山腹の洞窟
当主であるダレンが、領内の顔役たちに城壁の必要性を説いている頃、第二次領内調査隊……ジェラルドとギルバート率いる従者六名と三兄弟の総勢十一名は、領内の南に聳える赤茶けた禿山の調査を開始していた。
今回は地元の猟師たちを道案内として呼んではいない。
何故なら草木も殆ど生えていない禿山であり、当然獲物も居ないので猟師たちはこの山には入らず、碌に道案内をすることが出来ないからであった。
ならば無駄な金を使う必要は無いと、一族と従者のみで探索することにしたのであった。
「ん~、なんでこの山だけ禿山なんだ?」
「土壌が悪いからじゃない?」
「だからその原因は何だろうって話なんだが……」
「一つ、土壌が酸性、あるいはアルカリ性に極端に傾いている。二つ、植物が育たない有害物質が含まれている」
「これは無駄足だったかな? そのどちらにしても明確に確かめる術は無いし、この赤茶けた石くれだらけのこの山が何かの役に立つとは思えないものな」
三兄弟はがっくりと項垂れる。
「おいおいお前たち、まだこの山を登り始めたばかりで中腹にも至っていないのだぞ。まだ結論を出すには早かろうて」
「そうそう、山の上には見た事の無いお宝が眠っているかもしれないじゃないか。疲れたら早めに言うんだぞ、俺たちがおぶってやるからな」
祖父であるジェラルドと叔父であるギルバートが、落ち込む三兄弟を励ます。
大人たちは先の石灰岩のこともあり、この山にも何かあるのではないかと期待しているのだろう。
だがそうは上手くいかないだろうなと、三兄弟は半ば諦め気味であった。
「先代様! 中腹までとは行きませぬが、中ごろに幾つかの洞窟らしき穴がありまする」
先行していた従者二人が、洞窟を見つけて戻って来たのであった。
「中は? 深いか?」
ジェラルドが聞くと、二人は松明を用意していないので、入口から光が届く数メートルだけ進んでみたがまだまだ奥がありそうだと言う。
洞窟と聞いて三兄弟のテンションは鰻登りである。
「洞窟探検は男の浪漫だよな!」
「しかも、俺たちが初めて入るんだぜ」
「ワクワクがとまらねぇ!」
一行の指揮を執っているジェラルドは、はしゃぐ三兄弟は一先ず置いておいて、その洞窟の前まで行ってみることにした。
「…………ここか……なるほど、かなり深そうじゃの……最奥までとは行かずとも、数十メートルほど潜って中を確かめてみるか?」
おそらく何も無いだろうがと、ジェラルドは全く期待していない目つきで洞窟の暗闇を覗き込む。
「出入り口に動物の足跡も無いようですから、中で熊などと鉢合わせる可能性は低いでしょう」
ギルバートの答えにジェラルドは、よし、と応えて自ら中へ入る事を皆に告げる。
「父上、いくら獣が居ないとはいえ危険です。ここは自分にお任せ下さい!」
「何を言うか、お前はまだ若い。それにもうすぐ父親となる身じゃろうが……まぁ、ここは儂に任せておけ……そう心配そうな顔をするでない、そう奥までは行かぬわ」
従者たちに松明の用意をさせ、火の付いた松明を受け取るとジェラルドは洞窟の中へと入ろうとする。
その後ろを、さも当たり前といった風に三兄弟が続こうとするのを、ギルバートは首根っこを掴んで止めた。
だが、ギルバートの腕は二本。三人を抑えるには一本足りない。
長男であるアデルと次男であるカインが捕まったのを余所に、三男のトーヤは祖父と従者の間に割り込むようにして逃れ、そのまま洞窟の中へと消えて行った。
洞窟の中は暗いが、適度に乾燥しているようであった。
妙な事に蝙蝠はおろか、洞窟につきものである暗闇を好む昆虫類の姿も見受けられない。
ジャリジャリと砂を噛むような音だけが、洞窟内に響き渡る。
「あ、ちょっとここを松明で照らして」
トーヤが松明を持つ従者の一人に壁面、次いで床を松明で照らして貰う。
「あ、お主、いつの間に! 仕方のない奴じゃ……はぐれぬように儂の手を取れ。良いか? 決して離すでないぞ!」
ジェラルドに見つかったトーヤは、慌てて従者の影に隠れようとするが、その前に腕を掴まれてしまった。
仕方なしにトーヤは、言われた通りジェラルドと手を繋ぐ。
祖父であるジェラルドの皺枯れた手の平は、剣や槍のために硬いタコに覆われていた。
その硬い手のひらの感触、祖父だけでなく父も叔父も、多くの領民たちも同じような働き者の手の感触が、トーヤは、いやトーヤだけでなく三兄弟は好きであった。
