二狼遊説する
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いや、更新遅くなりまして申し訳ありませんでした。
同僚の家族がコロナに罹ってしまい、同僚本人は濃厚接触者ということで二週間お休みになり、ちょっと忙しい日々が続きまして更新出来ずにおりました。
本人が罹らなくても周囲にも多大なる影響を及ぼすコロナウィルス。
皆様も十分にお気を付け下さい。
じりじりと夏の日差しが肌を焼く。着ている衣装は、黒狼王に因んで頭から足先まで黒一色。
黒は光を吸収するため、暑い。流れ出る汗を何度も手で拭いながら、アデルは近臣たちを従え、馬を走らす。
目的地まであと僅か。馬足を緩めたアデルは、馬上で近臣たちと語らった。
「餓狼戦術? ははは、気付いたか。ガドモアも馬鹿ではないな。それでネヴィルの餓狼、というわけか」
シルヴァルド経由で届けられた報によると、先のトスカナタ平原での戦いにおいて連合軍がとった戦術を狼が群れで獲物を襲うさまに例えて、餓狼戦術と呼んでいるとのこと。
そしてそれに因んで、ネヴィルの国旗が三頭狼であることからガドモア王国では、ネヴィル王国の国王であるアデルを、ネヴィルの餓狼と呼んでいるそうな。
「その通りだよ。あれは狼の狩りの仕方を参考にしたものだ。それにしてもネヴィルの餓狼か…………」
黒狼王に続いて新たな渾名である。しかしこれは、ついにと言うべきかガドモア王国がネヴィル王国を単なる地方の弱小一貴族の反乱ではなく、正式に敵として認めたということでもある。
「ここからが正念場だ…………さてとあれがサルマ村だな」
村にしては大きいが、街というには小さい。それがサルマという村であった。
場所はネヴィル王国北部、ロードリンゲン侯爵の領地の外れにある。
このサルマという村は交通の要、さほど大きい道ではないが複数の道が交わっている軍事、経済における要衝でもある。
それなのに今一つ発展していないのは、ガドモア王国の過酷すぎる徴税によって、経済が麻痺していたためだろう。
サルマ村に着いたアデルは、早速村長に挨拶に行った。
サルマ村の村長は、目まぐるしく変化した情勢に頭が付いていかなかったが、ロードリンゲン侯爵の側近がアデルに仕えているのを見て、ようやくロードリンゲンがガドモア王国を見限り、ネヴィルという国に鞍替えしたことを受け入れた。
「このような辺鄙な村においで下さるとは、真に光栄の極みで御座います」
平服する村長をアデルは自らの手で起こし、
「私にそのような礼は不要である。すでに布告はされているが、来年度より税は四公六民。貧しくて払えぬ者は、逃げずに申し出るよう。状況によっては一部、あるいは全面的に免除といった処置も取るゆえな」
それを聞いた村長が、再び跪こうとするのでアデルは笑って少年とは思えぬ力で村長を引き起こした。
「して今日はだな…………この村やこの村に来ている民たちに、余の考えを伝えたいと思ってな。村の広場に村人を集めて欲しいのだ」
お安い御用に御座います、と村長は早速家族や下男などに村人全員に広場に集まるようにと、伝えさせた。
これからアデルが村の広場で行うのは遊説。これまでの道中にある街や村でも同様に行って来た。
国王自ら街や村を訪れて遊説するなど、前代未聞のことである。
これには、あまり民衆に近すぎると王権を軽んじられるのではないか? という意見や、暗殺など御身に危険が生じる恐れがあるなどの忠言もあったが、アデルは彼らの意見は尤もであると尊重しつつ、自身の我儘を許して欲しいと遊説を強行した。
「そういえば前世の記憶にあったなぁ。会いに行けるアイドルっていうのが……となると、俺は差し詰め会いに行ける国王ってことになるな。大体、人間というのは見たことのない人間に憧憬の念は抱いても、親愛の情を抱くことはないのだ。俺は憧れられるよりも、親しまれたいのだ」
アデルは、いやアデルたち三兄弟は、今の世をひっくり返すには古き慣習に従うだけでは駄目なことを痛感していた。
かといって、伝統などを軽んじるつもりもない。古き良きところは残しつつ、新たなるものを取り入れるを理想として掲げていた。
