悲しき凱旋
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更新が遅くなり申し訳ございませんでした。
アデルの父ダレンの墓は、カーライル・クリスカ男爵が治めるホードルの街の郊外にある公共墓地の片隅にある。
墓は華美ではないが、敵とはいえ一応は男爵位ということでそれなりに威厳が保たれる程度のつくりではあった。
このダレンの亡骸が納められた棺を掘り起こし、共にネヴィルへと帰るのがアデルの今回のノルト王国への来訪の主目的であった。
「当時のお互いの立場や状況を顧みても、貴殿にかける言葉もない…………ただ一つだけ…………我々はダレン殿を憎んではいない。それだけはわかってほしい」
アデルと共にホードルの街へ来たシルヴァルドは、沈痛な面持ちで頭を下げた。
「敵将でありながらも、このような立派な墓を建ててくださり、シルヴァルド殿、それにカーライル卿にも深く感謝申し上げます。勝負は正々堂々の一騎打ちだったと聞き及んでおります。カーライル卿のような武人に討たれたことは、むしろ名誉となりましょう。ですが、ただただ、悲しい…………」
と、ぎこちない笑顔を浮かべるアデル。しかしこれは精一杯の強がりであった。
この時のアデルの頭の中は様々な感情が渦巻いていた。後日、アデル自身がそう語っている。
激しく動揺する心の内を悟られまいとするアデルを見て、シルヴァルドは何を思ったか?
ともかくも一国の君主として、この期に及んでも散り乱さない姿に頼もしさを感じたのだろうか?
それともともに悲しみを分かち合えぬことに苛立ちを感じたのだろうか?
この墓所移しの儀に、アデルをはじめとする主なるネヴィル王国の臣が駆けつけた。そしてシルヴァルド以下ノルト王国の重臣たち、王族として参列したヒルデガルドが見守る中、ダレンの棺は掘り起こされた。
アデルは泣かなかった。静かに棺に近づき、無言で土を払う。
そっと優しく、丁寧に。
誰もが無言でアデルの行いを見守っていた。
アデルは土を払いながら、心の内で父に語り掛けていた。
自分は父上のようにネヴィル家を、ネヴィル領を立派に治めているでしょうか? 建国したネヴィル王国はいかがでしょうか? 自分は当主として、国王としてやっていけるのでしょうか?
聞きたいことは山ほどあった。だがどれも答えは返ってこない。
それでもアデルは父の亡骸に問い続けた。
そんなアデルを見て、臣下たちの間から嗚咽が漏れる。
誰かが言った。王が泣いておられると。それはもしかするとトラヴィスのものだったかもしれない。
土を払い続けるアデルの目は優しげなままで、その双眸から一滴の涙も流れ落ちてはいない。
それでも王が泣いていると言う。
ネヴィルの臣たちは、人目もはばからず声を上げて泣いていた。
そしていつしかノルト側からも、嗚咽の声が聞こえてきた。
ヒルデガルドのハンカチも涙で重く濡れている。
「王が泣くのならば、我らも泣こう。王が笑うのならば我らも笑おう」
涙を流しながらのこのギルバートの言葉に、臣下たちはしゃくりあげながら、おう、と応える。
これを見たシルヴァルドは、眩しそうに、そして心底うらやましそうな眼でアデルの背を見つめた。
土が払われた棺が、一回り大きい棺の中へと納められる。
この棺を納めるために作られた大きな棺には、王としての威厳を損なわぬよう最上級の素材を用い、さらには魔を払うとされている銀の細やかな装飾が施されていた。
これはシルヴァルドが用意したものである。移送に関するすべては、ノルトの王と等しいものとした。
棺が納められるのを見届けたアデルは振り返り、未だ嗚咽止まぬ臣下たちに向かってこう言った。
「頭を上げよ。そして胸を張れ! これより父上と共に、ネヴィルへと凱旋する!」
亡き父への問いに満足な答えを得られたのか、この時のアデルの顔はつい先ほどまでとはまるで別人のようであった。
臣下たちは涙で赤く充血した目を擦り、涙を振り払うと右手を大きく掲げ大声でそれに応えた。
「よろしい。では、帰るぞ!」
アデルはシルヴァルド以下、世話になった者たちへ別れを告げた。
