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ペシュネーの戦い 前編

感想、評価、ブックマークありがとうございます!

誤字脱字指摘も感謝です!

 

 時はネヴィル王国歴三年の九月十一日の朝。

 ペシュネーの丘に陣を構えるネヴィル王国軍の前に、ガドモア王国軍が姿を現す。

 アデル王率いるネヴィル王国軍の総数は二万一千。これに対し、ガドモア王国軍は一万六千である。

 数の上ではネヴィル王国軍が優勢だが、その編成には大きな偏りがあった。

 ネヴィル王国軍の二万一千の内、およそ半分程が弓兵であった。

 アデルは弓を引ける者には全て弓を持つように厳命した。

 そのため騎士たちも弓を持ち、弓兵と共に配されている。

 これに対し、ガドモア王国軍もまた編成に大きな偏りがある。

 一万六千の内の六千あまりが、重装騎兵であった。


 ガドモア王国が誇る重装騎兵を中核とする重厚な布陣を見たアデルは、緊張こそしているが、若い身ながらも数々の戦を経験してきたこともあり冷静さを保っていた。

 それどころか、


「あいつらの鎧兜を鋳つぶして、鍋でも作ろうかな」


 などと周囲の者たちに冗談を飛ばしたりと、余裕の表情であった。

 無論、これはアデルの演技である。だが、例え演技だと見破られようと、敵の大軍を目の前にしてそういった態度を取れるのならば、これはもう大物であると誰しもが思うだろう。

 アデルがふと足元に視線を落とすと、草が微かに揺れている。

 背中から吹く、肌で感じるか感じないか程度の微風。


「見よ! 追い風である! 我が軍は天をも味方につけたぞ! 此度の勝利、疑うことなし!」


 このアデルの言葉を、大袈裟であるとは誰も思わなかった。

 それどころか、やはり英雄は天に好かれるのだとさえ感じていた。

 丘からの矢の届かぬところに堂々と布陣するガドモア王国軍。

 対するネヴィル王国軍は、ペシュネーの丘にハの字に柵を設け、敵を待ち構える。

 つまり左右斜めに長大な柵を設け、中央には柵を設けずそこには長槍と鎧で身を固めた重装歩兵を配していた。

 そのすぐ後ろに、アデルは本陣を置いた。目立つように特大の王国旗と黒狼の旗を立たせて。


「やはり危険ではありませぬか? 今少し後ろにお下がりになられては?」


 今やアデルの右腕ともなりつつあるロードリンゲン侯爵の注進を、アデルは微かに首を振って拒絶した。


「駄目だ。下がるわけにはいかない。余は囮だ。余がこの場を動かぬ限り、敵はまっすぐ正面から攻めてくるだろう。まっすぐに攻めてくる敵を、左右からの猛射で殲滅するのが狙いな以上、死んでも動くわけにはいかない」


