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閲兵の儀

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誤字脱字指摘も感謝です!


 「さて、慌しくて誠に申し訳ないが、早速卿らにやってもらいたいことがある」


 アデルのこの言葉から、降伏交渉の場から今後の戦略会議の場へと変わった。


「ガドモア王国は、卿らの造反を許しはしないだろう。かつて我が国に対して軍を差し向けたように、北部辺境…………いや、()()()()()()()()に対して、兵を差し向けるものと思われる。国王であるエドマインが病に伏しているという情報もあるが、おそらくは大国の威信にかけて攻めてくるに違いない。それも早ければ秋口にでもだ。そこで卿らにお願いしたいことがある。少しでも有利に戦うために、出来る限り詳細な地図を提供して頂きたいのだが…………」


 それならば、とロードリンゲンがすぐにでもご用意致しますと席を立った。

 しばらくして戻って来たロードリンゲンは両腕に抱えきれんばかりの地図を持ってきた。

 いきなり使い走りのような真似をさせて申し訳ないと頭を下げるアデル。

 これには謝られたロードリンゲンは勿論のこと、天幕にいる降伏したばかりの元ガドモア王国北部辺境領を治める貴族たちも驚き、キョトンとしてしまう。

 やや間をおいて広げられた地図を見たアデルは、落胆の色を顔に表さないように努めるほかなかった。

 この地図自体は、この時代においては詳細な部類ではあったが、アデルが脳内に描いていたそれとは程遠いものであったからである。

 

「中々に良い出来の地図だが…………高低差が分かりにくいな。こういった地図は無いのか?」


 アデルはそう言うと、表に控える黒狼騎の一人を呼び寄せてネヴィル王国の地図を持ってこさせた。

 その地図を見た皆はその顔に驚きの表情を浮かべた。

 驚いていないのは、アデルと事前に見たことのあるシルヴァルドの二人だけであった。

 その地図には精度こそ荒いが、等高線によってより従来の地図より地形が立体的に把握しやすくなっていたのだ。

 この地図は時間と金と労力が惜しげもなくつぎ込まれた、云わばネヴィル王国の宝ともいうべきものである。

 シルヴァルドもこの地図を最初に見たときには驚いたが、直ぐにその有用性を見抜き、一大事業としてこの形式で国内の地図の作成に取り掛かっている。

 

「まぁ、今後は国内の地図をより正確に記していきたいと思っているので、協力を頼む。とりあえず今は、卿らの記憶に頼るとしよう」


 そう言うとアデルは北部の地図に再び目を通す。

 う~ん、ここは駄目とか、ここは惜しいなどと独り言を言いなが地図と睨めっこをしては時々、山の高さや川幅やその深さなどを問うた。 


「ここかな? うん、ここだな…………この緩やかに弧を描く丘陵といい、その下に広がる平地といい、絶好と言っても過言ではない場所だ」


 この後、アデルが語った作戦にロードリンゲンを始め、居並ぶ者たちは驚愕する。

 ただ、やはりというかシルヴァルドだけが、面白そうに笑みを浮かべながら作戦の概要を話すアデルの横顔を見ていた。


「では今から()()()をせねばならぬな。それについては余に任せてもらおう」

 

 アデルの立てた作戦にシルヴァルドとしては異はない。

 それどころか、この時点ですでにアデルの勝利すら確信していた。

 一方のロードリンゲンはというと、目の前にいる新たな若い主君に対して恐怖を感じずにはいられなかった。

 作戦会議に参加したネヴィル北部の貴族たち、それとノルトの諸将らも同様である。

 そして全身に鳥肌を立てつつも、アデルが立てた作戦に勝利の光を見出していた。

 

 長い作戦会議が終わり一夜明けると、ノルト王国軍は撤退の準備に取り掛かり始めた。


「支援については任せてもらおう。では、リルストレイムで待っているぞ。ヒルダと一緒にな」


「わかりました。敵次第ではあるが、なるべく早く…………晩秋にはリルストレイムにお伺いしましょう。では」


「うむ、武運を祈っている」


 アデルとシルヴァルドは別れを惜しみつつも、早速に行動を開始した。

 激動の時代である。時は一刻たりとも待ってはくれない。

 二人はそのことを若いながらも身に染みて理解していた。


「さて、と! では、まずは新たに我が国に編入された精鋭たちの顔を拝みに行くとしようか!」


 アデルは僅か百騎あまりの黒狼騎を従えて、ガドモア王国北部辺境軍改めネヴィル王国北部諸侯軍の陣へと向かうのであった。

 これに対して自軍の数が少なすぎるためロードリンゲン侯の気が変わり、危険なことになりはしないかという危惧の声もあったが、


「今は大丈夫だ。いや、今こそが最もこの身に関しては安全であるとも言える。なぜならば、彼らが今更俺を殺すなり人質に取るなりして独立しても、ガドモアの侵攻を独力で防ぐのは厳しい。今回の作戦もノルトの手厚い支援があってこそであれば、決して俺に手は出さないよ」


 と言って、ごく自然な体で北部諸侯軍に合流した。



ーーー



「閲兵の儀を行う!」


 これが北部諸侯軍を麾下に納めたアデルが最初に行ったことであった。

 ロードリンゲンらは新たなる若き主君の命に素直に従った。

 アデルは黒狼騎二名、団長のブルーノと副団長のゲンツのみを率い、さらには平服に近い軽装で、整列する北部諸侯軍を練り歩いた。

 整列する兵たちの顔には、目まぐるしく変化した境遇に戸惑いの色が表れていたが、アデルはそれでも兵たちを鼓舞した。


「流石だな。良い面構えだ! ノルトと長きに渡って戦い抜いてきたことだけのことはある。このような精鋭を手に入れたからには、最早ガドモアなど恐れるに足らず」


 褒め称えられた将兵らはというと、このアデルの行動にこれまでにない衝撃を受けていた。

 ただ褒められただけであったのならば、それほどまでのことは無かっただろう。

 アデル自身の若さもさることながら、つい先日まで敵であった大軍を供回り二名のみで閲兵しているのである。

 それに将だけでなく、ただの兵にまで気さくに声を掛け、冗談を飛ばし笑いかける。

 まさに若さに似合わぬ豪胆さというべきであろう。

 そして何よりもその大胆な行動そのものこそが、この若き王の自分たちへの信頼の証である感じたのだ。


 「赤心を推して人の腹中に置く」


 アデルはただ光武帝に倣ったに過ぎない。

 だがこれこそが、北部諸侯軍の圧倒的な支持を得る切っ掛けとなったのだった。

 この光景を見たロードリンゲンは、それまで僅かに腹中に抱いていた野心を全て捨てた。

 アデルがまだ年若いのを見て、付け入る隙があれば付け入り、最終的にはネヴィル王国自体を手に入れるという考えもあった。だが、これよりのちに北部諸侯軍の忠誠が間違いなく自分にではなく、アデルに向けられることを悟ったのである。


「後はカインとトーヤが上手くやってくれれば、万事めでたしめでたしとなるのだが…………」


 アデル自身は口にしているほど心配してはいなかった。

 あの二人ならば必ずや成功させると心から信じていたのだ。

 しかしこの時、カインとトーヤは思わぬ苦境に立たされていたのだった。

光武帝大好きなんです。

晩年にほんのちょっとだけやらかしますが、それでも名君の中の名君!

雲台二十八将とか最高だよね!


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