナ城の北にあるマガズオイ山に立ち寄る。
マガズオイ山には、アデルの予想通り多数のエフト王国の国旗が風に揺れていた。
アデルは少数の供を連れて、山中に布陣する友に会いに行く。
山を登ろうかというところで、アデルを出迎えるために下山してきたエフト王国の国王であるスイルと鉢合わせる。
「勝ったな! 流石だ」
「そっちも大勝したって聞いたぞ」
アデルとスイルは手を取り合って喜び、お互いの勝利を称えあう。
「それにしてもお前は正に神の目を持つ男というべきか…………俺がマガズオイ山に布陣することなんぞお見通しだったか」
「エフトにとっても、ネヴィルにとっても互いに国家存亡の戦だろ? 必ず勝たねばならぬ戦。それならば一番得意とする場所で戦おうとするのが自然な流れだろ? 俺だってスイルの立場ならそうするもの。それより、すごいなスイルは…………釣り野伏なんて誰に習ったんだ?」
「お前だよ、お前! いや、正確にはお前たちにだ。俺がネヴィルに遊びに行ったとき、夜寝る前に戦略や戦術について散々話し合ったじゃないか」
そういえばそんなこともあったな、とアデルは昔を思い出す。
「よくそんな昔のことを覚えていたな。それにしてもスイルは天才だな。聞いただけの戦術を、ここまで見事に用いて敵を打ち破るなんて」
そうアデルに褒められたスイルは、少し恥ずかしそうに笑う。
「そっちも厳しかっただろうに、援軍を送ってくれて助かった。おかげで敵が攻めて来なかった」
「まだいるんだな?」
「ああ、おおよそだが敵の数は七、八千から多くても一万程」
「俺が一万率いてきたから、スイルとカルファの兵を合わせて一万六千強。正面からぶつかっても勝てるが…………おそらくだが、敵は戦わずに退くだろう」
「そうだな。アデルが来たことで敵は、北に侵攻した味方の敗北を知るだろう。どうする? 追うか?」
スイルの言葉にアデルは、まさかとおどけながら首を振った。
「だよな。敵の撤退を確認し次第、すぐにカインとトーヤを救いに行かないとな。今回の戦い、兵力でいえばあいつらが一番厳しいはずだからな」
「うん、だからこっちもすぐに動こうと思って…………すまないがスイル、山を下りて城の前に俺と共に布陣してくれないか? それも強気な攻めの陣形で」
「わかった、任せろ。敵に脅しをかけるのだな。そちらもこちらも勝利によって兵の士気が高まっている。縦しんば戦いになっても、戦意と数で打ち破れるだろう」
幼少の頃からの付き合いである。二人の息は完全に合っている。
ーーー
「なに? 敵の増援だと?」
物見の報告を受けたエルキュールは、その瞬間味方の敗北と今回の作戦の失敗を悟った。
「敵軍中に三頭狼のネヴィルの王国旗と、黒い狼…………黒狼の国王旗が確認されています」
さらに別の物見が息を切らせて飛び込んで来た。
「奴ら、山を下りて増援軍と合流するようです!」
奴らとはスイル率いるエフト王国軍のことである。
スイルはアデルの提案通りにマガズオイ山から全軍を降ろし、コルタナ城前でアデルと共に布陣した。
「よし、退くぞ。急げよ」
エルキュールの決断は早い。
「よろしいのですか? 我らは此度、ただの一度も剣を交えておりませぬが…………」
麾下の貴族の一人が、戦わずに退くのは閣下にとっての不名誉となるのではないかと言ったが、エルキュールの決断は変わらない。
「どうせ戦っても負ける。城の前に堂々と布陣したということは、数的にも向こうが優位なのだろう。それにだ、黒狼王が来たということはそういうことなのだろう」
エルキュールも将兵らも、まさか無敵であるはずの王国重装騎兵が敗北したとは思いたくなかったが、こう目の前に現実を突きつけられてしまうと、嫌でも察してしまう。
「ぐずぐずはしてはおれぬ。急ぎ撤退だ。ただし、追撃に対する備えを整えてからだ。ま、追っては来ないとは思うが用心するに越したことはない。あと、後ろだけでなく左右、それと前にも気を付けろ。バリス伯のようになりたくはなかろう?」
