三人の姫への贈り物
更新遅くなりまして申し訳ありませんでした。
実は持病の喘息から変な言い方ですが、今流行りのコロナではない普通の肺炎に掛かりまして、少しの間入院生活を余儀なくされておりました。
現在はというと、体力こそまだ完全とはいえませんが、どうにか日常生活に戻ることが出来ました。
改めて更新が滞ったことについて、深くお詫び申し上げます。
アデルの勤労ぶりは、部下から苦言が来るほどであったがその仕事ぶりは、一言でいうならばそつがなくまめである。
アデルが帰国して直に政務を執るようになってまず最初にしたことは、先のティガブル城を巡る戦い……後世において俗にティガブルの戦いと呼ばれる戦で、アデルに情報面で協力したアグという寒村に情報提供料として、岩塩を詰め込んだ塩樽多数を送ったことである。
この行動に対して多くの者が首を捻ったが、これに対しアデルは、
「所謂、情報提供料ってところさ。援軍といっても所詮我々は異国人。今後も地元民の協力を得るためには、こういったわかり易い利を示してやる必要がある。さすればノルトの民たちも今後は進んで我々に協力してくれるだろう」
と、疑念を抱く部下たちを諭した。
利、という面を重視するあたりは、さすが商人の孫というべきだろうか。
それとも人格形成に多大なる影響を与え続けている、前世の記憶によるものなのか。
それはアデルたち三兄弟にはわからないが、本人たちにしてみればそんな些細なことはどうでもよかった。
次いでアデルが取り掛かったのは、工業の奨励であった。
ネヴィルの今の輸出の主力商品は、健康食品としても売り込みつつある豆類、実や油、そして食器や家具としてまでありとあらゆる物へと加工されるオリーブ、そして金の卵ともいうべき岩塩である。
豆類は単価が安く、また耕作面積も盆地のため限られており、このまま現在のコールス盆地が開拓されつくせば伸びしろは少ないと言える。
オリーブも同じ。岩塩においても、今後海に面した土地をノルトやエフトが手に入れた途端、その価値は暴落する。
今のように濡れ手に粟のぼろ儲けとは行かなくだろう。
この先行き詰まることがわかっているのならば、それに先んじて新たなる主力輸出商品を開発、生産せねばならない。
現在国が力を入れて取り掛かっているのが白磁の陶器類であるが、これは主に周囲を囲む山々の斜面を利用した登り窯において生産されている。
が、利用できる斜面にも限りがあり一気に大量に生産とまでには至っていない。
なので今後の主力輸出商品とするには、些かの心もとなさが付きまとう。
なので早急に現在のネヴィル王国でも簡単に製造でき、かつ制作面においても安価であり、土地も手間もかからない工業品の開発が急務であった。
これに答えを出したのは、意外にも三兄弟の中では一番武の側面が強いカインであった。
「やはりここは、このネヴィルの地で産出するオパールを用いた装飾品の類が良いのでは?」
そう言って幾つかのアイデアを提示した中に、カチューシャがあった。
カチューシャとは、主に女性が頭に着けるヘアバンドの一種である。
プラスチックや金属、木を用いて作られるそれは、安価かつ大量生産に向いており、また実用面においても極めて高いと言えよう。
プラスチックは無いので、金属や木を用いて作られたカチューシャにオパールなどを付けて付加価値を付ければ、庶民のみならず王侯貴族にも売り込むことが出来るだろう。
こうして一つアイデアが出れば、次から次へとポンポンと出てくるものである。
「カチューシャはいいね! それじゃさ、簪なんかもいけるんじゃない? 金や銀で作れば富裕層にも売り込むことが出来るよ」
このトーヤのアイデアも目出度く採用となった。
カチューシャも簪も、特殊な地形を必要とはせず、かつ構造もそれ自体は簡素で大量生産に向く。
また装飾などで付加価値も付けやすいとくれば、採用しない手は無い。
早速アデルは、この二人のアイデアを祖父である大臣のロスコの元へと持って行った。
この話を聞いたロスコはというと、ほぼ二つ返事で承認したという。
ロスコの元商人としての勘や経験、そしてセンスがこれは売れると確信したのだろう。
こうなれば後は突き進むのみである。そして次なる課題はというと、これをどうやって世に宣伝するのかという点であったが、これはアデルがいとも簡単に解決させた。
「カイン、お前さ…………婚約者のサリーマにカチューシャ贈れよ…………あのお転婆が喜ぶかどうかははなはだ疑問が残るが、まさかいくらお転婆だからといって馬や剣を贈るわけにはいかないだろう?」
突然のことで、え? と戸惑うカイン。
