敵を味方に
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ガドモア王国北部辺境領を、整然かつ堂々と南下する連合軍。
当然その姿を多くの者に目撃されるが、近隣の街や村を襲うでもなくひたすらに南下し続ける。
北部の辺境、それも彼らにとっては戦略的価値の比較的薄い場所。
そのような土地に大規模な砦や城塞などの軍事施設があるはずも無く、あったとしてもそれは賊などに対する、小規模な監視警戒用。兵が詰めても、精々数十人規模の砦ばかり。
これでは南下する二万五千の敵を食い止めることなど、到底不可能。
それにこの地域の多くの兵は、現在ジストラ丘陵に展開しているオルレアン・ロードリンゲン北部辺境候の
指揮下に組み込まれており、砦には数人しか居ないところも多い。
「まぁ、国境沿い……それも戦略価値の高い場所の兵は動かすことが出来ないとなれば、戦略的価値の低い場所から多く動員するのは至極当然のことさ」
敵の妨害も無く軽快に南進する連合軍。
この異様とも言える快進撃は、三兄弟の緻密に練られた策によるものであった。
「そろそろか…………レビアス男爵が治めるスラヴェシ城…………これ我らにとっての第一関門となる。とはいっても、おそらく兵は出払っているから落とそうと思えば一揉みに出来るが……時間の無駄は避けたいところだ」
ここまでは順調な滑り出し、馬上のトーヤにも笑顔が見られる。
そんなトーヤを挟むように並走するのはネヴィル王国軍の重鎮中の重鎮の二人。
ダグラス伯とウズガルド伯である。
そのダグラスが、
「バーゲンザイル公でよろしかったのでしょうか?」
自分が行った方が良かったのではないか? と、トーヤに問うた。
トーヤはそれに対して、いやいやと首を振りながら、
「最善の人選だと思う。爺さん…………いや、バーゲンザイル公の名を知らぬ北部辺境の貴族はおるまい。経験豊富な歴戦の猛者としてその名は轟いている。その武威とこの二万五千という兵数の前にして、なおも歯向かってくるとは到底思えん。それにしてももう行ったのか? 張り切ってるなぁ爺さん」
ーーー
トーヤたちが堂々とのんびりを演出しつつ、内では最短ルートで南下を急いでいる頃、少数の兵を率いて先行しているバーゲンザイル公爵は、スラヴェシ城内にある館でレビアス男爵との対面を果たしていた。
バーゲンザイル公がスラヴェシ城に来る前にレビアスの耳には、ノルト王国の多数の軍勢がこの城を目指して南下してくるという情報がもたらされていた。
レビアスはその報を受けて驚愕した。更に万を超える軍勢だと聞くと、最早レビアス家もこれまでであると、抗戦を断念。城に居る者たちに退去を命じた。
「閣下はいかがなされるのか?」
家来の問いに、初老のレビアスは一回り以上老け込んだ顔で、
「敵味方の数を見れば、籠城は不可能だ。儂にも誇りがある。儂はこの城と運命を共にするつもりだ。お前たちは落ち延びてジストラに居る息子に合流せよ」
現在この城に籠る兵は五十に満たない。レビアスの言う通りこの地の兵の多くは今現在、ジストラ丘陵に居るのだ。
涙を流す家来たちを急き立てるように追い立て、落ち延びさせようとするレビアス。
その時である。
「何? 敵が交渉を求めてきた? で、誰だ?」
息を切らせ、転がり込むようにして城内に駆け込んできた家来にレビアスが問う。
その答えを聞くと、レビアスは全てを諦めたように、おそらくは降伏勧告であろう使者に会うことを決めた。
城内にある館でレビアスはバーゲンザイル公と対面した。
バーゲンザイル公の供は僅か二騎。勝者の余裕かと、最初レビアスは不快感を示した。
「お初にお目にかかる。ノルト王国公爵、バーゲンザイルでござる」
老人らしからぬ張りのある声。頭を下げる動作一つ見ても、歴戦の武人たる威厳に満ち溢れている。
「ガドモア王国北部辺境領、ロードリンゲン侯爵が臣、レビアスにござる。閣下の御高名は常々お伺いしておりまする。して、本日は如何なるお話で?」
