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トラス街道の戦い 後編

感想、評価、誤字脱字指摘感謝です。

とても励みになります。

本当にありがとうございます。

 

 勝負はほぼ一瞬で決まった。

 先ほどまでトーヤ率いるウォーワゴンを用いた簡易防壁に、猛攻を加えていたガドモアの中央軍。

 その戦意は伏兵による奇襲によって完全に砕け散ってしまった。

 騎兵たちは急ぎ馬首を翻して走り去り、歩兵たちは武器を放り投げて一目散に逃走を始める。

 それを見たトーヤたちも、守勢から攻勢へとウォーワゴンを連ねた壁から次々と飛び出して行き、追撃に加わった。

 逃げる敵を討つのは容易い。無防備な背に矢を受けて、槍で突かれて、恐怖と絶望の断末魔を上げながら、ガドモア兵は次々に討ち取られていく。

 馬車を襲って返り討ちにあった敗残兵たちを狩りつくさぬよう、加減しながらトーヤとスイルはその後を追った。

 敗残兵たちが逃げ込む先はただ一つ。それは待機しているアズーリアン伯爵の陣である。

 味方の敗残兵だけがなだれ込んでくるだけでも、意味が分からず狼狽するであろうに、こともあろうか敵まで一緒になってなだれ込んでくるのだから質が悪い。

 敵と認識し、反撃を加える前にアズーリアンたちにも激しい混乱が生じていた。


「いったいこれはなんだ? どういうことなのか!」


 アズーリアンの悲鳴にも似た問いに答えられるものはいない。

 それどころか更なる混乱と絶望が彼らに襲い掛かった。


「て、敵です!」


 アズーリアンの前に転がるようにして駆け込んできた兵が、敵の来襲を告げる。


「見ればわかる!」


 怒鳴りつけるアズーリアン。

 だが、兵は息も絶え絶えながら、アズーリアンが認識外の方向を指さした。

 次第に大きく、そして近づいてくる馬蹄の奏でる轟音が彼らの耳朶を打つ。

 それは、気付かれないように大きく迂回して近づいていた、アデル率いる騎兵たちの突撃の音であった。


「閣下、ご退避を!」


 最早これまで、今は無事に落ち延びることが先決であると部下がアズーリアンに逃亡を促すが、血の気を失ったアズーリアンは青白い顔で首を横に振った。


「…………もう遅い…………すべてが手遅れである」


 程なくしてアズーリアンらは、なだれ込んできたエフト兵たちによって絡め捕られ、虜囚の身となるのであった。


 一方、攻撃を指揮していたパイドはというと、これは無事に逃げ延びていた。

 早々に指揮を放り投げて戦場を後にし、脇目もふらずに一心不乱に南へ、南へと馬を走らせたのであった。ふと我に返った時には、付き従うは供回り六騎のみというありさまであったという。

 そのあまりの無様さに、パイドの顔が羞恥に染まる。

 パイドは身の安全を確保するために、一旦北候の元へ戻りましょうと促す部下に対し、


「今更どの面を下げて戻れようか!」


 と、怒鳴りつけると、ジストラ丘陵の陣へは戻らずに直接本国へと帰国してしまった。



 ーーー



 勝った、勝ったと手を叩きあって喜びを分かち合うネヴィル兵とエフト兵。

 その長たるアデルとスイルも、笑顔でお互いの健闘を称えあっていた。

 そんな二人の元に、今作戦の立役者たるトーヤがやって来た。

 その顔色は勝利を得たにしては、少々硬いものがある。


「おう、トーヤ! お前の策で楽に敵を排除できたな。これからはお前に全部考えてもらおうかな」


「流石だ。これはカインではなくて、トーヤの方を妹婿にするべきだったか」


 二人の冗談を受けてもトーヤの表情は変わらない。

 今一つ浮かぬ顔の弟を心配して、アデルが声を掛けた。


「どうした? どこか怪我でもしたか?」


 トーヤは違うと首を振る。そして一振りの剣を、二人に差し出した。

 その剣をスイルが受け取った。


「ほぅ、なかなか見事な剣だな。どこぞの騎士から分捕ったのか?」


 横から覗き込むようにして見たアデルも、上物だなとその剣を褒めた。


「違うよ。それは騎士の持ち物じゃない。それを持っていたのは()()の雑兵だよ」


 トーヤの言葉に二人は声を上げて驚いた。

 さらにトーヤは部下を呼び、同じように戦場に遺棄された雑兵の剣を持ってこさせた。


「これ全部同程度の品質。これがガドモアの中央軍の一般的な装備だとすると、あまり相手を舐めない方がいいかも知れない。装備の質だけで、戦の勝敗が決まるということは少ないが、用心するに越したことはないよ」


