ネヴィル街道の戦い
感想、評価、ブックマークありがとうございます!
誤字脱字報告も感謝です!
ネヴィル王国より続く崖道を塞ぐようにして建てられたステンヴィル城塞だが、この城塞には明らかな弱点があった。
そもそもがネヴィル王国からの侵攻を防ぐために建てられた城塞。
当然ながらネヴィル王国側の防備は厚い。
しかし、急ごしらえ的に建てられたこの城塞の背面、すなわちガドモア王国側の防備はというと、これは実にお粗末なものであったと言える。
この城塞が建てられたそもそもの目的は、ネヴィル王国からの侵攻を防ぐためである。
敵はこの眼前に続く細い崖道を渡って来る。
なので正面の防備さえ厚くしておけばよいのだ。
現にネヴィル王国側も同じような考え方で山海関を築いている。
決して考え方としては間違ってはいないのだが、これはネヴィルの三兄弟が打ち立てた常識外れな策によってこの常識的な作りこそが仇となった。
どこの誰が聳え立つコールス山脈を迂回して間にある二か国を通り、さらにはガドモア王国の北部辺境領と西部辺境領を縦断して襲い掛かって来ると考えるだろうか?
そして今、暗夜に紛れて近づく白狼公トーヤ率いる連合軍。
押し茂った草むらに身を隠しながら近づくトーヤは、闇の中に微かに見えるステンヴィル城塞を見て身震いした。
初夏にあたる五月に入ったとはいえ、夜風はまだ少しだけ冷たさを感じさせる。
だが、この身震いは夜風によるものだけではないことは明白であった。
この城塞を落とすことが出来なければ最悪、連合軍二万五千は敵中に孤立してしまうのだ。
「殿下、敵は碌に見張りも置いておりませぬ。この戦、最早勝ったも同然で御座います」
猛将ウズガルドの言葉にトーヤは頷きつつも、
「油断はするな。よし、次に月が雲に隠れたら攻撃を開始せよ」
と、釘を刺した。
「御意!」
ウズガルドは生い茂った草から頭が飛び出ぬように、巨体を窮屈そうに屈めながら城塞の方へと去っていった。
制圧戦は小一時間にも満たない時間で終わった。
敵はウズガルドの言う通り、ガドモア王国側……即ち背面には碌に歩哨も立てておらず、暗夜に紛れて近づく連合軍は易々と城塞内に侵入することに成功。
また城塞に詰めていた兵は僅かであり、一部の者が抵抗を試みただけで、後は虚を突かれた驚きと兵力差を見るとわりとあっさりと降伏したのである。
この戦いは当時ステンヴィル城塞攻略戦と呼ばれていたが、後に崖道がネヴィル街道と呼ばれるようになると、ネヴィル街道の支配権を巡る戦いとして、ネヴィル街道の戦いと呼ばれるようになった。
「よしよし、これで取りあえずは最低限は果たしたってとこだな。カインと叔父上に使いを! ステンヴィル城塞は我々ネヴィルの物となったと」
程なくして本国居残り組であったカインとギルバートが、同じく居残り組の僅かな兵を引き連れて駆け付けてきた。
三人は作戦の成功を喜ぶ。
「で、どうするんだ? このステンヴィル城塞は」
カインの問いかけに、トーヤはどうしようか悩んでいると首を傾げた。
「どうしようかねぇ……使うにしても結局大幅な改築が必要だしなぁ。破却するにしても、さして大きい城塞ではないにせよ、今すぐにってわけにはいかないし」
「ならばこういうのはどうだ? 主要部分のみを残して後は破却。城塞ではなく関所として用いればよい」
このギルバートの案に、二人はそれが一番良いと頷いた。
この後ステンヴィル城塞を攻略した連合軍は、僅かな兵を城塞に残して更に二手に分かれた。
片方は赤狼公カインを総大将、その補佐を大将軍ギルバートが務める一軍。
もう片方は今まで通り白狼公トーヤを総大将とし、その補佐を熟練のウズガルドらが務める一軍。
綺麗に二等分したそれぞれの軍の目的は、先行する味方への補給であった。
