英雄
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「できる限り善処するゆえ、遠慮せずに申されよ」
シルヴァルドはアデルの頼みならば、その言葉通り出来うる限りその願いを叶えるつもりであった。
「ならば、お言葉に甘えて……わが父……いえ、我が国の先王のことなのですが……」
ネヴィル王国の初代国王は、ジェラルド。そしてその跡を継いで即位したのがアデルなのだが、アデルは即位後に父であり故人であるダレンを王の座につけ、無理やりネヴィル王国第二代国王と定めた。
よってアデルは実質的には二代目でありながらも、ネヴィル王国史においては三代目の王となる。
「戦の慣わしとはいえ、取り返しのつかないこととなってしまった。誠に申し訳なく思っている……」
シルヴァルドは眉を寄せ、沈痛の面持ちで頭を下げた。
ネヴィル王国下の一貴族であったダレンは、第四次北伐においてノルト王国によって討ち死にしている。
「いえ、あれは当時の状況であれば、仕方のないこと……悲しいことではありましたが……」
そう言うアデルの表情は、いつになく重く、暗い。
当時のノルト王国の状況を考えても、ダレンの死は仕方のないこと。
頭では理解していても、心の内にはどうしても蟠りが残ってしまっている。
「確か、父を討ったのはクリスカ卿。そう、カーライル・クリスカ男爵……」
「カーライルはこう申しておった。貴族に、そして武人に相応しき見事な最期であったと」
ダレンは死後、その勇猛かつ粘り強い戦いぶりと、武人として天晴な死に様から、ノルト王国の武人たちからも惜しみない称賛を受けていた。
「わが父は、ネヴィル王国の二代目国王であります。王である父を討ったクリスカ卿の報いが些か少ないのではないかと……」
シルヴァルドは目を瞑った。これは、ノルト王国からみれば、ネヴィル王国の内政干渉である。
それも当時のダレンは王ではなく、男爵。王位を追贈されたのは、つい最近のこと。
これの真意は何か? シルヴァルドの聡明な頭脳はすぐに一つの答えを導きだした。
(おそらくは箔付け。自国の王を討った者が未だ低位であるとなれば、ネヴィル王国の王位そのものが軽んじられる、というわけか……)
さらにシルヴァルドは頭の中で算盤を弾く。
(となれば、伯爵位くらいは与えねばアデルの顔も立つまい。ならば先日取りつぶしたホフマイヤーの後釜に、カーライルを据えるのも良いかもしれぬ。だが、男爵から子爵を飛ばして一息に伯爵となれば、やっかむ輩も出てくるだろう。カーライル自身の統治能力も未知数ではある。伯爵領ともなればその領地は広大。狭い男爵領と全く同じとはいくまい……となれば……)
考えをまとめたシルヴァルドは、ゆっくりと目を開けた。
目の前には、真剣な眼差しを向けるアデルの顔がある。
「カーライルの件、善処しよう。先日もアデル殿には多大なる迷惑をお掛けしたこと、その詫びも含めてということで」
「かたじけない。感謝します」
いずれ義弟となる、シルヴァルドとしてはそうするつもりのアデルの願いである。
シルヴァルドとしてはこのアデルの願いを口先だけの約束で済ますわけにはいかない。
ーーー
「と、いうわけだ。上手くやれるか?」
自室に戻ったシルヴァルドは懐刀である宰相ブラムを呼び出し、ことのあらましを伝えた。
「カーライル・クリスカ男爵にホフマイヤー領全域をお与えになるので?」
ブラムの問いにシルヴァルドは首を振った。
「いや、爵位は進めて伯爵とするとしても、すべては与えない。第一、いきなり与えても、当の本人が困るだろう?」
「はい、男爵と伯爵とでは、家臣や兵、治める領民の数から何から何まで違いますし、そのまますんなりと統治出来るとは到底思えませぬ」
「そこでだ。爵位こそ伯爵位を授けるが、領地は大幅に削ろうと思う」