目の前に居る老人には到底敵わぬが、レビアスとてこの戦乱の嵐が吹き荒れる北部辺境を治める貴族である。その毅然とした態度にバーゲンザイルは、ほほぅ、と内心で好感を覚えた。
「それはお耳汚しでしたな。いやいや、そう構えずに……何も我らは敵同士というわけではござらぬ。味方として、御辺の領内を通るのに挨拶に来たまでのこと」
「味方? い、いったいどういうことか?」
レビアスは笑みを絶やさぬバーゲンザイルを前にして、その動揺を隠せない。
「はて? ロードリンゲン候より聞いてはおらなんだか。候の用心深さは筋金入りよのぅ。驚くなかれ、ロードリンゲン候は我ら西部連合に与することに相成った。これは何も昨日今日の話ではござらぬ。我ら西部連合はロードリンゲン候を加え、ガドモア王国に対して一大攻勢に出ることとなっている」
レビアスには寝耳に水どころの騒ぎではない。
このバーゲンザイル公の言葉によって混乱の極みに陥っていた。
顔色を白黒とさせるレビアスに、バーゲンザイルは畳みかけた。
「ロードリンゲン候もついにガドモアの圧政に耐え兼ね、我らと共に戦うことを選ばれたのじゃ。実際にジストラでは戦いは起こっておらぬ。ただ、ガドモアの中央軍が監視で居てのぅ。これは、上手く北部辺境軍と引き離し撃破した」
起きた状況を最大限に利用する。これはトーヤの土壇場でのアレンジであった。
「…………すると、すると、貴軍らはこの城を攻めに来たのではないと?」
「味方の城を落とす愚か者はおるまいて。先ほども述べた通り、ただ御辺に挨拶に来ただけのこと。我らは味方。御安心なされい」
そう言って笑うバーゲンザイル。
方や魂が抜けたように放心するレビアス。
やがてレビアスは、バーゲンザイルの後ろに控える二人の騎士に目をやり、独りごとを呟く。
「そうか…………そうか…………それで、たったの二騎…………そうか、そうか」
バーゲンザイルが二人しか供を連れて来なかったのは、そういうことだったのかとレビアスは納得した。
これには今までに自分たちから、搾取するばかりで一切報いてこなかったガドモア王国に対する不信感も後押ししたのも間違いないだろう。
「貴公がこのことを知らぬとなると、もしかしてグラハレル子爵も?」
バーリンゲンが多少困惑気味の声を上げると、すっかりと騙されてしまったレビアスは、
「お、おそらくは…………」
「う~む、困ったのぅ。これでは作戦に支障をきたす恐れがあるな……そうじゃ御辺、誠にお手数を掛けるが我らと同行してくれぬか? 今や味方同士であるに、詰まらぬ行き違いにて戦いが生じては将兵も哀れであるし、何より我らの面目が丸つぶれじゃ。ここはひとつ、御辺のお力添えを望むところじゃが……如何に?」
「は、はぁ…………わかりました。某に出来ることならば……それにしても、このような辺境中の辺境に軍を進めるのは如何なる作戦なのでしょうか? あ、いや、無理にとは…………ただ、どうしても気になったもので…………」
レビアスの疑問に対しバーゲンザイルは、
「今やお味方である御辺にもこの作戦の概要を知る権利はある。実はのぅ…………」
バーゲンザイルに作戦を明かされたレビアスは、驚きつつもこれまでの話の流れから自身が推察した通りであることで納得し、領内を通過する軍が味方であると安心した。
スラヴェシ城で任務を果たし無事に出ることが出来たバーゲンザイル。
その傍らにはバーゲンザイルと同じく二騎の供を連れたレビアスの姿があった。
この後彼らは本隊に先駆けてさらに南進し、グラハレル子爵の元へと向かうのであった。
感想での作中で表現した文盲という言葉への御指摘、色々と考えさせられるものがありました。
非識字などの別の言葉に置き換えれば角が立たないのでしょうが、近年あまりにも行き過ぎた言葉狩りに憤りを感じる身としては、別に明確な差別用語であるわけではないのでそのままで行こうかと思っております。
それともう一つ、今ではあまり使われてない言葉を使うことで、現代ではない古臭さを表せればという意図もあります。
あまりにも不快であるという声が多ければ、勿論変えます。
こういうご指摘やご意見は大歓迎であります。