 戦において主導権を握るのは、普通ならば攻撃側であるが、今回ばかりは違った。

 防御側であるネヴィル王国が戦場を選び、敵を誘引。さらには相手の勝利条件をネヴィル王国側が設定することで、敵の動きを完全に操るのだ。


「逆茂木の数は良いとして、落とし穴は掘りすぎていないだろうな?」


「はっ、かろうじて敵の第一陣が防げる程度に」


「よろしい。おっ、敵が動いたぞ」


「歩兵…………いえ、あれは長弓兵ですな。矢合わせでしょう。しかし、丘に陣取っている我らが有利です」


「ふん、戦の作法通りに見せかけた探りだな」


 アデルはすぐに命令を発した。


「よし、予定通りに反撃せよ。矢も無限にあるわけではない。奴らを追い返す程度の反撃でよい。本命まで矢を惜しめ」




 ーーー




「思っていたよりも、矢が飛んできませぬな……これならば突破は容易かと」


 副将の言葉に、バイドルは頷いた。

 このバイドル・ネイディード伯爵こそが、ガドモア王国軍一万六千の大将である。

 歳は三十八で、癖のある黒髪を後ろに長く伸ばしているが、今は兜の中に収められている。

 バイドルはこれまで主に東部辺境に本国からの援軍として赴き、イースタル王国軍相手に得意の重装騎兵による突撃で勲功を挙げて来た猛将である。


「よし、では予定通りの手筈で行け」


「はっ、弓兵隊を急ぎ下がらせます」


 バイドルの命令で弓兵隊が後退する。

 さすがに高所の利を取られ、疎らとはいえ一方的に矢の雨に曝された弓兵隊には、少なからず損害が出ていた。

 バイドルは重装騎兵六千を千ごとに六の部隊に分けていた。

 このうちの一隊を弓兵と入れ違う形で突撃させた。

 勿論これで決着(ケリ)が付くとは思っていない。

 これもまた敵の戦力や反応を確かめるための探りである。


「お、落とし穴です! 第一陣、て、敵の落とし穴に嵌り、損害多数…………やむを得ず後退…………」


 兵の報告を受けてもバイドルの顔色は変わらない。

 面白くもなさそうに、フン、と鼻を鳴らしたのみである。


「この程度か。小僧の悪戯ごときで儂を止めることなぞ出来ぬわ! 第二陣、行け!」


 這う這うの体で戻って来た第一陣と入れ替わり、第二陣の重装騎兵隊が土埃を上げて進んでいく。

 そのはるか後ろを歩兵二千が追いかける形となった。


「逆茂木が邪魔で思うように進めぬ! ええい、歩兵隊はまだか?」


 第二陣の指揮官が、進軍を阻むように置かれた無数の逆茂木を前にして悪態をつく。

 その間にも矢は雨あられと頭上より降り注ぐ。


「弓兵隊の報告よりも矢が多い! ええい、一旦下がるぞ!」


 第二陣の重装騎兵が下がる中、追いついた歩兵隊が矢の雨の中、逆茂木を退かし、破壊する。

 しかし、彼らはそれなりの損害を出して後退。

 敵の逃げる様を見て柵内からは、どっと歓声が沸き上がる。

 この戦においてアデルは実に巧妙であったといえる。

 攻めてくる敵に対して射る矢の量を、巧みに調節してみせたのだ。

 これにより、敵はこの程度ならば次の攻撃で仕留められると錯覚。

 バイドルもまた、敵の反撃鈍しと見た。

 実はこの時点でネヴィル王国軍の弓兵一万の内、敵に攻撃を加えているのはたったの三分の一程度に過ぎなかった。


「敵の重装騎兵を引きずり出して殲滅する。次は四千の兵で射よ。おそらくは敵は重装歩兵にまで届くだろうが、何とか追い返せ」


 まだだ、焦るなとアデルは自分に言い聞かせる。

 敵が焦り、重装騎兵全軍で突撃してきた時こそ、全力で叩くのだと。


 損害を出しつつも逆茂木を排除したガドモア王国軍は、バイドルの命令で第三陣の重装騎兵隊を突撃させた。

 すでに落とし穴も逆茂木も、敵を遮る何物も無い。

 ただ、降り注ぐ矢の雨によりそれなりの損害は出ている。


「この程度の損害は想定内である。やはりこの程度よな。所詮は辺境の弱小貴族の一反乱に過ぎぬのだ。ただこれまでは、幾らか運が良かっただけのこと。だがそれも今日で終わりだ。我らが誇る重装騎兵の圧倒的な力の前に平伏すがよいわ」


 第三陣の重装騎兵隊の突撃を、ネヴィル王国の重装歩兵たちが槍衾で何とか食い止める。

 しかし、矢の雨に曝されながらも何度も突撃してくる彼らによって、重装歩兵の戦列にも幾つもの穴が生じてしまう。


「拙いな。これは想定外だ。重装騎兵の圧がこれほどまでに強いとは…………」


 切り札(ジョーカー)を切るべきか? アデルが迷っている内にも、重装歩兵が文字通りすり潰されていく。


「いや、まだだ! 黒狼騎を出せ! ゲンツ、黒狼騎半数を率いて味方を抜けてくる敵を討ち倒せ!」


「おう! 任された! 行くぞ、我に続けー!」


 親衛隊である黒狼騎を空いた戦列の穴埋めに行かせる。

 この時のゲンツの奮戦は目を見張るものがあった。

 ゲンツの怪力ぶりは群を抜いており、それを面白がったアデルによって特製の金砕棒を与えられていた。

 総鉄製で長さは180㎝もあり、並みの人間にはとても扱えない代物であったが、これをゲンツは実に軽々と振り回す。

 馬で駆けながら、バットのように振り回すたびに敵の重装騎兵の槍ごと鎧兜を打ち砕き、大地に叩き伏せて行く。

 ゲンツの駆けた後には、兜を打ち砕かれ眼球が飛び出た死体や、胸骨を砕かれて口から臓物が飛び出た死体など、見るも無残なその姿を見て、敵どころか味方まで震え上がったという。

 そんなゲンツたちの活躍もあり、どうにか敵を追い払うことに成功したが、敵は諦める様子を見せない。

 思っていたよりも厳しい戦いに、流石にアデルの表情にも陰りが生じる。


「これからが本番。本当の地獄だ」


 誰にとっての地獄なのだろうか。それを今知るのは、まさに神のみであった。

もうすぐ七月。今年は猛暑の予想。

マスクして猛暑とか、この夏を乗り越えられるのかどうか…………しんどいですね。

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