流言飛語と自己弁護
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ジストラ丘陵では、未だに一時的な講和のための交渉が両陣営によって続けられている。
粘り強く交渉を続けるガドモア王国の北部辺境を預かるロードリンゲン侯爵の狙いは、ずばり言うと時間切れ。
このまま対陣を続けると夏になり、やがては秋になる。
夏になれば暑さにやられ、秋になれば農作物の収穫期で徴用している農民兵たちが浮ついてしまう。
それに何よりもまず、兵糧がもたない。
事前に準備していたとはいえ、両軍とも万を超える兵数である。
その兵数を維持するだけでも大変なのだ。
当然のことながら、兵数の多い連合軍の方が日が経つにつれて厳しくなってくるのは明白である。
ならばいっその事連合軍側から総攻撃をしかければよいのではないかと思うだろうが、勝てば勝ったで恩賞を与えねばならない。
仮に勝って北部辺境の国境沿いの地を抑えたとしても、価値の低いそれらの土地を与えられて喜ぶ者は皆無だろう。
なぜなら防衛と維持のために土地の価値に見合わぬ莫大な費用が掛かるからだ。
つまり、連合側としても今回の戦いはこれ以上無暗に戦いたいわけではなく、出来るならば北部辺境諸侯が払う賠償金を納めて早期講和したいというのが本音であるとロードリンゲンは睨んでいた。
「まぁ普通はそう思うだろうな。でも戦争では常に視野を広く持たないと負けるんだよ」
ロードリンゲンは完全にこの一局面にのみ集中していると感じたアデルは、陣幕の内でシルヴァルドと将棋を指しながら呟いた。
「むぅ、そう来たか…………そういえば面白い話が二つほどあるのだが…………」
アデルの厳しい攻めに喘ぐシルヴァルド。
注意を反らして集中力を切らせる作戦とみたアデルは、その手には乗らないと笑みを浮かべる。
「出入りの商人からの情報だが、一時的に快方したエドマイン、奴がまた昏倒したそうだ。話によると何でも、最初に倒れて以来エドマインは怪しげな薬師や祈祷師などを招き、不老不死の秘薬などという胡散臭い品を服用していたとか」
戦の最中であっても商人たちは商機を求めて盛んに陣地を訪れる。
そしてシルヴァルドの情報源、つまり諜報網はそれら商人らによって形成されているのだ。
「馬鹿だね~、そもそも不老不死だの不老長寿だのそんなものは、この世にはありはしないってのに」
「やはりないのかな?」
「あるわけがない。生きとし生けるものは皆、老いて朽ちる。自然の摂理に逆らうなど、神様じゃなきゃ到底無理な話さ。まぁ、王太子も甘やかされて育った愚か者らしいし、そろそろ本当にガドモアは崩れるな。で、もう一つは?」
アデルの興味を引くことには成功したが、シルヴァルドもまた、盤面よりも会話の方に集中してしまった。
二人の興味は既に盤面にあらず。あえていうのならば、カルディナ半島という巨大な盤面の方に意識を向けたというべきか。
「それがな…………アデルたちが打ち破ったパイド伯爵がどうやら生きていたらしい。落ち延びて本国に戻るなり、ロードリンゲンが非協力的であったせいで負けた、と敗戦の責を押し付けようとしているらしい」
「へぇ、それはそれは…………こちらにとっては追い風だ。そろそろ毒も回って来た頃だろう。流言飛語という毒がね…………」
こういった工作も、シルヴァルドの息が掛かっている商人たちが請け負っていた。
どうやら今のところ噂の出どころは知られておらず、順調のようだと二人は頷く。
果たしてこれから追い詰められたロードリンゲンはどう出てくるのだろうか?