今回の作戦において、侵攻した地域での略奪は厳禁であった。
なぜなら、占領地域はそのまま連合国の、主にネヴィル王国の領地となるからだ。
略奪による食料や物資の現地調達が出来ないとなると、先行する総勢二万もの軍勢はすぐにでも動くことが出来なくなってしまうだろう。
なので急ぎ追いかけて食料、物資の補給が必要であった。
今作戦の侵攻限界点はずばり、補給の限界地点であるともいえる。これ以上深く進攻するには、前線に物資を集積するなりの対策が必要。だが、まずは占領地の慰撫と支配権の確立が先であった。
カインの軍はスイル王率いる軍を追い、トーヤの軍はバーゲンザイルを追った。
ーーー
その頃ジストラ丘陵では、ノルト王国の国王シルヴァルドとネヴィル王国の国王アデルが、ガドモア王国の北部辺境侯爵であるロードリンゲンとの間で本格的に、一時的な和平交渉に入っていた。
「ツァリ平原だと? あの何も無い原野を貰っても嬉しくも何ともないな。それに、あそこならば貴公らが奪い返そうと思えば何時でも取り返せるような土地ではないか。まったくをもって話にならぬ」
連合軍の本陣に建てられた大天幕の中で、二人の若い王はロードリンゲン辺境侯の使者を椅子に座って見下ろしていた。
交渉事についてはシルヴァルドに一任しているアデルは交渉の間、口を挟むどころか黙って一言も発していない。
「マルソーの街を寄越せ…………とまでは言わぬが、それなりの地を余は所望すると辺境侯に伝えよ」
野良犬を追い払うような仕草で使者を追い返したシルヴァルドは、横に居るアデルに話しかける。
「すぐに決まるというわけではないが、ロードリンゲンの奴も本国の横やりが入る前に決着を付けたいと思っているだろうことから、引き伸ばしても後数日といったところだが…………」
「問題ないと思います。今頃はもう既に西部辺境領へ侵攻しているでしょうから」
アデルは今なお作戦行動中であろうトーヤに全幅の信頼を置いていた。
「ふむ。では、そろそろロードリンゲンの耳にも入ってくるか。ガドモアの本国への工作もそろそろ始まるはずだ」
シルヴァルドは自身が持つ諜報網を使って、ある噂を流していた。
それは、北部辺境を預かるロードリンゲン辺境侯に二心あり、というものである。
「ああ、捉えた敵兵は全て解放したよ。指揮官以外はだが……兵たちの耳にはこう吹き込んでおいた。辺境侯が自分たちを邪魔もの扱いし、挙句の果てに連合軍へ売ったのだ、とな」
ただの流言飛語ではない。実際に北部辺境領を連合軍は無傷で通過し、西部辺境領へ侵攻しているのだ。
この状況証拠を見たガドモア王国は、ロードリンゲンに対して深い疑念を抱くに違いない。
「ちと、ロードリンゲン侯が哀れに思えてきました」
「何を言う。全てアデル、お主の考えではないか。余、独りを悪者にするでないぞ。それにしてもロードリンゲンの奴め、気付いたら謀反人となっていて一体どのような顔をするのやら」
シルヴァルドにとってロードリンゲンは、宿敵ともいえる間柄である。
即位してから大なり小なり幾度干戈を交えたことか。
「あまり追い詰めない方が良いでしょう。窮鼠猫を嚙むとも言いますからね」
「上手いことを言う。だが、それは結局のところ向こうの出方次第といったところではないかな?」
確かに、とアデルは頷いた。
これを恨みに思い、連合軍に対して徹底抗戦ということもあり得るのだ。
だがそれをすると、背後ががら空きとなる。その隙をガドモア王国が見逃すとは思えない。
「出来れば味方にしたいところですが…………」
「いやいや、散々騙しておいてさらには悪人に仕立て上げたとなると、到底味方になるとは思えぬが……」
「その場合はこのまま彼らと決戦となりましょう」
このアデルの言葉に、望むところであるとシルヴァルドは強く頷いた。