ガドモア王国のバリス伯爵はティガブル城の攻囲戦に敗れ、撤退する途中にネヴィル王国軍の奇襲を受けて戦死している。
それを踏まえた上でエルキュールは、細心の注意を払いつつ撤退を開始した。
「これはしんどいな。追っては来ないとわかってはいるのだが…………」
エルキュールは流れ落ちる汗をハンカチで吹きながら、呟く。
「本当に追っては来ぬのですか?」
戦において最も難しいのは敵を前にしての撤退である。麾下の将が不安にかられて敵の追撃の有無を問うが、エルキュールは追撃は無いと断言した。
そう断言しつつも、王国軍の精鋭を軽々と打ち破って見せたアデルを目の前にしての撤退に、一切の余裕はない。その証拠に、彼はあるミスをした。
「来ないさ。我が軍を追うくらいならば、黒狼王は南下して弟たちを救いに行くだろうよ。あ、そうだ! しまったな…………このことを味方に知らせねば。すっかり忘れていたぞ…………おい、急いで使いを南に走らせよ」
「はっ、直ちに」
この使者が、南にいる味方の元にたどりつくことは無かった。
なぜならば南に展開するガドモア王国軍は、エルキュールが撤退するよりも早く撤退を開始していたからである。
エルキュール率いるガドモア王国軍の様子を、偵察により監視させていたアデルは、その報告を受けて驚く。
「隙が無いな。敵はかなりのやり手だ。スイル、お前よくこんなの相手に勝ったな」
「はてさて運が良かったのか、まぁ何故か一部隊だけ突出してきたからな。威力偵察のつもりだったのだろうか? それも使い捨ての」
「よくわからんが、素直に退いてくれて助かる。予定通り追撃はしない。エフト王国領を敵が出た時点で、我らは南へと進軍を開始する」
「わかった。助力感謝するぞアデル。カインとトーヤならば、むざむざと敵に敗れるようなことはないだろうが…………」
「ああ、多分ね。あと、敵将の詳しい情報を集めておこう。それには、お互いに諜報に力を入れないと。いつまでもノルトに頼りっきりというわけにはいかないだろう」
「ああ、そうだな。お互いの諜報機関の連携も密にしたいところだ。それにしてもだ、アデル…………王様なんかになるものじゃないな。やらなきゃいけないことが多すぎるうえに、問題が山積みだ」
「まったくだ。でも、本番はこれからだぞ。この戦が終わってからが本番だ。それを無事に乗り越えることが出来たのなら、ネヴィルもエフトも一気に飛躍する。これは間違いない」
「試算ではウチは国庫が空になる。それでも足りないかもしれない。そっちは?」
「ウチも似たようなものだよ。三国共に新たに山陽道の経済的な恩恵を受けると言っても、全部そっちに回さないとダメだわ。しばらくは借金貧乏生活だな」
「ははは、な~に、昔と同じだと思えばいいのさ。俺らがチビの頃は、互いに貧しかった。俺なんか喰うことすら難しかったからな。どんなに貧乏でもあの頃よりはマシだろうよ」
そう言ってスイルは笑う。
確かにあの頃は、片や田舎の貧乏貴族、もう一方は天変地異によって食料難に陥った山岳民。
その頃に比べれば、たったの数年でよくもまぁここまで出世したものだと、アデルも笑った。
そんな二人が笑いあっているところに、南より急ぎ遣わされた使者が転がり込んで来た。
二人の顔が一気に緊張する。
まさか、まさかという思いが、より緊張を強くする。
よほど急いできたのだろう、使者の息は荒く呼吸を整えるのに些かの時を要した。
ようやく息が整った使者の口に、二人の視線が集中する。
「お、お味方勝利! 赤狼公、白狼公共に見事敵を打ち破りて御座いますれば、援軍無用とのこと」
それを聞いて二人は互いの顔を見合わせて、はぁ? と気の抜けた声をあげた。
まさかの勝利報告。カインとトーヤ、二人がとった奇策とは?
次回、常識破りの二狼 お楽しみに!




