トラス街道の戦い 前編
感想、評価、誤字脱字指摘感謝です!
ありがとうございます。
敵陣の異変に気づいたシルヴァルド王は、直ちに全軍に奇襲を警戒させ、周囲に索敵を飛ばした。
「敵の狙いは明白である。側面ないし後背からの奇襲。そしてそれによって生じた混乱に乗じての総攻撃。あるいは後方を攪乱し、全軍の士気を下げた上での決戦のこのどちらかである。とにかく今は警戒を怠らず、敵が今どこに居るのかを探るのが肝要である」
そのシルヴァルドが探す敵軍はというと、一言で言えば迷子となっていた。
シルヴァルドの考えと同じく、二人の伯爵に率いられたガドモアの中央軍は、緩やかとはいえ起伏がある地形の中、敵軍に知られずに側面ないし後背を突こうと大回りをした結果、地理不案内のこともあり自分たちの現在位置すら把握出来ずに焦っていた。
焦る理由は迷子だけではない。兵糧の問題もある。
短期決戦を狙った奇襲作戦であるがために、兵糧の備えは無きに等しいのだ。
やむを得ずパイド、アズーリアンの両名は一度ここで足を止め、近隣の街や村を襲って兵糧の確保と、捉えたノルト人に道案内させることにした。
足を止めた軍隊を見つけるのは容易い。
すぐにその所在はシルヴァルドの知るところとなった。
「奇襲ではなく後方攪乱であったか…………何にしても厄介な位置にいる…………」
現在ガドモアの中央軍が居る場所はジストラ丘陵から見て北西の方向、ここを遮断されると長期対陣した際の補給に支障が出る。
「さらに拙いのは、このままだと奴等と援軍が鉢合わせしてしまうということだ。援軍の総数は確か六千あまりだったな? 敵の数はおよそ一万。アデル王ならばむざむざと負けるとは思えぬが……」
トントンと机を指先で叩きながら、広げられた地図をにらみ思案するシルヴァルド。
「では陛下、南西に潜ませているバーリンゲン公を向かわせては?」
家臣の提言にシルヴァルドは首を横に振った。
「距離があるな。が、それしかあるまい。よし、急ぎ伝令を飛ばせ! 援軍の方にもな」
正直敵を舐め過ぎていた、とシルヴァルドは思わずにいられない。
北候がこのように積極的な攻勢に出てくるとは思っていなかったと。
「…………アデル…………この戦い、少々拙いやも知れぬぞ…………」
ーーー
シルヴァルドが心配するネヴィル、エフト両国の混成軍はというと、味方領内でありながらも油断せず偵察させていたアデルとトーヤの用心深さが幸いしてか、ガドモアの中央軍が気付く前にその存在を把握することが出来ていた。
「こんなところに敵軍が? 戦場が近いので用心させたが、まさか敵軍がこんなところにまで進出しているとはな…………」
急ぎ地図を広げて自軍と敵軍と位置を書き込むアデル。
それを見ながら、国王親衛隊の黒狼騎副団長であるゲンツが、
「もしかしてノルトの本隊は負けたのか?」
との疑問を口に出すが、アデルは即座にそれを否定した。
「いや、ならば行軍中に敗残兵に出会うはず。それがないということは、未だシルヴァルド王は北候と対陣中なのだろう。これは敵が焦れて後方攪乱に出たと見るべきだろうな」
そこへさらに偵察が戻ってきて詳細な情報がもたらされる。
今現在、敵が完全に足を止めていることと、百程度の少人数の部隊が分かれて近隣の村を襲っているという。
「長期戦を睨み、補給の策源地となる可能性のある地を潰すつもりか?」
「物資が集積されているなら未だしも、普通の村を襲うというのは腑に落ちない。本隊の士気を下げるのが目的では?」
「何にしろ邪魔だな。が、排除するにも敵の数が多い。無策でこれに当たるわけにはいかない」
アデルとトーヤの二人の会話を、横でスイルがニコニコと笑顔を浮かべながら見守っている。
それに気づいたアデルが、
「スイルも考えてくれよ。何か良い案を」
というと、
「自分が考えるよりも、お前たちに任せとく方がよっぽど良い案が出てくると思うがな……まぁ、強いて言えば敵はまだこちらに気づいていないのだから、奇襲は掛けたい放題ってとこだな」
と、全軍奇襲による速戦を主張してきた。
それに対して概ね同意するものの、アデルとトーヤはもう一工夫欲しいと頭を悩ます。
馬上で思案に暮れる三人であったが、すぐにトーヤが、閃いたと声を上げた。
「こういうのはどうだろうか? あれも持ってきていることだし、ここで一つ試してみるのも悪くないんじゃないかな?」
果たしてトーヤの考えた策とはいったい何か?
