エフト王
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未だコロナの脅威薄れず、そのため中々時間が作れずに、更新頻度が下がってしまい大変申し訳なく思っております。
薄く秋の香りを含んだ風が、二人の若き王の髪を撫でるように吹く。
やぁ、と片手を上げて親し気な微笑みを浮かべるのは、エフト王国第二代国王であるスイル。
これに同じように軽く手を上げて応えるのは、ネヴィル王国第三代目国王となる予定のアデル。
なぜアデルが第三代国王になる予定なのかというと、すでに故人ではあるが、国に戻り次第アデルの父であるダレンは第二代国王となるからである。
アデルにとって年長のスイルは、幼馴染であり、友であり、頼れる兄貴分でもある。
「その馬はあの時の?」
「ああ、ダレン殿に頂いた馬だ」
やっぱりね、とアデルが言う。スイルがこの駿馬をダレンから贈られた時は、アデルのみならず、カインやトーヤも大層羨んだものだ。
自分たちにも馬を、と連日父の書斎に押し掛けたが、頂戴したのは馬ではなく拳骨であった。
何もかもが懐かしい。あの幸せだった頃に戻れたら……と、アデルの目が潤み始める。
スイルは優しく生真面目な男である。幼馴染として、そして友として馴れ合う前に、国主としての挨拶をする。
「…………ダレン殿のこと…………改めてお悔やみ申す。ダレン殿は我がエフトを救ってくだされた恩人。俺にとってはもう一人の父だと思っている」
スイルはそう言うと、悲し気にうつむいて目を伏せた。
これに対しアデルも、
「そのお言葉と、大事になされているその馬を見れば、亡き父もさぞ喜ぶことでしょう。王であるスイル殿自らのお出迎え、心痛み入る限り。感謝の言葉もありません」
と言い、頭を下げた。
そしてどちらともなく自然に二人は頭を上げる。
「王都、やっぱり交易の中継地点に決めたんだな」
アデルが遠くに薄っすらと姿を見せる建設中の街並みを見つつ言うと、
「ああ、アデル達の助言通りにな。確かにここなら、交易の状況も直に見れるし、何と言っても危急の際には北にも南にも飛んで行けるからな」
と、スイルは白い歯を見せて笑った。
それを見たアデルは、実に気持ちの良い笑顔だ、と思った。
スイルには裏が無い。あるのは誠実な表だけ。
これは国王としてどうなのか? とも思ったが、今ではこれが、これこそが彼の魅力であると得心している。
だがそんなスイルにも苦悩はある。二人は馬上で余人を近づけさせず、ゆるゆると建設中の王都ムスペルヘイムに向かいながら、互いの近況と今後の情勢を語った。
「アデル……恥ずかしい話なのだが、今我がエフトは亀裂が生じ始めている。山枯れの時のことを覚えているか? あの時我がエフトは生き残りを賭けて部族を二つに割った。片方はこの地に残り、生き残る術を探した。もう片方はというと、新天地を目指して北西を目指した。だが、新天地を目指した彼らは、大国フランジェの地を犯し、敗れた」
「うん、覚えている。確か、敗れた者たちの多くはまたこの地に戻ってきたんだよな?」
「ああ、我らも苦しかったが、負けて戻ってきた彼らの姿を見ればそれはもう哀れで仕方がなく、自然と手を差し伸べていた。いよいよ切羽詰まってこのままでは、というときにダレン殿が手を差し伸べてくれたのだ。そのおかげで我々は生き延びることが出来たのだが…………ここにきて色々と不平を鳴らす輩が現れ始めた」
「不平? まぁ、どんな立派な王だろうが、人々の口からは不平不満が出るものだよ。あまり気に病む必要はないだろうさ」
それが…………、とスイルは口ごもった。
それは普段の颯爽としたスイルの姿とは、あまりにもかけ離れていて、それを見たアデルはもはやいつものように、軽口で済ませられる段階ではないと悟った。