この時アデルは、未だ涙を流し続けるヒルデガルドに笑顔で接したが、それがかえってヒルデガルドの涙を誘った。
去り行くアデルたちを、シルヴァルドは郊外まで見送った。
その姿が完全に見えなくなってからシルヴァルドは言った。
余は人が子供から大人になるその瞬間を目にした、と。
その言葉通り、アデルの少年期はこの日で終わりを告げた。
アデルは完全に父の死を受け入れたのだ。
ーーーー
棺を守るようにしながら、ノルト王国を南下し帰国するアデル率いるネヴィル王国軍。胸の喪章が風に揺れている。
通過したり立ち寄る先々の街や村で弔意の鐘が鳴る。これはシルヴァルドの命によるものである。
対応するノルト王国の貴族たちの胸や腕にも喪章が付いている。
ネヴィル王国で行われる本葬に、ノルト王国も王族の参列をアデルに乞い、許されていた。
その本葬に参列する王族というのが、バーゲンザイル公爵。先々代の王の弟である。
御年七十八歳の老人でありながらも足腰もしっかりしており、杖を必要としないほどの矍鑠ぶりである。
このバーゲンザイル公爵はその年齢からもわかる通り、王族たちの中の最長老的な存在で、その言動にはシルヴァルドも無視はできない。
ただいくらか歯が抜けており、抜けた歯の隙間から空気が漏れるのか、言葉は少し聞き取り辛いが、それ以外は達者で、未だ乗馬を嗜むというのだから驚きである。
ただ今回は長旅になるとのことで、馬車での同行となる。
シルヴァルドとしては、バーゲンザイルが今回のネヴィル行きを名乗り出た際に、高齢でもあることからこれをやんわりと拒否したが、当の本人がもの凄い剣幕で王城へと乗り込んできて口やかましくがなり立てると、渋々ながらもこれを認めた。
「あの老人め、ここしばらくは静かにしていたと思ったら突然どうしたというのか? だいたいが隠居したのならば、表にしゃしゃり出てくるべきではないと思わぬか?」
老人の剣幕に曝されたシルヴァルドの機嫌はすこぶる悪い。
「畏れ多いことながら、失礼を承知で言わせて貰いますが、冥土の土産とでも言いましょうか…………最後に異国を旅したかったのではありませぬか?」
老人でありながらもバーゲンザイルに、小僧呼ばわりされた宰相のブラムもまた、顔を顰めていた。
「大丈夫であろうか? もし彼の地で老公が身罷るようなことがあれば、それはそれで問題であろう…………」
「あれだけお達者であれば、そのような心配はご無用ではありませぬか? 皆、あの御老公は百までは死なぬなどと噂しておりますが、あの御様子ではあながち嘘とも思えませぬな」
苦笑いをするブラムの言に、シルヴァルドは、フンと鼻を鳴らした。
「しかしいきなりどうしたというのだろうか…………」
「若き少年王、なれど武名高き黒狼王に興味を持たれたのでは? 御老公もまた、若き頃より武名高きお方でありましたので……」
「なるほど、しかし迷惑な話だ。本来ならば、わが名代としてヒルダを行かせようと思っていたのに。あれも喜んだであろうにな、まったく」
シルヴァルドとしては、どうあってもアデルとヒルデガルドをくっつけたいらしい。
そこまで入れ込んでいるのかと、ブラムは今更ながらに驚いた。
「何事も無ければよろしいのですが…………」
「あっては困るのだ。こればかりは、ただただ祈るより他はないだろう。久しぶりに神殿にでも顔を出すとしようか」
ほぅ、珍しい、とブラムが笑う。
シルヴァルドの神殿嫌いは今に始まったことではない。
病気治療として幼い頃から、祈祷として神官たちに、金と時間を吸われ続けて来たことによるものである。
「ただひとつだけわかるのは…………さしものアデルでもあの老人は、もてあますに違いない」
そう言うとシルヴァルドは、もう匙を投げたと言わんばかりにこの問題について語らなかった。
コロナのせいで仕事が忙しすぎて休みがほぼ無いんですよ…………先日、お盆休みが無くなること決まってがっかりしています。
それぐらい忙しいです。でも、これからは日曜だけは休めそうなので、何とか更新出来ると思います。
テレワークとか、羨ましいなぁと思う今日この頃。




