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ジャム

感想、評価、ブックマークありがとうございます。

更新遅くなり申し訳ありません。持病の喘息で、体調を崩しておりました。

季節の変わり目になると、どうしても発作が出てしまいます。


 

 だが、帰国したアデルはすぐには自宅へと戻らなかった。

 まず最初に王都トキオに着くと都庁へと行き、第二代国王であるダレンの正式な葬儀を行うことを宣言した。

 仮葬儀で埋められた墓は急いで掘り返えされ、空の棺に納められていた遺髪と折れた宝剣は取り出すよう命じられた。

 その間アデルは溜まっていた政務に努めた。

 そして本葬儀が行われた。

 同盟国の参列者として、エフト王国からはダレンと親交の厚かったダムザが、そしてノルト王国からはアデルに同行してきたノルトの王族であるバーゲンザイルが葬儀に立ち会い、死者の冥福を祈った。

 アデルは葬儀の後、全国民に三日間の喪に服すよう命じた。

 これによりネヴィル王国の全土に、朝晩と弔意の鐘の音が鳴り響いた。

 こうして先王ダレンの葬儀を終えたことで、アデルは名実ともにネヴィルの国王となったのである。

 御年十三歳の少年王の誕生である。


 一通り溜まっていた政務を片付けたアデルが我が家へと戻ったのは、帰国してから二週間ほど経った後であった。


 ただいま戻りましたと声を上げて門扉を潜ると、元貴族の家としてはたいして広くもない玄関前に、家族はもとより、使用人たちまでもが並んで帰ってきたアデルを出迎えた。


「おかえりなさい。あら? 少し見ない間にまた背が大きく伸びたのね」


 そう言って微笑みながらわずかに背伸びしてアデルを抱きしめるクラリッサ。

 温かくやわらかな母のぬくもりを肌に感じたアデルは、その胸の中でもう一度、ただいまを言う。

 母の抱擁から解き放たれたアデルの耳に、勢いのある元気な少女の声が飛び込んできた。


「ア~~~にぃ!」


 アデルが声のする方へと振り向くとほぼ同時に、鳩尾に衝撃がはしる。


「ぶふぅ」


 と、思わず体をくの字に曲げ、苦悶の表情を浮かべるアデル。

 それを見たカインとトーヤは、手を叩き、腹をさすって笑い転げる。


「どうだ? アデル。サリーロケットを喰らった気分は?」


 うう、と呻きながらも、抱き着いてきた妹の頭を撫でるアデルを見ながら、カインは笑う。


「サリーも大きくなっただろう? アデルが出征する前よりずっと」


 とのトーヤの言に、アデルは確かにと頷く。

 そしてサリーことサリエッタをアデルは持ち上げて抱っこする。


「おお、大きくなったなサリー。学校でちゃんと勉強してるか? 友達は出来たか?」


 物心が付く前に父親であるダレンは戦死しているので、サリエッタは父親を知らないに等しい。

 そんなサリエッタにとって、若いながらも家長であるアデルは、兄でありながら父でもあった。

 サリエッタは兄であるカインやトーヤにも甘えるが、アデルに対しては一際甘えん坊になる。

 そしてアデルも、父を知らぬサリエッタに対する憐みもあるからか兄として、そして父親代わりとして溺愛していた。


「えとね、えとね~、がっこうは行ってるよ。いま、さんじゅつの…………え~と、何だっけ? ああ、そうだ! 九九というのを教えてもらったの。友達はね~、エミリーでしょ、アンでしょ、それからえ~と…………」


「もう九九を習っているのか! そうか、サリーももう七歳だもんな。友達もいっぱい出来たみたいで良かった。そうだ! サリーにお土産がいっぱいあるんだ。さぁ、中へ入ろう」


