ベルトラン・ゲルグラン
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更新遅くなり申し訳ございません。
カインとトーヤは焦っていた。
敵の反撃が遅すぎると。
「敵にも頭の切れる奴がいるのかも知れない。西侯は戦下手で有名だが、有能な補佐を受けているとなると油断は出来ない」
「こりゃ参ったな…………今、俺たちが一番やって欲しくないのが長期戦だ。会戦に応じず、要害に籠られて耐えられてしまうと、せっかく手に入れた土地の大部分を手放すことになるだろう」
困ったことになったと頭を抱える二人。
ノルト、エフト、ネヴィルの三か国の兵を以って北からガドモア王国西部辺境へと侵攻した彼らは、三つに軍を分けて敵の不意を突き驚異的な進軍速度をしてその領を犯し、制した。
そしてここ、トスカナタ平原において合流。この地にて西侯フィオレ・トスカラムと決戦して勝利し、名実ともに占領地の支配権を確立するのが狙いであった。
「会戦に応じない場合はどうする? シクラム城まで後退するか?」
「この三か国連合軍をいつまでも維持は出来ない。特にノルトの兵は借り物だ。目的を果たしたのならば速やかに帰さないとならない。となると、シクラムまで退いた場合、ネヴィルとエフトの二か国だけで守らねばならない。これは厳しいぞ…………」
そんな時、頭を悩ませている二人に朗報が入る。
敵が軍を集結しているとの報が送り出していた長距離偵察の者によって確認され、届けられたのだ。
二人は小躍りしながらその報に喜ぶも、その内容を聞くと先ほど以上に頭を悩ませることとなる。
「集結が遅れているのはわかるが、この推定数は何なんだ? 西侯の元に集まっているのだから本隊なのだろうが、未だ八千に満たないとはいったいどういうことなんだ?」
「大規模な別動隊を編成しているのか? 本隊を少なくして我々を油断させて攻めさせ、そのうえで別動隊と挟み撃ちにするつもりだろうか?」
現在トスカナタ平原に展開する三か国連合軍の総数は二万。当初の二万五千より減っているのは、占領地の要衝を抑えるために兵を割いたためである。
これに対し、西侯ことフィオレ西部辺境侯の軍は現時点で八千あまり。
はっきり言ってこの数でまともに正面からぶつかれば、勝敗は目に見えている。
「正面からはぶつかってこないだろうな。偵察を増やしてさらなる情報を求めよう」
「ガドモア本国からの援軍を待っているのか? とにかく会戦に応じず粘られたらこちらとしては退くしかない」
二人は麾下の赤狼騎や白狼騎までも用いて、偵察と索敵を強化し敵の動向の監視を強化するとともに奇襲に備えた。
ーーー
焦っていたのはカインとトーヤだけではなかった。
むしろフィオレ西部辺境侯爵は二人以上に焦っていた。
奇襲による侵攻を受けてから約一か月、すでに西部辺境の半分近くを失っており、敵は自領の目前にまで姿を現しているのだ。
反撃のために麾下の諸侯らに檄を飛ばすも、その反応はあまりにも鈍かった。
諸侯らもこの度の三か国連合軍の突然の侵攻に驚愕し、いつ自領が奇襲を受けるのではないかと気が気ではなかったのだ。
そのため、反撃のために兵を集める西侯の元へも、最低限の数しか送らない者も多く、中には一兵たりとも送らず、参陣しない者もいたのである。
それぐらいにまで、今回の奇襲侵攻は西部辺境諸侯の度肝を抜いたのであった。
またフィオレの戦下手との評判もまた、兵の集まりを悪くしている一因であることは間違いない。
将兵の集まりが悪いことに焦り、苛立つフィオレ。
彼は宮廷内工作などは得意だが、こと戦においては不得手を通り越していた。
そのため彼は、その弱点を補うために勇猛な騎士をスカウトして麾下におさめていたが、彼らとはどうにも馬が合わない。
