ジストラの戦い
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三月下旬、シルヴァルド王自ら率いるノルト王国軍は、予定通り国境付近にあるジストラ丘陵に布陣する構えを見せた。
これに対し、北侯ことオルレアン・ロードリンゲン北部辺境候は、何と戦いにくい地形であるか、と嘆いて見せたが、内心ではこのような土地にノルト王国軍が布陣したからには、大きな戦は起こりにくいであろうとほくそ笑んでいた。
これに対してガドモアの中央から派遣されてきた二人の貴族、パイド伯爵とアズーリアン伯爵の二名は、北候の弱腰を笑った。
「聞くところによれば敵は二万五千弱。こちらの総兵力は三万二千。数ではこちらが圧倒的に有利ではないか」
これを聞きロードリンゲン辺境侯爵は、
「いやいや、場所は敵地である。地形も敵軍は十二分に把握しているはず。その上での布陣となれば、油断は禁物である」
と慎重論を唱えた。
だが、ロードリンゲンはジストラ丘陵へ向かうこと自体は否定しなかった。
むしろ先の理由により、この地形はかえって好ましいとすら考えていたのだ。
お互いに攻め難く、守りやすい。となれば膠着状態に陥りやすく、一時的な講和の後に兵を収めることが出来るだろうと踏んでいた。
パイド、アズーリアンの両伯爵は、ロードリンゲンが敵の居るジストラ丘陵へは進軍すると言うので、まずはそれで良しとした。
後にこの戦いは、戦地となったジストラ丘陵の名を取り、ジストラの戦いと呼ばれることになる。
ーーー
一方ネヴィル王国とエフト王国の混成軍はというと、ノルト王国の王都リルストレイムへは寄らず、そのまま作戦地点へと急いでいた。
ネヴィル王国からエフト王国を越えてノルト王国へと続く山道は積雪のある冬の間、道幅の拡張工事が行えず、そのために大軍が通るには時間が掛かったのだ。
そのため途中立ち寄るリルストレイムで行われる予定であった、両国の援軍を持成す宴も中止。
久しぶりにアデルに会えると喜んでいたヒルデガルド姫は、悲しみで肩を落としたという。
そんな姫の姿が頭をよぎったのか、アデルはリルストレイムまで使いを出し、自国より持参したお土産を渡した。
それはネヴィル王国が主力輸出品として力を入れている白磁のティーカップとソーサーであった。
数は三組。一つにはネヴィル王国の紋章の三頭狼が描かれ、もう一つはノルトの紋章が、そして最後の一つにはウスユキソウの花が描かれていた。
これはアデルからのシルヴァルド王とヒルデガルド姫へのお茶会の誘いとも受け取れる。
受け取った瞬間は目を輝かせて喜んだヒルデガルドであったが、兄王とアデルの両方が危険な戦地にその身を置いていることを、今更ながらに思い出して、背筋を震わせた。
以降、毎日行っている礼拝の時間が倍以上に延び、今まで以上に二人の無事を祈るようになったという。
ともかくも、混成軍のこの遅れがあることの切っ掛けとなる。
ーーー
ジストラ丘陵に布陣した両軍は、果たしてシルヴァルド王とロードリンゲン候の思惑通り、睨み合いとなった。
ガドモアの中央軍の将であるパイド、アズーリアンの両伯爵は、連日ロードリンゲンに詰め寄り、激しい口調で攻撃を提言する。
ついには焦れて、両伯爵は自分たちの兵力である一万だけで攻めるとまで言い出した。
「良いではありませぬか。やらせてみては? おそらくは失敗するでしょうから、それを契機にして講和に持ち込めばよろしいのでは?」
部下の進言にはもっともであるが、と頷きつつもロードリンゲンは、
「彼らがどのような醜態を晒そうが、我らとしては知ったことではない。だが、どのような形であれ敵に勝ちを許すと、講和が難しくなろう」
勝てば当然士気は上がり、将兵ともに強気になる。そうなればこちらから講和を切り出したとしても足元を見られ、吹っ掛けられるのは当たり前。
「このまま何事も起こらず、小競り合い程度で済ませるのが一番なのだがな…………」
だがこのロードリンゲンの願いも虚しく、パイド、アズーリアンの両名は暴発した。
この両名が如何に愚かであっても、二万五千を数える敵陣に、麾下の一万の兵力で正面から襲い掛かる愚は犯さなかった。
パイド、アズーリアンも一応は、貴族として兵学を修めている。
その上で、現状一番の華々しい勝ち方は何か? という観点から導き出した答えは、両軍正面に注意が集まっているのを幸いとして、大規模な別動隊による迂回攻撃を仕掛けるというものであった。
俗に言う、中入りという戦法である。
これは成功すれば敵の弱点を突くなり、後方拠点を破壊ないし占拠するなどして、一気に有利に立つことが出来る。
しかしながら失敗すると、各個撃破される、または敵中孤立してしまう恐れがある。
「敵の後背を我らが襲い、突き崩せば如何に臆病なロードリンゲンといえども押し出すであろう。そうなれば我が方の勝ちは揺ぎ無い」
「そうですな。そうなれば此度の戦の勲功は、我らが独占することになりましょう」
二人は決断した。
数日の間、二人は鳴りを潜めて中入りの準備をすると、四月の中旬のある夜に忽然と麾下の兵を率いて姿を消した。
両名率いる一万の兵が忽然と姿を消したことを知ったロードリンゲンは、苛立ちを隠そうとせずに直ちに引き返すよう使いを出した。
当然ながらパイド、アズーリアンはこれを無視した。
何度も粘り強く使者を出し続けたロードリンゲンだったが、二日を過ぎると最早取り返しはつかないだろうと諦めた。
「敵が勝ちに乗じて総攻撃を仕掛けてくるやも知れぬ。各々油断なきよう」
麾下の将兵らを集め、一層の警戒態勢を取らせたロードリンゲン。
さらに、
「国境沿いの各家に伝令を! 国境を固めると共にもしもの場合には、速やかに敗残軍を収容出来るよう取り計らうようにと」
と指示を飛ばす。
今回、ロードリンゲンが集めた将兵は北部辺境領の中央と西部、そして南部より集めたものであった。
ノルトとの国境沿いの北部に位置する貴族たちは万が一の時に備えて招集せず、守りを固めさせている。
このことが後にネヴィル王国にとって有利に働くのだが、この時点でのロードリンゲンのやり方は実に堅実であり、万が一のことが起きても、ノルトに対して付け入る隙を与えない。
ロードリンゲンにとっての敵手であるシルヴァルド王も、そのことは十分に予想しており、たとえ勝ちを得ても攻め入る気はさらさら無かった。
それにしてもロードリンゲンにとっては頭が痛い。
パイド、アズーリアンらが勝てば勝ったで、彼らは調子に乗るだろうし、負ければ兵力が逆転してしまう上に、講和が難しくなる。
「何とか金子で済ませたいところだが…………」
十中八九彼らは負けるだろうと踏んでいるロードリンゲンは、既に講和の落としどころを模索し始めていた。
もう二月だよ……明日は節分だぁ!
皆さん豆の御用意を!




