新たなる戦いの前兆
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大鰻釣り大会も盛況の内に終わり、収穫祭も終わりいよいよ冬の訪れを迎える晩秋。
半ば強引に着いてきたノルトの王族バーゲンザイル公爵は、未だ客人としてネヴィル王国に滞在中である。
バーゲンザイルは、手紙にて何度も粘り強く君主シルヴァルドと交渉した結果、晴れてこの度正式に大使として認められた。
任期は翌年春まで。この報を届けたのは、ノルト王国南側の玄関口ともいえる要衝を預かるユプト子爵であった。
ユプトはアデルに会うと、跪きつつも満面の笑みを浮かべながら、何度も何度も礼を述べた。
それもそのはず、今ユプト子爵領はネヴィル王国と同じく、空前の好景気に包まれていたのだ。
しかもネヴィル、エフト、ノルトの三国同盟がなったことで、南方エフトに対する備えを大きく削減することができ、その分余った兵を開墾や治安維持へと回せたのが何よりも大きかった。
また、商業の方もネヴィル同様濡れ手に粟状態。三国間交易で必ず通る交通の要地であるため、黙っていても金が入ってくる。
自然、ユプトはアデルに好意以上の感情を抱くに至った。
「ユプト卿、貴公と余の仲。堅苦しい挨拶は抜きだ。まずはバーゲンザイル公の正式なる大使就任、誠に目出度く、かつ頼もしく思う次第である。だが、その顔を見る限り要件はそれだけではあるまい?」
ユプトは再度アデルに謝意を示した後、その顔から笑みを消した。
それを見た玉座の間に控える諸将らは、皆一様に緊張の面持ちを見せる。
ただ、王であるアデル、そして王弟であるカインとトーヤの三人だけは普段通り、泰然自若としていた。
そんなアデルを見てユプトの感情は、好意から畏敬へとスライドする。
「はっ、この度我が国が掴んだ情報では、来春にガドモア王国に動きがあるらしく…………不逞にも我が国の境を犯そうと企んでいる次第でありまして…………」
「そうか…………先の戦いが呼び水となってしまったかな? 勝ちはしたが、手痛い損害を与えるまでにはいかなかったからな。手負いとなったことで、彼らの銅貨一枚の価値もないちっぽけな誇りを刺激してしまったようだ。しかしさすがだな。情報の出どころは、ガドモアの商人たちであろう? 物資の売買から、おおよその動員兵力と貴族がわかるはずだが…………」
恐れ入ったとユプトのこめかみに汗が流れる。
一体この目の前にいる若き少年王は、我が国のことをどれほどまでに知り尽くしているのだろうかと恐怖すら覚えた。
そんなユプトの思考を見透かしたかのようにアデルは笑った。
「はっはっは、別に驚くことはなかろう。余は昨冬の間、ずっとノルトにいたのだぞ? まぁ自分ばかりがノルトのことを理解しているのは公平ではないからこそ、バーゲンザイル公に滞在して貰っているのだがな。して、ガドモアは中央軍が出張って来るのか?」
ユプトは顔を上げられない。自分の考えの全てを見通されているという錯覚にすら陥っていた。
「ちゅ、中央軍からはおよそ一万ほどが…………中核となるのは、北部辺境の諸侯らであるのは間違い御座いませぬ。合わせて三万ないし四万ほどかと。今冬の内にはさらに詳しいことがわかりましょう」
「北侯が動くか」
「はっ、どうやら前回の戦で、北侯が兵を出すのが遅すぎたことが問題視されているようで…………それが敗北の大きな原因の一つであると。しかしながら北侯といたしましては、自分が兵を出すのはティガブル城を落としてからというのが、当初の予定であったと弁明しておりまして……」
「まぁ北侯としては、くだらぬ戦に付き合う気は毛頭無かっただろうしな。仮にティガブル城を陥落させてノルトの侵攻の橋頭保にするとしても、それを維持するのは難しいことは明白であった。北侯は兵の動かし方が緩慢であると世間では酷評されているが、実はそうではない。彼の戦略と戦術はある一点に集約されているのだ。それは、自家及び北部辺境諸侯の損害をいかに少なくするかという一点のみにな」
ここで若き王の後見である先々代の王ジェラルドが、口を開く。