二人は完全に興味を失った将棋盤を片付け、あらゆる角度からそれぞれにおける対処法を再確認し始めた。
ーーー
連合軍と対陣するロードリンゲンの顔色は死人のように土気色であった。
彼は自分の陣幕内に麾下の諸侯を集め、自分たちが現在置かれている状況を説明した。
「我々は皆、ノルトとの内通を疑われている…………本国より儂を更迭するとの達しが届いた。誰だかは知らぬが、交代の司令官が間もなくやって来るらしい」
それを聞いた諸侯はどよめいた。
「馬鹿な! 何をもって敵と内通しているなどと! 証拠は? どこにそのような証拠があるのか!」
「全面決戦を挑まぬことが不満だとしても、それはパイドとアズーリアンの両名が先走って無駄に兵を減らしたから挑めぬのであって、我々の責任ではありませぬぞ!」
「愚王とその取り巻きは自分たちの見たいものしか見ぬ。僅かでも落ち度があれば厳しく追及される。いつものことじゃよ…………しかし、内通…………反逆行為となると、今までのように金で済ますというわけにはいかぬであろうな…………」
「封地を削られるというのか? 今でも度重なる戦で、領内は困窮の極み。それもこれも我々が本国の将兵の分まで戦費と兵糧を出さねばならぬからだ。これ以上封地を削られると、それすら出来ぬようになるぞ」
「反逆ともなれば、封地を削られるだけで済むわけが無かろう。終わりじゃ…………何もかも…………」
悲嘆に暮れる諸侯の声を聴いたロードリンゲンは、逆に落ち着きを取り戻しつつあった。
なぜならば、誰一人として舵取りに失敗したロードリンゲンを責めなかったからである。
「やられた…………完全に…………目の前のことに集中し過ぎた。すまぬ」
ロードリンゲンが皆に向かって深々と頭を下げると、陣幕内は静寂に包まれた。
「およしくだされ、なにも閣下のせいでは御座いますまい」
諸侯らは驚き、頭を下げ続けるロードリンゲンに頭を上げるよう懇願する。
「現在、西部辺境領が連合軍によって侵略されている。皆、驚くなかれ……敵は我らの北部辺境を縦断して西部辺境領へとなだれ込んだのだ」
「なんと!」
「いや、それはおかしい…………北部辺境の要衝には常に最低限の防備は固めている。儂のところには敵が侵攻して来たという報はありませぬぞ?」
ロードリンゲンは、テーブルの上に地図を広げさせると、指揮棒である一点を指した。
「敵が通過したのはここだ。コールス山脈の山沿い。この地は地形に恵まれず、そのため開発も今一つ進んでおらず、よって戦略的な価値は低いと判断した土地である。たとえ占領されたとしても、防衛と維持が難しい。なぜなら厳しい土地柄ゆえ住民が少なく、税収面においても期待できないからだ。もっぱらこういった土地の者たちには金銭ではなく賦役でもって税としている。この地からも多くの者が、ここジストラへと兵として参集している。つまり、この地は今、空同然なのだ。そこを突かれた」
「ということは、この地を守る者たちは皆…………」
「いや、それがな…………どうやら敵は素通りしたらしい。彼らを責めることは出来ぬ。抵抗するにも敵の数は数万。とてもではないが、どうやっても抗えぬ。だが、その素通りさせたことが、どうあってか本国の者たちの耳に入ったらしいのだ」
「それで敵と内通していたのではないかと? 馬鹿馬鹿しい。閣下が今仰られたように、とてもではないが防ぐことなど出来ぬわ」
「いやいや、たとえこの地方の兵をここに連れて来ずとも、そのような大軍、防げたかどうか…………」
「兎にも角にも我々は一杯喰わされた。陽動に引っかかってしまったのだ。北部辺境を縦断して西部辺境領へとなだれ込んだ敵は、既に西部辺境領の半分近くを制圧したとのことだ。来るはずのない場所からの不意打ち、誰であろうと防げまい。しかし、気になることが一つだけある…………一体だれがこの絵を描いたのか?」
諸侯に状況を説明するうちに、完全に冷静さを取り戻したロードリンゲン。
この時すでに、その腹は決まっていた。




