奇妙な同行者
途中ですが取り合えず投稿します。
近日中に残りを書き足します。
バーゲンザイル公は癇癪持ちである。
ノルト王国を去るアデルに、シルヴァルドはそう告げた。
要するに取り扱い注意ということであろう。
だがこの老人は、そんなシルヴァルドの言葉とは裏腹に実に理性的であり、同行中に一度たりともつむじを曲げたり、癇癪を起したりすることはなかった。
「儂は十五で初陣してからこれまでに、大小合わせて…………ん? いくつだったかのぅ…………ま、両手両足の指では数え切れんのは確かじゃ」
そう言って数本歯の抜け落ちた口を大きく開けて笑うバーゲンザイル。
彼はいつしかアデルの馬車へと同乗し、帰路へ着くアデルの話し相手になっていた。
アデルもまた、この老人の武功話や経験からくる戦訓などに興味津々であった。
自分に足りないのは経験である。その足りない部分を、他人の経験から少しでも汲み取り補いたいとするアデルの必死さが伝わったかは定かではないが、バーゲンザイルはよく喋った。
普段のバーゲンザイルを知る者がこの光景を見たならば、さぞ驚いたことだろう。
癇癪持ちで気難しい老人として知られているバーゲンザイルと、今の孫に接するような気さくな老人の、一体どちらが本当なのだろうかと。
この奇妙な同行者とアデルは、妙に馬が合った。
いや、馬が合いすぎたと言ってもよい。出会ってから数日後には少なくとも表面上は、まさに祖父と孫のような関係となっていたのだ。
「爺さん、こっからもまだまだ長旅になるけど、体の方は大丈夫?」
老人を労わるアデルの優しさに嬉し気に目を細めながらも、バーゲンザイルは胸を反らせた。
「なんの。馬鹿にするでないぞ坊主。最近の軟弱な奴らと一緒にするでないわい」
ならいいのだけど、とアデルはほほを緩ませると、バーゲンザイルもそれにつられて笑みをこぼす。
もし仮にこれをシルヴァルドが見ていたとしたら、口を大きく開けて驚いたことだろう。
「しかし何じゃな…………お前さん、よくウチと盟を交わしたのぅ。父親の仇を討とうとは思わなかったのかの?」
この一見無神経極まりない問いかけに、周囲の空気は一瞬にして凍り付いた。
それは決して他人が触れてはいけないと思われてきた、特に今この時に決してしてはいけない問いかけ。
その暗黙の禁忌を、平然と破った老人の目には、先ほどまでとは違った光が宿っていた。
試されている。バーゲンザイルの目を見たアデルは、ぶるりと背筋を震わせた。
そしてこの目の前にいる老人が単なる好奇の目ではなく、アデルという人間の品定めをしていると悟ったのだった。
「ありますよ。当然」
自分をにらみ返すようにしてアデルの口から出た言葉を受け、バーゲンザイルは目をすぅ、と細めた。
「当たり前でしょう? ただ…………誰を仇とするのか? と言われたのならば、私はカーライル卿ではなく、無謀で無益な出兵をしつつさらに、戦地に将兵を置き去りにして自分はいの一番に逃げ帰った、あの卑怯者でしょうね。私は、あいつが…………エドマインを許すことが出来ない…………絶対に…………」
深い悲しみと静かな怒りを秘めたアデルの瞳を見たバーゲンザイルは、納得したかのように何度も頷いた。
「そうか。じゃが一つ肝に銘じておくがよい。怒りや復讐心は、時として力にもなり得るが、それに飲み込まれてしまってはいかんぞ。坊主……お主は若くとも王なのだからな。王が王道から外れるということはじゃ…………要するに外道となるわけじゃよ」
「わかりました。御老人の教え……お言葉通り、しかと肝に銘じましょう」
余人のいない馬車の中で、大きく息を吐く二人。
アデルとバーゲンザイルは共に、先ほどまでの穏やかな空気を取り戻していた。
「なぜ私を試したのです?」
今度はアデルがストレートに切り込む。
それに対してバーゲンザイルは、一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにその表情を消して口元をほころばせた。