これにトーヤがすかさず茶々を入れる。
「いやいや、意外とそっちの方が喜ぶかもよ? それにいくら贈っても身に着けてくれなきゃ宣伝にはならないぜ?」
「だからさ、カチューシャをお転婆サリーマに贈るんだよ。あれならば髪を抑えるのが楽だし、活動的なサリーマならばきっと愛用するに違いないだろう?」
こうアデルが言うと、カインもトーヤもそういえばそうかも知れないと納得した。
「俺はヒルダに簪を贈ろうと思う。ノルトへの広告はこれで決まり。国内向けの宣伝としては、妹のサリーや母上にお願いしようと思う」
意中の男性からの贈り物が、単なる宣伝のためだと知ったらどれほど彼女らが落胆するか。
恋愛よりも国造りに燃える少年たちに、色恋についての配慮まで求めるのは酷なのかも知れない。
ただ、動機が無粋であることは承知しているため、せめて贈り物にはひと手間もふた手間もかけた物を贈ろうと思っていたことが救いか。
こうして、簪はノルトの姫ヒルデガルドへ、カチューシャはカインの婚約者であるエフトの姫サリーマへ、そして母であるクラリッサに簪、妹のサリエッタにはカチューシャが贈られることとなった。
まず贈ってみた反応だが、母クラリッサと妹サリエッタの反応は悪くはない。
だがこの二人は贅沢に慣れておらず、装飾品としてよりも普段使いの実用品として簪とカチューシャを求めた。
このため、カインはサリーマに装飾を施した物と実用品の簡素なカチューシャの二通りを用意して贈った。
カチューシャを贈られたサリーマだが、活動的な彼女がどちらを好んで用いたのかは言うまでもない。
返事の手紙にも髪を纏めるのが楽でいいと書かれており、カインは更に装飾を控えめにしつつも一国の姫としての尊厳を損なわぬような、普段使いも出来る品を数点贈ったという。
一方、簪を贈られたヒルデガルドはというと、これはもう飛び上がらんばかりの喜びようであったという。
どうも彼女は、昨冬長くアデルと接しているうちに芽生えた恋心が、いざアデルが帰国した途端に急速に大きくなったようである。
それもそのはず、ヒルデガルドの好みはというとまず身近に優秀すぎるほどの兄、カール・シルヴァルドが居たためそのハードルは高すぎるほどに高かったのだが、この兄に匹敵するほどの男性…………それもほぼ同い年の少年がいきなり目の前に現れたのだ。
このインパクトと、多大な武功を上げているにも関わらず、些かもそれを自慢することがない謙虚さや、飾らぬ姿がこの時代においては特異であり、そこが転じて大いなる魅力と感じたようである。
アデルはここでも、前世である日本人らしいまめさと配慮を施した。
贈られた簪は金製の物と銀製の物があった。金製の物は勿論ヒルデガルドの物。
これには装飾としてオパールが用いられている。
一方銀製の物はというと、これは装飾が施されているが金製の物と比べると若干簡素であり、装飾には水晶が用いられていた。
この銀製の方は、ヒルデガルド御付きの侍女たちへの贈り物であった。
新興国であるネヴィルやエフトと違い、由緒ある歴としたノルトの姫ともなれば、多数の侍女を従える身分である。
そしてその侍女たちも、身分確かな者たちであり、大多数は貴族の子女たちであった。
アデルとしてはヒルデガルドの関心は勿論のこと、彼女たち侍女の関心を得るのも悪くはなかった。
彼女らも貴族の子女であるならば、立派な広告塔になると踏んでいたのだ。
アデルの思惑は兎も角として、この細やかな配慮に感心かつ喜んだのはヒルデガルドである。
また簪を贈られた侍女たちも悪い気はせず、南方の若き黒狼王を口々に褒めそやした。
また、文化としてもこれよりのち簪とカチューシャは、大きな意味を持つに至った。
今まで以上に多彩な髪形が出来るようになり、世の女性たちがこの二つに飛びつき、爆発的な流行を見せるに至ったのだ。
簪、カチューシャ共に簡素でコピーされやすい物ではあるが、発祥の地であるということと、次々と三兄弟らから生み出される多彩な装飾や、いち早いブランド化によってネヴィルに莫大な富をもたらす結果となるのであった。
いやー、こんなご時世だけあってコロナ警戒のために個室で面会謝絶。
ものすんごい暇だったんだけど、息苦しく身動き出来ないんで告知も何も出来ない、する気力がなかったのはどうか勘弁してほしい。
今さらにコロナに罹ったら確実に死ぬなと考えたら、一瞬もすべての事がどうでもよくなったりもしましたが、何とか無事生還できました。
今回は梃入れ回。戦争にはお金が掛かるということで、どうにかお金を稼がねばというお話。
次はきな臭い話の予定。