 お土産と聞いて、パッチリと開いた目をキラキラと輝かせるサリエッタ。

 アデルが促す前に、サリエッタは家の中へと駆け込んだ。


「皆も出迎え御苦労! また世話になるがよろしく頼む」


 と、アデルが言うと使用人たちは声を揃えて、お帰りなさいませと深々と頭を下げた。


「ア~にぃ、早く、早くぅ」


 待ちきれないのか、玄関からサリエッタの顔がぴょこぴょこと出たり入ったりを繰り返している。


「わかったわかった。そう急かすな。今行くから」


 苦笑するアデル。そんな兄弟を見て、クラリッサやカイン、トーヤの家族は勿論、使用人たちの顔にも笑みがこぼれる。

 家に入ったアデルは、鼻の穴を広げて大きく息を吸い込んだ。

 古めかしい木造建築物の匂いが肺の中を満たすと、これまで張りつめていた心身の力が一気に抜けたような気がした。

 急かすサリエッタに食堂で待つように言うと、アデルは亡き父の書斎へと向かった。

 書斎は掃除は行き届いているが、ダレンが亡くなってより室内の時は止まったままであった。


「父上、ただいま戻りました」


 アデルはそう言うと、二本のワインの瓶を机の上に置いた。

 一本はエフト産でもう一本はノルト産のワインであった。


「今回も運に恵まれ、どうにか勝つことが出来ました」


 二本のワインと戦勝報告。これが亡き父に対するアデルの土産であった。

 短い黙禱を捧げたあと、アデルは書斎を後にした。

 食堂に行くと、長く待たされたサリエッタが頬を膨らませていた。


「待たせたね。ほら、これがお土産だ。ノルトの木苺のジャムだ。指で少しだけ掬って食べてごらん」


 カインに小瓶の蓋を開けてもらったサリエッタは、そっとジャムを指先で掬った。

 そして指に付いたジャムをしげしげと見つめた後、目を瞑りながら恐る恐る指を口の中へ運んだ。

 次の瞬間、サリエッタの目はこれまでにないほど大きく見開かれていた。


「はうわ~」


 と、意味不明な声を上げ驚くサリエッタを見て、アデルは口を大きく開けて笑った。

 生まれて初めてジャムを食べたサリエッタの衝撃は凄まじく、今まで体験したことのない甘さに、全身が硬直している。


「どれどれ~、ほぅ、丁度いい甘酸っぱさだな」


「うん、美味しい」


「あら、あらあら、本当! これは絶品ね! 私にはこのお土産は無いのかしら?」


 カイン、トーヤ、そしてクラリッサと次々にジャムを掬って舐めるのを見たサリーは、慌てて瓶を抱え込んだ。


「や~の、や~の! これはサリーの!」


「ごめんごめん。なぁアデル、俺たちの分もあるんだろ?」


 カインは謝りつつも、ジャムの催促をした。


「ああ、あるよ。勿論。使用人たちの分もあるから、後で配っておいてよ」


 やった! と喜ぶカインとトーヤ。

 だが一番喜んだのは、クラリッサであった。


「まぁ女の人は甘いものが好きと相場は決まっているからね。そうだトーヤ、無花果はどうなっている?」


 アデルが問う無花果とは、数年前にネヴィルの新たな特産品かつ、干し無花果として兵糧や非常食とすべく買って植えた無花果の苗のことである。


「それならば種から大量に増やして、各村や各家のあちこちに植えられているけど…………」


「そうか。ならば、砂糖は輸入するとしてその無花果を使ってジャムを作れないかな?」


「いいね、それ! 果物を変えれば商品として大いに成り立つってことか…………アデルがそう言うってことは、ノルトに無花果は無いんだな?」


「ああ、滞在中に見たことは無かった。もしかしたらあるかも知れないけど、これは要調査だな」


 盛り上がるアデルとトーヤ。それに待ったを掛けたのはカインであった。


「なぁ、わざわざ高価な砂糖を輸入する必要は無いんじゃないか?」


「何言ってるんだよ。砂糖が無けりゃジャムが作れないじゃないか」


 トーヤが反論すると、カインはチッチッと人差し指を立てて揺らした。


「あるんだよそれが…………なんで俺たち今まで気が付かなかったんだろうな。砂糖の代わりに、蜂蜜を使うのさ」


 あっ、とアデルとトーヤは声を上げた。


「蜂蜜ジャムか! 盲点だった…………養蜂の方は怖いくらい上手くいってるし、少しならジャムに回すことも出来そうだ」


 こうしてネヴィルの特産品の一つに無花果の蜂蜜ジャムが新たに加わることとなる。

 話が一段落した三人は、つい話に熱中するあまり放っておきっぱなしだったサリエッタを見て、一瞬唖然とする。

 何と、サリエッタの手にあるジャムの瓶は既に空になっていたのである。


「全部食うとはなぁ…………」


「いくら甘いもの好きとはいえ、気持ち悪くならないのかな?」


「こりゃジャムを普及させる前に、朝晩の歯磨きの習慣を徹底させないといかんなぁ…………」


 そして今度は深いため息をついた。

 いつの間に持ってきたのか、母クラリッサが銀のスプーンで美味しそうに頬を緩ませながらジャムを掬い舐めているのを見たのである。

 クラリッサの手にあるジャムの瓶もまた、空寸前であった。


「こりゃ参った。この親にしてこの子ありってことか…………それはさておき、朝晩の歯磨きの習慣が根付くまで、ジャムの生産は待った方がよさそうだな」



 



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