勤労
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久しぶりの家族団欒を楽しんだアデルは、再び仕事の鬼と化した。
都庁にある国王の執務室はお世辞にも広いとはいえない。
華美を嫌うアデルは、最低限の調度品を置いた殺風景気味な部屋で、独り黙々と羽ペンを片手に各種書類に目を通し続けた。
三国間の交易によりネヴィルの国庫も潤い、贅沢品だった蝋燭も普段使い出来るようになったことで、夜遅くまで精力的に仕事に勤しむアデルを、群臣たちは一様に心配するのであった。
そしてついに尚書のジョアンが見かねて、苦言を呈した。
「陛下、陛下! 如何に仕事が溜まっているとはいえ、根を詰め過ぎでございます。毎日毎日朝早くから、夜遅くまで、少しはご自身の御年齢をお考えくださいませ。それにここ最近、ほとんど御休息を取られておりません。五日ごとに一日休養日を設けると法で定めたのは、外ならぬ陛下に御座います。たとえ陛下と雖も、国法は守っていただきませぬと下々に示しがつかず、法そのものが軽視されてしまう恐れが御座います」
ジョアンの言う通り、五日ごとに一日休養するようにと法で定めたのは、他ならぬアデルである。
アデルはもう少しで一段落つくのだが、と独りごちるが渋々ながらも羽ペンを置いた。
「わかった。すまない。忠言に感謝する。確かに法を定めし者が法を破ったのでは、示しがつかないもんな。確かにここの所この部屋に籠りきりだったな。明日は気分転換も兼ねて、視察に向かうとしよう」
仕事馬鹿となったアデルに付ける薬はなかった。
やれやれと、やや諦め顔で肩を落とし首を横に振るジョアン。
それでも少しでも気晴らしになるのならばと、執務室を後にしたジョアンは関係各所に視察の手配をするのであった。
翌日、まずアデルが視察に訪れたのは白狼公ことトーヤ主導で進められているマッシュルームの人工栽培であった。
トーヤの案内で畝床を見たアデルは、想像よりも遥かに大きく育っているマッシュルームを見て驚く。
「で、でけぇ…………なぁ、トーヤこれ本当にマッシュルームなのか? 本当にこれ食えるのか?」
食えるのかとは失礼なと、トーヤは顔を顰めながら説明する。
「アデルが今朝飲んだスープの出汁はこのマッシュルームから取ったものだよ。それに大きく感じるのは、傘が開いているからさ。色が茶色いのは屋外で育てているから。屋内で育てれば、白いマッシュルームが出来るんだろうけど、まだ屋内での人工栽培は成功していない.とりあえずは屋外での栽培に力を注いで、安定した収穫を目指しているところなんだ」
「堆肥の確保は容易だ。このまま各街や村にマッシュルーム農家を増やしていこう。後々には余剰分を兵糧だけでなく、輸出にも回したい」
「それは遠くない未来に実現すると思うよ。このマッシュルームは、煮てよし焼いてよしの万能食材。更には乾燥させれば日持ちもする。国民たちから注目されている、今一番熱い食材なんだ」
「へぇ~、少し前まで馬糞茸とか呼ばれていたのになぁ…………」
それを聞いてトーヤは、チッチッチ、と人差し指を立てて揺らす。
「馬糞茸なんて過去の名前。今のコイツの名前は何と、白狼茸だ!」
馬糞茸だと名前で食欲が無くなるし、単に白狼公トーヤが推進しているからそう名付けられたのだろう。
だが、トーヤはマッシュルームに白狼茸という名前を付けられたことに対して、大変な名誉であると胸をそらして誇っていた。
「けどさ、こいつ白くないぞ……茶色いぜ? 言うならば茶狼茸じゃないか?」
そうアデルが茶化すと、トーヤはむきになって反論した。
「白狼茸でいいんだよ! 見てろよ、今に屋内栽培で真っ白な正真正銘の白狼茸を作って見せるからな!」
期待しないで待ってるよ、とアデルはその場にトーヤを残して、マッシュルーム畑を後にした。
次いで向かったのは、兵器廟。