「いや、失敬。老い先短い老人の単なる戯れ…………とはいうても、無礼であった。許されよ」
バーゲンザイルがすんなりと頭を下げたが、アデルとしては今一つ釈然としない。
そんな単純な理由ではないことはわかるのだが、その真意となると皆目見当もつかないのである。
「いえ、こちらこそ。先ほどは負け戦の話をせがんでしまいましたし」
「しかし坊主も変わっておるのぅ。普通は勝ち戦の話を聞きたがるものじゃが…………」
「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし、と言います。敗北こそ教訓の宝庫だと私は考えておりますので…………」
この言葉はアデル自身の言葉ではない。甲子夜話の中の一節である。
ほぅ、とバーゲンザイルは目を見開いた。
「良い心掛けじゃ。じゃが、坊主の望む答えはそこには無かろうよ。なぜなら、儂の負けは全てわざとじゃからな」
「わざと負けたのですか?」
「そうじゃ。儂は武勲を立てすぎた。勝ち続けるうちに、この儂を王にすべきであると画策する者たちが現れ始めたのじゃ。儂としては冗談ではない。儂は王である兄を好いておったし、その治世に何ら不満はなかった。王位などこれっぽっちも望んではおらぬのに、周りが勝手に動き始めた」
「なるほど。それでわざと戦に負けてみせた、と」
「うむ。ま、出来る限り損害が出ぬよう細心の注意は払ったが、散っていった将兵らを思うと今でも心が痛む。じゃがの、こうでもせねば大規模な内戦状態に陥ったかも知れぬのじゃ。それからというもの、儂は国を思うがために人付き合いを避け、いまに至っているというわけじゃが…………」
アデルは納得した。人付き合いが嫌いで癇癪もちというのも、演技だったのだろうと。
そしてそれが単なる保身ではなく、国を思うがゆえのことだろうと。
「そんな隠居の爺さんがこうして動くということは、つまりノルトが何らかの危機的状況にあるということか」
そう言うアデルの目を見たバーゲンザイルは、言葉を失った。
その目がまるで、老獪ともいうべき光を有していたからだ。
「…………当ててみようか? それはずばり、後継者問題だろう? シルヴァルド王には御子がおられぬ。だとすれば、どこぞの家から養子をとるか、一族内の実力者を猶子にするか、といったところが順当なところだろう。後は、妹の婿に王位を譲るか…………」
バーゲンザイルは全身にびっしょりと汗をかいていた。
戦場から遠ざかって以来、久方ぶりにかく冷たい緊張の汗。
「俺なりに滞在中に色々と調べさせてもらった。暇はいくらでもあったのでね。まず最初の養子の件についてだが、どの家から迎え入れようと揉めるは必至。となれば猶子となるわけだが、一族内でそれなりの若い実力者となると数が絞られてくる。一番可能性が高いのは、いとこのスヴェルケルといったところかな?」
スヴェルケルの名が出た途端、バーゲンザイルは首を横に振った。
「あれは駄目じゃ。平時ならば兎も角、この乱れた世では到底国を保つことは出来まい。知っておるかの? あやつは復古主義者でもある。ノルトが精強であった古き良き時代を懐かしみ、制度を昔に戻そうと画策しておる、とんだ愚か者じゃて。そのようなことで国が強くなれるのであれば、カールがすでにやっておるだろうに。そんなことにすら気が付かぬようでは、な…………」
「だからこうして数日の間、俺を試したというわけだ。で、俺は爺さんの御眼鏡に適ったのかな?」
そう言いながら、にっこりと笑みを浮かべるアデル。
「…………坊主…………お主は化け物じゃな。人の姿こそしてはおるが、どう見ても年相応ではない。つまりは妖や悪魔の類に違いないわい。お主の目的は一体何なのじゃ」
「俺の目的? 俺のではなく、俺たちの目的はただ一つ。生き残り、覇を唱え、この乱れた世を正す。ただそれだけだ」
連休なんて無かった。お盆休みも無くなった。
休みが欲しい。とにかく自由な時間が欲しいです。
でも今の時期、仕事があるだけマシだとも思ってもいます。