アデルは小一時間ほど村長宅で持て成しを受けてから広場へと赴き、集まった村人たちに現在の国やこの村の状況と、税率や賦役などを始めとする、ネヴィル王国の制度を時々冗談を交えながら説明した。
アデルの説明は至極簡単であり分かり易かった。
「税率は四割! それ以上は取らん! 困窮して払えない者は申し出よ。状況によっては一部、あるいは全面的に免除といった処置も取る。もう税金が払えずに家や土地、そして子供を売るといったことはしなくてよい。困っているのなら余を頼れ! 余が全部面倒を見てやる! それが国王たる余の務めである」
最初村人たちは、何やら子供が壇上に現れ叫んでいる程度に受け取っていたが、ロードリンゲンの側近が恭しい態度を取り、このお方こそガドモア王国を何度も打ち破っているかの黒狼王陛下であると言うと、一気に態度が変わった。
過酷な搾取を続けてきたガドモア王国に対する恨みは深い。
そんなガドモアを痛快に打ち破る黒狼王の噂は、今や辺境の村々にまで届くほどであったのだ。
「ほ、本当にあの黒狼王なのか?」
素朴な村人たちは貴人に対する口の利き方など知らない。
だがアデルは当然それを咎めない。むしろ、親し気に笑った。
「ああ、些か大げさすぎる通り名ではあるが、余が黒狼王アデルである」
騙りではないのか? と疑う者もいたが、ロードリンゲンの側近が付き従っているのを見ると納得せざるをおえない。
「では、では本物の黒狼王なのか! 俺たちをガドモアから救ってくれるのか?」
「ああ、そのつもりだ。だが、見ての通り俺はただの子供だ。自惚れてよいのならば、少しばかり悪知恵が働くだけのな。だからお願いがある。俺に皆の力を貸してくれ! 悪辣な略奪者であるガドモアを打ち破り、皆が安心して笑顔で暮らせる国を作るために!」
アデルはわざと途中から余ではなく、村人たちとの距離を詰めるために俺と言った。
純朴な村人たちは、こういった演出にすこぶる弱い。
アデルに対する親近感が一気に増す。
数時間後、日が暮れた村の広場はまるでお祭りのように熱気に包まれていた。
中心には勿論アデルがいた。村人たちはアデルを持て成そうと、蓄えていたなけなしの食料を持ち込み、振舞う。
ガドモアの王侯貴族ならば、顔を顰めるであろう貧相な料理を、アデルは満面の笑みで美味い、美味いと言い、感謝の言葉と共にたいらげる。
村長より酒が振舞われ、村人たちは歌い、踊る。
アデルもそれに加わると、村人たちがわっと湧いた。
翌日、アデルはサルマ村を去ろうとすると、村の若者たちがネヴィル王国軍に加わりたいと申し出てきた。
「我々が掴んだ情報によれば、秋口にガドモアがこの地を奪うべく侵略してくるとのことだ。その時に皆の力を貸してくれ。特に弓を射ることの出来る者が多ければ多いほどよい」
村長を始め、村人全員の見送りを受けてアデルはサルマ村を後にした。
後日、サルマ村に先日の馳走の礼であるとして、振舞われた何十倍もの謝礼が送り届けられると、村人たちは狂喜してアデルの徳を称えた。
一方、時を同じくしてネヴィル王国東部では防衛の準備は赤狼公カインに任せ、白狼公トーヤがアデルと同じように街や村を渡り歩き、遊説していた。
「立てよ国民! 先における我が国と西部連合の快進撃は、皆の記憶に新しいだろう。我が国及び連合軍の強さは証明された。そして敵であるガドモアの弱さもだ! あえて言おう、カスであると! 我々は勝利する。これまでも、そしてこれからも! そのためには、皆の助力が不可欠である! またガドモアが支配する暗黒時代へと戻りたいと思うものはいるか? いないだろう。ならば、今こそ立ち上がるのだ! 我らと共にガドモアを倒さんとする者は、直ちに剣を履き槍を掲げ、弓矢を背負いて我に続け!」
トーヤはアデルに比べより過激なパフォーマンスを含んだものであったが、これはこれで大いに受けたようで、国軍に志願する者が殺到した。
アデルとトーヤの遊説は夏の間、時間の許す限り続けられた。
国王と王弟が街や村で遊説するという前代未聞の行為。この出来事をこの世界の後世においては二狼の遊説と呼び、トップが率先して足を運ぶといった意味の故事となった。




