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行動開始


 領内に莫大な量の塩があると言うアデルの言葉に、大人たちは色めき立つ。


「それは真か?」


「確証はありませんが、貝の化石がこれだけ多く見つかることから、大昔はここは海だったと考えられます。だとすれば塩が結晶化して何処かに眠っていても、何ら不思議はありません」


 塩は人間が生きて行くのに欠かせない物である。沿岸部や塩湖の畔ならば未だしも、大陸の奥地であり山間に囲まれた盆地であるネヴィル領では、塩は黄金に等しい価値がある。

 その塩が自領に眠っているかも知れないと聞かされれば、大人たちが色めき立つのも無理もないことであった。


「ああ、そうだ……前回領内の調査を途中で止めてしまいましたので、ここで改めて調査予定であったあの南の赤い山を調べてみませんか? 他の山と同様、ちょっと気になるのです」


 アデルの言う南に聳える赤い山は、大人たちにとってみれば見慣れてしまった単なる風景でしかない。

 植物があまり生えておらず、地元の猟師も獲物が殆ど居ないので、登る者はほぼ居ないと言う。


「ふ~む、そうじゃな……前回は石灰とコンクリートが見つかったので良しとして、途中で止めたが……調べるだけなら人手も金も大して掛からぬしの。それで、気になると言うのは何じゃ?」


 どうやら祖父のジェラルドが興味を持ってくれたようだと、胸を撫で下ろしながらアデルは自身の考えを語った。


「山肌が露出しているのには何か理由があるはずなんです。あの白い山は、石灰岩の塊だったから植物の根付きが悪く、そのために岩肌が露出していたでしょう? あの赤い山にもそれと同じように山肌が露出している、何らかの理由があるはずなんです。硬い岩山だからか、それとも土壌に何らかの秘密があって植物が育たないのか……」


 植物が生えないのでは、土に秘密があったとしても使えないのではないかと、父であり当主でもあるダレンが首を捻る。


「父上、それならばその土を道に撒けば、植物が生えにくく雑草を刈り取らずに済む道が作れるのでは?」


 ダレンは、ハッとした表情でアデルの顔を見る。どうやら自分は、土と言えば肥料になるかどうかしか考えられないらしい。それも今まで、長きに渡り開墾し農作物の増産しか考えて来なかったために、思考が単調になってしまったがゆえだろうかと、発想の柔軟さを欠いた自分を恥じた。

 

「どっちみちこのまま立ち止まっていては、我が家は滅びるのみである。いつまで今のような平穏な日々が送れるかはわからぬ以上、事の優先順位を明確にし即刻行動するべきであろう」


 そのジェラルドの言葉に、大人も子供もその場に居る全員が頷く。

 話し合いの結果、当主であるダレンが領民たちを説き伏せて、城壁の建設に取り掛かることとなった。

 商人であり三兄弟の祖父であるロスコは、宝石と豆料理のレシピを捌いた金で奴隷を買い、労働力の確保に努めることとなった。

 そしてジェラルドとギルバートと三兄弟は、早速未調査である赤い山へ向かう事に決まったのであった。



ーーー



 ダレンは一街、三村の顔役たちを一堂に集めた。


「これから話すことは、この地に生きる全員の命にかかわる事である。心して聞くように……」


 その言葉に顔役たちはまた出兵の話かと、露骨に顔を歪めた。


「残念な知らせが、ロスキア商会からもたらされた。国王陛下は新たに離宮を御造りになられ、その結果として税が上がるとの知らせである」


 顔役たちの顔は先程よりもさらに歪み、中には湯気が出そうなほど顔色を赤くしている者もいる。

 このネヴィル領の税が他領よりも安いことは、領民たちは知っている。だが、いくら他領に比べて安いとは言っても、領民たちにそれほど余裕があるわけではない。


「心配するな。余所は知らぬが、ウチは上げぬ。我が家に若干の蓄えがあるゆえ、それを切り崩して凌ぐことにする」


 税を上げぬ。上がった分は自分たちの蓄えから出すと言ったダレンの言葉を聞いて、顔役たちは安堵の色を浮かべて、謝辞を述べる。


「税の話はそれで良いのだが……一つ懸念すべきことが生じた。ロスキア商会の話では、他領では既に重税に耐えかね、土地を捨て棄民となる者が増えているという。その棄民たちは、食うために豊かな土地に押し寄せ、略奪を繰り返す賊徒と化しているというのだ。聡明なお主たちなら、もうわかっただろうがこのネヴィルの地にもその賊徒たちが、いつ何時押し寄せてくるかもわからぬということだ」