そんなフィオレがスカウトした中に一人、ベルトラン・ゲルグランという男がいた。
このベルトラン、腕っぷしが強く戦では度々勇名を馳せてはいたが、それ以上にあることで有名であった。
それは彼の容姿である。
張り出した額に大きな両の眼、低く潰れた鼻に厚ぼったい唇。
顔の輪郭は硬い岩石を思わせるほど大きく角ばっており、それだけでもお世辞にも美男子とは言えない。
その怪異なる容貌のせいで両親に嫌われ、成人するとともに勘当され、ゲルグラン家は弟が家督を継いでいた。
誰からも忌み嫌われるベルトランの居場所は、最早戦場しかなかった。
容姿は兎も角も、体格には恵まれていたベルトランは、戦場でメキメキと頭角を現し、結果としてフィオレ西部辺境侯爵家に仕えることとなった。
だが、ここでもまたベルトランはその容姿によって、冷遇されることになる。
最初こそフィオレはベルトランの武勇を褒めそやしたが、武人肌の彼とは馬が合わず、次第に遠ざけるようになり、仕舞には側近たちにあの醜い顔を見るのも嫌だと言うようになっていった。
そんなベルトランが、作戦会議上で意見を述べた。
ベルトランが提案したのは、焦土作戦と持久策であった。
兵の集まりが悪い以上、どこかに籠りガドモア本国の援軍を待つというのは、まさに理にかなっている。
だが、フィオレはこれを即座に却下した。
まず焦土作戦だが、これを行うと自領が荒れる。さらにはここで敵に弱みを見せて要害に籠れば、今現在占領されている土地の実効支配権を明け渡したと見られてしまう。
さらには辺境侯爵としてのプライドの問題もある。
西部辺境の土地が侵されているのに動かなければ、今まで築き上げてきた辺境侯爵としての名声が地に落ちてしまう。
そうなれば、得意の宮廷工作にも多大なる影響を及ぼすことは明白であった。
「敵の挑戦を受け、トスカナタ平原で決戦に臨む! 足りない兵は傭兵にて補うものとする。いくら金が掛かっても構わぬ。兎に角数を集めい!」
フィオレは方針を定めた。フィオレの辺境侯爵としての地位をもっての言葉である。
これに異を唱える者はいないかと思われたその時、
「お待ちくだされ! 傭兵をいくら集めても無駄に御座います。傭兵とは利にも敏いが、勝敗にも鼻が利くもの。少しでもこちらが劣勢となれば、算を乱すように逃げ散りましょう。これに金を使うのは無駄に御座いまする」
とベルトランが異を唱えた。
だが、フィオレはこれを冷笑と共に黙殺した。
さらには、
「家を背負わぬ者にはわからぬことよ」
と、嘲笑するに至った。
ベルトラン・ゲルグランは今年二十八歳になるが、その容姿のためか未だ妻帯していない。
家を構えず、領地を持たぬベルトランを貴族の誇りを持たぬ軽輩として蔑んだのだ。
ベルトランは額を真っ赤に染め、屈辱に震えた。
そして以降口を閉ざし、二度と会議の場で口を開くことは無かった。
それよりさらに十日ほどかけ、どうにか数だけは一万四千にまで達した西部辺境諸侯軍は、決戦の地であるトスカナタ平原へと進軍を開始した。
この動きを察知したカインとトーヤは、胸をなでおろした。
「敵は一万五千あまり。別動隊がいるかな?」
「偵察によると、傭兵の占める割合が多い。ここは速攻を仕掛けて一時的に劣勢に追い込めば、崩れる可能性は高い」
「こちらの士気は勝利に次ぐ勝利で高まっている。先日届いた北侯の降伏の件も含めてだ。正面から粉砕することで、三か国連合軍の強さを見せつけ、その武威を後々に生かすべきだ」
二人は早速スイル王とバーゲンザイル、ユンゲルトなど諸将を集め、作戦会議を行った。
緊急事態宣言によって、プランの練り直しが発生して休みが無く、更新できずにおりました。
でも急な変更等で、ゴールデンウイーク中も仕事が発生しており、二日間休めるかどうか…………でも、その二日間で出来るだけ更新したいとは思っております。