「これが国力差か…………この品質の剣を一兵卒にポンポンとまで与えられるくらいだもんな」


「我らの国でも出来ぬことではない。だが、それは兵力が少ないから出来るというだけのことだ。ガドモアの中央軍恐るべしだな…………」


「だからこそだ。次の作戦……電撃戦は絶対に成功させなくては……」


「それで少しでも国力差が埋まればいいのだが…………少なくとも今のままでは、総力戦を仕掛けられたら間違いなく連合が負けるだろうな」


 佇む三人の耳に届く勝利の声は、どことなく遠く感じられた。




 ーーー



 トラス街道よりもたらされた勝報にシルヴァルドは、さも当然であるといったように頷いた。

 次の瞬間、相貌を崩しながら、


「アデル王ならばやってくれると信じていた」


 と、近臣たちに笑いかけたという。


 一方でシルヴァルドの命令により、混成軍との合流と内側に入り込んだ敵の迎撃を急ぐバーゲンザイル公爵は、アデルよりの使者からトラス街道の勝利を聞くと破顔大笑し、傍らの副将であるユンゲルト伯爵にただ一言、本物である、と語った。

 これには流石にユンゲルトも、ただただ頷くばかりであったという。


 思わぬところで足止めを食わされた混成軍は、敗残兵狩りを行わずに街道を南下。

 バーゲンザイル軍との合流を急いだ。途中、アデルが黒狼騎を含む二百の兵を率いて離脱。

 アデルはトーヤにすべてを託し、シルヴァルドが待つジストラ丘陵へと向かった。

 二日後、バーゲンザイル軍と合流したトーヤは即刻、作戦の開始を告げた。

 ネヴィル、エフトの混成軍改め、三か国連合軍となったトーヤたちは、西南へと進路を変えた。

 目指すは西に聳える天然の壁、コールス山脈。

 その山脈のふもとを連合軍二万五千あまりの軍が、人目もはばからずに堂々と南下する手筈となっている。


「叔父上の情報によると、山脈の麓は戦略的重要性を低く見ているのか、城塞の類が他に比べてかなり少ないとのこと。おっと、そういえば少しだけ作戦の修正が必要だな。先日の勝利をも組み込まなくてはな。紋章官、あれは……先日の敵はガドモアの中央軍だけで構成されていたんだよな?」


 トーヤの問いかけに、紋章官は、


「はっ、間違いございませぬ。捕虜としたアズーリアン、行方知れずとなっているパイド共に、ガドモア王国の内地に領地を持つ伯爵に御座います」


 と自信満々に答えた。


「わかった。ならばこうしようかな」


 知る人が見れば、それは子供のころから変わらぬ悪童の笑み。

 悪戯を思いついたかのように策を講じるトーヤを見て、大人たちは頼もしさと同時に、一抹の不安感を抱かずにはいられない。


 そんな気配を察してか、トーヤは周囲の大人たちにその不安を吹き飛ばすように笑いながら、


「大丈夫、上手く行くって。もうそろそろ向こうも動き始めている頃合いだろう」


 十全のサポートがあることを強調してみせた。

 作戦開始より二日が経過した。コールス山脈に沿うようにして南下を続ける連合軍。

 ついに国境を越え、ガドモア王国北部辺境へと足を踏み入れる。


「国境を越えました」


 部下の報告にトーヤは頷く。その額には緊張による薄い汗が滲む。


「使者は出したか?」


「はっ、万事滞りなく」


 よろしい、と頷いたトーヤ。この少年の肩に、連合軍二万五千の命と連合の未来が重く圧し掛かっている。


「ま、なるようになるさ……ならない時には、ただ死ぬだけのこと……大したことないな、うん」


 それは、誰も聞こえないような小さな声での精一杯の強がりであったかもしれない。


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