 顔役たちを始め、領民たちは文字通りこの地を血と汗によって発展させて来た。

 それを何人たりとも踏みにじらせはしないと、顔役たちの両目に殺気の火が灯る。


「そこでだ……我が領内に続く道はただ一つなわけだが、そこに厚くて高い城壁を築くことにした。さすれば、外地からの侵入者をそこで堰き止める事が出来よう。時間と人手は掛かるだろう……だが、自分たちを守るのに必要な物であり、絶対に完成させねばならぬ物である。皆の協力を願いたい」


 ダレンは敢えて命令では無く、要請という形を取った。元々、ネヴィル家は貴族とは言い難い程に領民に近い生活をしており、領民たちも他の貴族とは違いネヴィル家を、この辺境を耕す同志であると認めている。

 赴任して来たジェラルドや、後を継いだダレンの飾らぬ誠実な人柄も、領民たちは好いていた。

 さらには今日に至るまで、この地を地道に発展させ続けて来た実績もある。


「領主様、協力いたしますぞ! この地を賊どもの好き勝手にはさせませぬ!」


 そうだ、そうだと顔役たちは皆立ち上がって、拳を握って突き上げる。


「じゃが、建材はどうするかの? 木を切って柵を拵えるんかいの?」


「木じゃ、火やを射かけられたら燃えちまうべさ」


「んなら、柵に泥を塗りゃええべさ……乾いたとて、そのまんまよか燃え難いじゃろ」


 顔役たちは早速どう壁を作るか、意見を交わし始める。

 盛んに交わされる意見を聞いてダレンは、上手く領民たちの防衛本能に火を点けることが出来たようだと安堵した。 


「皆静まれ! まずはこれを見て欲しい。これは我が息子たちが書いたものだ」


 ダレンは懐から取り出したる丸めた羊皮紙を広げて、顔役たちに見せた。

 そこには城壁の大まかな設計図が記されていた。


「若様って、確かまだ六つか七つだべ……いくら領主様とて、我らを担ぐような冗談は勘弁してけろ」


「私は嘘は言ってはおらぬ。確かに我が息子たちは、まだ七つの小童こわっぱではあるが、文字の読み書きや算術はおろか、私や私の父にも読めぬような難解な書物をも読み解いて、そこに記されている知識の数々をものにしておるのだ。お前たちの中にも知っている者もいるだろうが、新しい肥料として使われている石灰……あれを見つけ、肥料となることを教えてくれたのは我が息子たちなのだ」


 そう言ったダレンの顔を見た顔役たちは、口をポカンと大きく開け、目玉は今にも飛び出さんばかりに大きく見開いていた。

 石灰を畑に撒いた時には彼らも半信半疑であったが、目に見えて効果があるとわかると農耕を主として来た彼らは皆一様に大喜びをした。

 その彼らにとって神の如き新しい肥料を見つけたのが、僅か七つの子供だと聞けば無理もない反応と言うべきだろう。


「……神童っちゅう奴でねぇか? いやはや、恐れ入ったもんだべ……」


 顔役たちは互いに顔を見合わせた後、先程よりも真剣な顔で設計図を見る。

 そこには彼らの知らない建材で作られた高々とそびえ立つ城壁が描かれており、その城壁の前には空堀が描かれていた。


「この、こん……くりーと? っちゅうのは何じゃい?」


 誰もわからず一様に首を傾げている彼らに、ダレンは例のコンクリートの塊を見せた。


「ひゃぁ、これが砂と石灰と水だけで出来るのかえ? カチンコチンだべや」


 顔役たちはコンクリートの塊を手で押してみたり、叩いてみたりしている。


「こんなら、石を切り崩して運ぶよか楽だべ。そもそも、この地には大きな石があんまねぇかんな……」


「んだ、んだ。んなら、先ずは石灰を切り崩すのと、砂を運んで来ねばなんめぇ。水は幸いにして川が一杯あるで、困ることはあんめぇ」


「それと共に、石灰を粉にするための水車小屋を作らにゃならん。石臼で細かい欠片を更に挽いて粉にすりゃええがよ」


 自分たちや家族や仲間の命が掛かっているため、顔役たちは真剣に話し合う。

 働き盛りの男手を大勢賦役に回すのは苦しいが、これは必要な事であり、しかも早急に行わねばならぬことであると、その場で次々と出す人数や役割が決められていく。それをダレンは、敢えて口を出さずに黙って眺めている。

 上からやれと言うよりは、領民たちの自発的なやる気を奮起させるべきであると考えていたのだ。

 こうしてネヴィル領の唯一の出入り口に、城壁が築かれることとなったのであった。

 

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