「これは我が国の恥だが、ことアデルには隠さずにおきたい。その不平を鳴らしている輩はほぼ全て、この地を一度棄てた者たちなのだ。我らが中つ原を追われてこの地に根付き、幾年月を重ねたことか…………いわばこの地は我らエフトにとって、第二の故郷。それを簡単に棄てやがったくせに、残った我々に対してこともあろうに、何もせず楽をして成りあがったなどと!」
スイルの語尾は段々と荒々しくなり、最後には鞍上で拳を叩くに至った。
まぁ、落ち着けとアデルは宥めるも、即座に解決案を出せるような問題でもなさそうである。
「フランジェとの闘いで多くの者が散ったと聞く。今は世も大きく乱れ、その風にあてられて少々気が立っているだけさ」
こんな慰めにもならない言葉が何の役にも立たないことはアデルも十分に承知している。
だが、今は互いに国主なのだ。エフトの現状を知ったからと言って、気安く口を挟むことは出来ない。
迂闊にも内政干渉をすれば、逆にされる口実ともなりかねないのだ。
「だといいのだが…………一応の解決策として宰相位を二つに分け、片方をその不平派の中の穏健な者に与えた」
「それでいいと思うよ。完全な解決には時間が掛かるだろうが…………」
「ああ、彼らの口ぶりには多少腹は立つが、やっぱり何と言っても同じエフトの血が流れているのだ。争いたくはないさ」
そう言って、寂しげな笑みを浮かべるスイル。
その横顔を見たアデルの心が痛む。エフト王国を建国させ、スイルを王にしたのはアデルたち三兄弟なのだから…………。
馬を進める二人の前に、王都ムスペルムが段々と近づいてくる。
「城壁は設けないのか?」
つい先日までノルトに居たアデルとしては、城壁の無いムスペルムに違和感を禁じ得ない。
「ああ、だって必要無いだろう? 南にはネヴィル。そして北にはノルト。この二国という城壁があるのだから…………それに城壁云々と言ったのならば、お前のところのトキオにだって無いじゃないか」
「まぁ、そうだな。ネヴィルの場合は、山と峡谷が城壁と堀のようなものだからな。まぁ、ここもある意味似たようなものか」
「そうだよ。それにここまで敵に攻め込まれたとすれば、それはもう終わり…………だろ?」
その通りだ、とアデルは頷いた。
「俺たちの戦場は、国内には無い。常に外にある。そうだ! 一つ大きな情報がノルトから入ってきた。ガドモア王国の国王、エドマインが病に倒れたらしい」
それを聞いたスイルは本当か、と馬から身を乗り出した。
「そうか…………そうか。いよいよだな…………お前たちが言っていた、さらなる動乱の時代がやってくるのだな…………」
「まぁ、このままエドマインが死んでも順当に王太子が跡を継ぐだろうけど、この王太子も出来が悪く、さらには凶悪であるというもっぱらの噂だ。一波乱起きるかも知れないし、何も起きなければこちらから仕掛けて波乱を起こすのも面白い。すでに先だって我が国が独立し、建国をしたという一石は投じてみせた。これに続けとばかりに、次々と諸侯がガドモアに対して牙をむき始めるかも知れないな」
これには多分にアデルの願望も含まれている。
だが、王が変わることによって、諸侯らが何らかのリアクションを起こすことは確信している。
下手をすれば、大規模な内乱状態になるかも知れない。縦んばそのように上手く行かなくても、工作次第で燻りを大火にすれば良いのだとも考えている。
「…………アデル…………一つ頼みがあるのだが、聞いてくれるか?」
不意にスイルに、真剣な眼差しで見つめられたアデルはたじろいだ。
「何だよ? いきなり改まって…………俺に出来ることならいいけど…………」
「実は、今この場で語るのも滑稽極まりないのだが…………あくまでも将来、お互いに上手く行ったとしての話として聞いてもらいたい。我がエフトのそもそもの故地、つまりは中つ原の中央…………今のガドモアの王都周辺の地をもし制したのならば、我が国に譲って貰えないだろうか?」