すぐに主なる将たちが集められ、作戦の説明と配置が決定する。
総作戦指揮官はトーヤ公爵。
トーヤは自らダグラスと共に囮部隊を率いる。
アデルはネヴィル、エフト両軍の騎兵を集めた。これの補佐にはウズガルドがあたる。
残りの者たちはスイルと共に伏兵として伏せた。
「大事の前の小事である。ここで躓くわけにはいかない。敵軍の数はこちらより多いが、作戦通りに進めて完膚なきまでに叩きのめす! 全将兵の奮闘に期待する!」
アデルの号令で作戦は開始された。
この戦いは後に街道の名を取ってトラスの戦い、あるいはトラス街道の戦いと呼ばれた。
ーーー
トーヤたちは荷馬車を先頭にして、補給部隊を装い敵軍に向かって無防備に進軍していく。
それはすぐ敵の知るところとなった。
「補給部隊だと? これは好機である! 神は我々を見放してはおらなんだ」
「これを奪い、捕虜に道案内させればよい。今すぐ散らした部隊を呼び戻そう」
パイドとアズーリアンは狂喜した。敵が自ら全ての問題を解決してくれるのだから。
短い相談の末、パイドの軍が補給部隊を攻撃することとなった。
「よし、では儂はここに残って散った味方の収容にあたる」
「頼む。敵は所詮補給部隊。ましてやここは自国であり、大した護衛も付けてはおるまいて」
意気揚々とパイドが軍を進める。
トーヤはパイド軍を視認すると、即座に馬首を翻して逃げに掛かった。
「絶対に逃がすな! 追え!」
パイドの命令が届く前に、これを奪えば鱈腹飯が食える、と兵たちは駆け出していた。
パイドのみならず、兵たちも必死である。本陣を抜けて出してから数日あまり。
腰兵糧も尽き掛けている。
「敵はこちらに食いついたぞ! それ全力で逃げ出せ!」
トーヤは最後尾にて声を張り上げた。
だが、荷を曳く馬車と敵の騎兵では速度が段違い。
あっという間に距離が詰まっていく。
「よし、ここだ! 外側にウォーワゴンを配して円周防御陣を組め! 急げ!」
荷馬車たちの中にはカインが昨冬の間に制作していたウォーワゴンの姿があった。
これを外側に配し、隙間を荷馬車で急ぎ埋める。
「耐えろよ! ネヴィルの戦士ならば、この程度の敵の攻撃など屁でもないぞ!」
ウォーワゴン等を使って頑強な抵抗を試みるトーヤとダグラス。
彼らはより多くの敵兵を引き付けるための餌なのだ。
追いついた敵軍は、突如現れた馬車の壁に驚き、戸惑う。
「ええい、小癪な真似を! 大人しく物資を差し出せば良いものを!」
しかし空腹が彼らの戦意を高めた。
先頭に追い付いたパイドは、直ちに攻撃を命じた。
まずは騎兵による突撃。これはウォーワゴンに阻まれた。
次は歩兵による肉薄攻撃である。寡兵である囮部隊は、これも凌ぐ。
トーヤ、ダグラスといった指揮官も槍を振るい、兵たちを鼓舞し続ける。
「よし、敵の注意が完全にこちらに向いている。そろそろのはずだ。耐えろ、耐えるんだ!」
この奮闘を、護衛部隊のなけなしの抵抗であるとパイドは笑った。
敵は戦意こそ高いが、数で圧倒できるためすぐに決着が付くだろうと。
だが次の瞬間、その笑みは驚愕へと変わった。
突如左右から大量の矢が頭上へと降って来たのだ。
「し、しまった、お、囮か!」
盾があるものは盾をかざし、無いものは頭を押さえてしゃがみ込む。
悲鳴とそれがもたらす恐慌。先ほどまでの戦意は、どこかへと吹き飛んでしまっていた。
雄たけびを上げながら、スイル率いる伏兵が左右からパイド軍を包み込むように襲い掛かった。




