山陽道と山陰道
トスカナタ平原での戦いに勝利をおさめた三カ国連合軍は、その役目を終えて解散した。
より正確に言えばノルト王国軍は全軍撤収、ネヴィル王国及びエフト王国の一部は占領地域に残り続けている。
三カ国連合が解散し、侵略が止まったことに安堵するフィオレ西部辺境侯爵であったが、やはりベルトランの睨んだ通り、敗戦の責を負わされその地位を剥奪されてしまった。
後任は内地中央貴族数名による分割支配という体であったが、代官を赴任させるだけで本人は辺境に足を踏み入れることは無かった。
一方で、ようやくというべきかネヴィル王国が単なる地方貴族の反乱ではないという認識が、ガドモア王国に芽生え始めていた。
それと同時に、ガドモア王国を裏切ってネヴィル王国に降った元ガドモア王国北部辺境を取り返すべきであるという声も上がっていた。
これは単に領土を失っただけではなく、長きに渡ってカルディナ半島の覇者であったガドモア王国の誇りを傷つける出来事であるとして、懲罰的な意味合いも含めて早急に兵を出すべきであると貴族たちは、病床に伏す国王エドマインに詰め寄り、出兵の許可を得たのであった。
これにより夏の間に戦の準備が整えられ、秋半ばに出兵と決定された。
また、大きく領土を削られた形となった西部辺境侯についても、ネヴィルを討つべしとの声が上がっていた。
ならばということで、西部辺境にも同時に兵を出すことが決定された。
これを見るに、ガドモア王国はどうも自分の力を過信し過ぎるきらいが見受けられた。
この報をノルト王国経由で知ったアデルは、現在居候しているロードリンゲンの居城で、
「こちらにとっては好都合だ。一か所に集められた大兵力を叩くより、分散した兵を叩く方が楽である」
と、今後の方針を決めるために集められた元ガドモア王国北部辺境貴族たちの前で笑ったという。
そんなアデルは、新たに加わったロードリンゲン侯爵を始めとするネヴィル王国北部貴族たちを集め、統治をネヴィル王国風に改めるよう要請した。
「ウチは建国以来、税率においては四公六民を貫いている。これは絶対に遵守して頂きたい。これこそが、ガドモア王国を倒す鍵となるものなのだ」
このアデルの言に、貴族たちは難しい顔をした。
「今までの税率は八公二民。いきなり四割もの減収となると、短期的にはともかくとして長期的には破綻する者も出てきましょう。特にコールス山脈沿いなどは土地も貧しく、現在でも経営は厳しいものがあります」
これに対してアデルは一つのビジョンを見せた。
「うん、それは分かっている。だが、これを見て欲しい」
そう言ってアデルは指揮棒を取ると、部下に命じて地図を張り付けた大きな衝立を持って来させた。
そして地図上のコールス山脈に注視させた。
「現在我が国から、エフト王国を通ってノルト王国に至る道が、このコールス山脈の裏側に作られている。これによって三国では経済が活性化し、莫大な利益を得ている。これを、ここ…………コールス山脈の表側、つまりは此度の作戦で三か国連合軍が通った道に新たな大規模な街道を作り上げる。元よりある裏側の道を山陰道とし、表側の道を山陽道としてコールス山脈を一周ぐるりと囲む形の環状路を作り上げることで、さらなる経済の活性化を図る。これは既に、シルヴァルド王もスイル王も承知のことである」
ネヴィルの三兄弟は後世において、その考え方が従来の貴族的なものではなく、商人的な考えであったと評され、これは祖父が商人であったがためであるとされたが、実際には前世の記憶による影響を色濃く受けていたと言うべきだろう。
この計画を打ち明けられた貴族たちは皆、言葉を失いその場で凍りついたという。
このアデルの言葉が与えた衝撃というのは、アデル本人が考えているよりも巨大なものであった。
「そしてこの計画もまた、ガドモア王国を倒す鍵なのだ。だが、まずは目先の火の粉を振り払わなければならない」
目先の火の粉とは、ガドモア王国が計画している今秋の出兵のことである。
「すでにシルヴァルド王の助力を得て、ある噂を流している。と、言っても噂というよりは事実に近いものなのだが…………」
アデルがガドモア王国へ流した噂とは、ずばり現在の窮状であった。
それも主に軍事的なものである。
例えば、元北部辺境の貴族たちはガドモア本国に多額の税を納めていたがために貧しく、軍事の要である軍馬を碌に揃えることが出来ずにいるだとか、そのために歩兵が多いがやはり貧しさのために、ガドモア王国と比べてしまうと装備が古いだのといったようなことを、意図的に流して油断を誘っていたのである。
「で、とどめにだ。あー、ネヴィル王国の北部は騎兵が少なく歩兵が中心だから、ガドモア王国ご自慢の重装騎兵が来たらひとたまりもないなぁ、って貴族たちが嘆いているって噂を流しておいた」
冗談ではない! と、居並ぶ貴族たちの顔色が真っ青になった。
現在の北部に、ガドモアの重装騎兵に真っ向から立ち向かうだけの力は無い。
「ははは、案ずるな。これは相手を釣りだす策だ。もう一度地図を見て欲しい。ガドモア王国において重装騎兵がこれほどまでにもてはやされるようになったのは、ガドモア王国の地形が比較的なだらかだったためだ。これに比べて、北部はというとガドモア王国に比べれば地形の起伏が激しい。それもコールス山脈に近くなればなるほどだ。こういった地形で、重装騎兵の持ち味を完全に活かし切るのは非常に難しい。逆に新たに版図に加えた、ガドモア王国西部辺境改めネヴィル王国東部は平野部が多く、こちらに重装騎兵を差し向けられると我が国としては苦しいのだ」
「つまり、陛下は敵の重装騎兵をこの北部におびき寄せて討つと?」
「その通りだ。敵は必ず乗ってくる。なぜならば、嘘は言っていないのだからな。北部はガドモアに搾取され続けてきたがために、現時点では貧しいのだからな」
そして次にこの重装騎兵を葬る策を明かされると、この場に居る誰もが皆、アデルの軍事的才能を恐れた。
彼らの頭の中には今、明確にガドモア王国が誇る精強な重装騎兵の最後が描かれていた。
「差し当たっては、戦場予定地付近と敵の予想侵攻路上に住む住民たちを何時でも避難できるように、準備を進めると共に、作戦に必要な人員の育成と物資の確保をこれも極秘裏かつ迅速に進めて欲しい。最初に敵の二正面作戦の愚を笑いはしたが、これはこれで今のネヴィルには厳しい。特に東部の苦戦は必至だ。なので速やかに勝利し、東部へ援軍を差し向けねばならない。どれもこれも時間との勝負となる。だが、この苦しい戦いに勝利すれば、おそらくだが力を蓄える時間が作れるだろう」
計画が上手く行ったならば、ガドモア王国の虎の子である重装騎兵に手痛い損害を与えることとなる。
再建には時間がかかると思われる。その間に、アデルは次の手を打つというよりも、ネヴィル王国を襲う別種の戦いに専念しなければならない。
「そっちの方が、戦よりも何倍も大変なんだよなぁ…………まぁ、考えは一応あるんだけど…………」
若き君主の苦悩はいざ知らず、北部の貴族たちはアデルが本物であると知り、前途に活路を見出し始めていた。