「まぁ北侯の気持ちもわからんでもない。何せ勝ったところで所領が増えるわけでもなし。手柄は全て中央貴族が掻っ攫っていくからの」
「ですな。当家も幾度手柄を横取りされたことか…………今思い返しても腸が煮えくり返る。ガドモアの中央は、辺境の諸侯やその麾下の将兵らは使い捨てと考えているのだ。自分たちは絶対的な上位者であり、使い潰して当然であると…………こちらとしてはたまったものではない。過去ノルトに対する北伐は四たび行われたが、どれも成功しえなかったのは辺境諸侯の酷使による反感による怠業によるところが大きい。実際のところ当時の我が家も、他人に非難されない程度の武功を上げたら、後は一貫して無駄な戦いを避け続けてきたからな」
大将軍であるギルバートの言葉の節々には、ガドモアの惨い仕打ちに対する恨みつらみが込められていた。
「勝っても恩賞が与えられんとあっては、兵たちもやる気なんぞ出んわ。あれは失敗して当然じゃて」
此度も北侯が主力では上手くはいかぬよと、ジェラルドが笑う。
諸将も釣られてそれぞれ苦笑を漏らした。
「これまでの北侯の戦いぶりから見ると、今回も基本的には睨み合いと小競り合いで、両軍の兵糧が尽き次第一時的な講和で撤収といったところですかね?」
アデルの問いにジェラルドとギルバートは、そんなところだろうと頷く。
「そうか…………そうか…………ならば…………」
アデルは一人思案する。皆の注目はアデルに注がれていたが、思案していたのはアデルだけではない。
カインとトーヤもまた兄と同じく思案に暮れていた。
「考えていた予定よりも大分早いがやるべきだろうか?」
アデルの問いかけは二人の弟たちに向けたものであった。
「確かに予定を大幅に繰り上げることになるが、千載一遇の機会であるともいえる。ここはやるべきだろう」
「もう少しばかり地固めをしておきたいところだけど、カインの言う通りこんな好機はもう二度と無いかも知れない。元々北侯とガドモアとの間には、埋めることのできない深い溝があることだし、成功する公算は大きい」
二人の弟の後押しを得てアデルは決断を下した。
「よし、腹は決まった! ユプト卿、お手数をお掛けするが至急、シルヴァルド王とスイル王に書簡をお届け願いたい。くれぐれもその内容が外に漏れないようお願いする」
アデルは、翌日二通の書簡をユプトに預けた。
ユプトは弾かれるようにネヴィル王国を後にした。
それを見届けた後、アデルは主なる諸将を招集した。
「さて諸君、これからがいよいよ本番である。では、本格的にこの半島を手にする戦いを始めるとしようか」
王城の代わりともいえる都庁の作戦室に集められた諸将は、アデルが提示した作戦を聞いてこれまでにないほどの衝撃を受けた。
「こ、これは…………果たして、か、可能でありましょうか?」
歴戦の古強者で筆頭家臣ともいえるダグラス伯爵が、かろうじて声を出すことに成功する。
他の者は声もなく、戦場でも掻いたことのない冷たい汗に全身を覆われ、その身を震わせていた。
「可能だ。というよりも、我が国が大きく飛躍するにはこれしかない。長き人生に於いて、一度や二度は一か八かの勝負をしなくてはならない時というものがある。もっとも、俺のような餓鬼がほざいても冗談にすら聞こえないだろうがな。では具体的にこの作戦を説明しよう。おっと、いけない……作戦名をまだ決めてなかったな。作戦名は、そう……電撃戦である!」
この時代、電気というものを殆どの者が認識していない。精々が雷を見たことがある程度で、雷を電気と知る者も殆どいない。
ゆえに電撃戦と言われても、作戦名自体でその内容を察することは出来なかった。
だが、防諜という面でもそれで良いのである。
机の上に敷かれた半島の地図の上に、各国の軍の駒を置き、それを動かしつつ作戦の概要を説明する。
この間、歴戦の戦士たちの口からは声一つ出なかった。
皆が皆、前代未聞な動きに圧倒されていたのである。
だがしかし、これを誰も机上の空論だとは思わなかった。
なぜならば、それぞれの動きには根拠があり、個々の一面を切り取っても成功を疑う余地が無かったのである。
励ましのお言葉、大変感謝です!
コロナ感染未だ衰えず…………しっかり対策して無事に新年を迎えましょう!