ぎゅっと、小さな手が自分の手を握り返してくるのを感じて、暗闇の中で思わず優しげに眼を細める。
「トーヤよ、お主は怖くは無いのか?」
それにしても暗闇の中でも、子供らしくない豪胆さというか何というべきか……トーヤの手からはいささかの怯えも感じられない。
「え? 全然怖くないですよ。お爺様も、みんなも居ますし……というよりも、何だかワクワクしてきませんか? 今まで誰も入った事の無い洞窟に、初めて足を踏み入れたのですよ。これは凄い事ですよ!」
やれやれと、ジェラルドは呆れたように首を振った。
子供らしくないのは今に始まったことでもなし、だが従者たちは違った。
豪胆である。行く行くは一廉の将になるだろう。と、口々にトーヤの勇気を褒め称えている。
そうこうしながら、さらに二十メートルは進んだだろうか? トーヤは松明の明かりに照らされる壁を見て、何かしらの引っ掛かりを覚え始めていた。
「お爺様、ちょっとお願いがあるのですが……」
「何じゃ? 小便か?」
「違いますよ、その……この洞窟の壁なんですけど、ちょっと削って持って帰りたいんですが……明るい外で、良く調べてみたいのです」
ジェラルドは従者に命じて、トーヤの言う通り壁を一部崩して、その欠片を持ち帰ることにした。
「しかし変ですよね……中は妙に乾いているし、何より生物の気配が全くといっていいほどしないのが……」
「確かにのぅ……さて、これ以上は止めておくとするか……何も成果らしきものは無いが、一旦戻るとしよう」
これにはトーヤも賛成だった。しっかりと奥まで調べるには、それ相応の用意というものが必要である。
ここで無理をしたところで、大した成果は上がらないだろうと……
一行は前後を逆に、最後尾を前にして来た道を戻ることにした。
途中、トーヤが指摘する何カ所かの壁を削ってサンプルを回収しながらではあるが、崩落などの予兆も何もなく、一行は無事に入口へと戻ることが出来たのであった。
「ずるいぞ、一人だけ!」
「俺たちはいつも三人一緒のはずだろ、この裏切り者!」
戻ったトーヤを待っていたのは、未だ首根っこを叔父に捕まれたままの二人の兄たちの罵声であった。
「ごめんごめん、でも中は何にも無かったよ。蝙蝠も虫も居ないし、薄いピンクの壁が続いているだけでさぁ……ああ、そうだ! 壁の一部を削って持って来たんだ。見る?」
見る! と、アデルとカインは叔父の手を振りほどいて、持ち帰って来た壁のサンプルの入った袋に取り付く。
ピンク色の欠片を一つ摘まみあげ、陽の光に透かして見る。
「鉱石? ローズクォーツにしては透明度の欠片も無いし……」
「硬いな……う~ん、匂いは……ん……殆どしないけど……」
三人があーだこーだ言いながらいじくりまわしていると、欠片が手のひらの汗を吸ったように思えた。
「ん? あ、おい!」
それを見たカインが、二人が止める間もなく欠片を口の中へと放り込む。
そして舌の上で欠片を転がしてみたその時である。
突然カインが苦悶の表情を浮かべて、ぺっぺと地面に唾を吐き始めたのである。
「おい、大丈夫か? まさか、毒か!」
慌てる二人に、カインは違うと首を振る。
「み、水……ごれ、じおだ……」
「「じお?」」
二人は一瞬首を傾げた後、ハッと思いついたかのようにカインと同じく欠片を口に含んだ。
そして直ぐに、同じようにぺっぺと地面に唾を吐く。
「「じおだごれ! (塩だこれ!)」」
三人は従者に水筒をねだり、受け取ると口の中を濯いだ。
ひぃひぃ言っている三人を見て、洞窟の入り口で話し合っていたジェラルドとギルバートも慌てて駆けつけて来る。
「どうした? 何ぞ、具合でも悪いのか?」
慌てる大人たちに、三人は違うと言ってピンク色の欠片を手渡す。
「お爺様、叔父上、塩です! そのピンク色の欠片には、多量の塩が含まれています。これ、岩塩ですよ!」
ギルバートが手渡された欠片にそっと舌を這わせる。
それを数度繰り返したのち、ぺっ、と行儀悪く唾を吐き出した。
「し、塩だ……は、ははは、こいつらの言った通り、本当にウチの領内に塩がありやがったぜ……」
それを聞いたジェラルドと従者たちも、同じように欠片を舐めた。
しょっぱさに耐えかねて、地面に唾を吐き水で口を濯いだ後、その場に居る全員が喜悦の声を上げたのであった。
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