多種多様な木材の香りと鉄の匂い、そして僅かに埃と黴の匂いが立ち込める倉庫のような建物。
周囲を厳重に警備兵に守らせている軍事施設の一つであるこの兵器廟では、とある作戦のための秘密兵器が作られていた。
アデルが兵器廟に入ると、赤狼公カインが中で待っていた。
「よう、アデル。待っていたぜ……これを見てくれよ。結構いい出来だと思うぜ」
そう言ってカインが手で示した先には重厚な馬車がいくつも並んでいた。
「おお、結構数が揃ってきたな。並んでいるだけで中々に威圧的な感じがする」
アデルとカインが誇らしげに眺めるそれは、ウォーワゴンと呼ばれる戦争用の馬車である。
地球では紀元前より、洋の東西を問わず用いられてきた兵器である。
「今現在、急ピッチで作らせている。来春には目標数に達するだろう」
「順調のようで安心した。筏の方はどうだ?」
「トーヤが書いた図面を職人たちに見せたところ、何の問題も無いそうだ」
「そうか。いつ必要になるかはまだ定かではないが、用意しておくに越したことはない」
アデルの言葉にカインも頷く。
「で、兵と道は借りられそうか?」
どうだろうと、カインの問いをアデルははぐらかせながら、目で合図を送った。
カインはすぐにそれに気づき、以降沈黙を保った。
兵器廟内には、多数の職人たちが働いている。このウォーワゴンを用いるであろう作戦は、秘中の秘。
現時点ではアデル、カイン、トーヤの三人のみがその全貌を知る。
「また後でな。トーヤも一緒に。帰ってきてからも色々とバタバタして、ゆっくり話す時間も無かった」
「わかった。すまない。迂闊だった。また後で…………」
働く職人たちに労いの言葉とささやかな差し入れをしたアデルは、気分転換の視察を終え帰路についた。
その晩、久方ぶりに三人は自宅の子供部屋へと集まった。
この部屋は三人がそれぞれに邸宅を構えた今としては、子供部屋としては使われていない。
小さくなったベッドは処分し、代わりにソファーベッドやテーブルが置かれ、三人が人目を気にせずにリラックスできる部屋として用いられている。
「で、昼の続きなんだが、兵は借りられそうか?」
ソファーベッドにだらしなく横たわりながら、そう切り出したのは赤狼公ことカイン。
そのあまりの力の抜けっぷりには、赤狼のせの字も見当たらない。
「ん~、カールだけならば、利を説けばすぐにでも借りれそうなんだが…………」
間延びした返事を返すのは、カインとは別のソファーに倒れ込むように、うつぶせで突っ伏しているアデル。
「西侯も全くの馬鹿じゃなかった。崖道の出口に砦を築いてこちらを封じ込めてきた。これを打ち破るのは至難の業。崖道ルートで東に進軍するのは、はっきり言って無理だ」
そう言うトーヤは椅子に反対向きで座り、背もたれに両腕とさらにその上に頭を乗せていた。
「あと大なり小なり一回か二回、敵に勝っておきたいところだな。ガドモアに対し、今回の勝利で実質三度の勝利をもぎ取ったわけだが、三度までならまぐれだと思っている者も多いだろう」
「まぐれは四たび続かない。つまりもう一度勝って、アデルの武略は本物だと知らしめる必要があるな」
「そうすれば借りた兵たちも、素直に命令を聞いてくれるだろうしな」
話し合う三人の姿勢は変わらない。だらけたままである。
しかしながら話している内容はというと、全くの真逆。余人が見れば信じられないだろうが、これがこの国の最高秘密会議なのである。
「さて、そろそろ蝋燭を消そうか。夜遅くまで起きていることがバレると、またジョアンに叱られるからな」
よっこいしょと、アデルは立ち上がると、テーブルの上の燭台に立つ蝋燭の火を息を吹きかけて消した。
だが三人の最高秘密会議はこれで終わりではない。真っ暗闇となった部屋の中で、三人ともに睡魔に襲われるまで続けられたのであった。
もう少しだけ溜め回。
そのあと少しだけ時間を進めます。