「名案ですな。つまりは実権ではなく、名誉の方に重きを置くというわけですな」
「うむ。そうすることによってこのいきなりの陞爵によって起こるであろう、余に対する不満とカーライルに対する嫉視をいくらかは和らげることが出来るだろう?」
「確かに。ですが、それでもいきなり男爵から伯爵となれば、相当の梃入れが必要となりますぞ」
その点は問題無かろう、とシルヴァルドは言う。
「アデル殿のおかげで、今回の戦はごく短期間で終えることが出来た。ティガブル城の修理と、カティナの森に新たに築く砦の費用を入れても、予想より遥かに出費は抑えられたはず。それに、取り潰したホフマイヤー家の財産。あれを上手く使えば良い。アデル殿は要らぬというのだから、遠慮なく使おうではないか」
こうして、アデルの希望通り、ダレンを討ったカーライルはその功績に相応しいともいえる地位に昇ることになった。
「必死ですな」
ブラムの呟きにシルヴァルドも頷く。
「新興国ゆえに、だ。仕方あるまい」
今度はブラムがシルヴァルドの言葉に頷く。
この二人はノルト王国が誇る智謀の持ち主。それでもなお、人の心底を完全に推し量ることは出来ないのだ。
確かに今回のアデルの願いは、表向きはシルヴァルドの読み通りの箔付けである。
だが、それはあくまでも王としてのアデルの願いであって、一人の十三歳の少年としてのアデルの願いではなかったのだ。
アデルにとって父ダレンは英雄である。それも最も身近な、それでいておとぎ話な伝承に出てくるような英雄とは違って、直に言葉を交わし、親子の情を交わし、教えを受けた英雄である。
アデルだけではない。カインやトーヤにとってもダレンは英雄であった。
そんな三兄弟の中でもアデルにとってダレンは、子として越えなければならない壁であるとともに、自身の理想とする姿そのものでもあった。
これは長男であるアデルが、ダレンに直接後継者として教育を施されたことが起因していると思われる。
英雄である父上を討った者は、これまた英雄であるべきなのだ。
これが、これこそが少年であるアデルの純然たる願いであった。
むしろ表向きの箔付けなど、アデルにとってはどうでもよいことであった。
ともあれ数日後、カーライル男爵が一足飛びに伯爵への陞爵が決まったことが、関係者に内々に伝えられた。
アデルもそれを聞いて、ほんの少しだけ胸のつかえが取れたような気がした。
「これも親孝行のうちに入るのだろうか? いや、こんなの親孝行でもなんでもないよな。だって、親が死んでいるのに親孝行なんて、言わないし言えるはずもない。こんなの結局はただの自己満足に過ぎない。でも…………それでも…………」
何もせずにはいられなかったんだ。
現在ダレンの遺体は、カーライル・クリスカ男爵の手によって、男爵領の公共墓地の一角に埋葬されている。
これをこのままにしておくわけにはいかない。ダレンの棺を掘り起こして国へと連れ帰り、国葬を執り行わねばならない。
だが、アデルは怖かった。父の遺骸が収まる棺を目にしたとき、あの時の、父の死を知った時の悲しみと無力感が再び訪れるのではないかと。
そうなれば今度こそ、気が触れてしまうのではなかろうかと。
せめて、カインとトーヤが傍にいてくれたら…………不安が胸を締め付ける。
ふと気付くと、アデルの手には一枚のハンカチが握りしめられていた。
ハンカチにはお世辞にも上手いとは言えない花の刺繍が施されている。
「薄雪草。花言葉は勇気…………」
アデルはこのハンカチをくれた少女の顔を思い浮かべる。
一人はにかむような笑みを浮かべたアデルの顔は、先ほどより幾分か落ち着きを取り戻していた。
そしてそのハンカチを大事に懐へと収めると、いつもの自分に戻った気がした。
「恐れてはならない。勇気をもってすれば必ずや乗り越えられるはずだ。なぜなら、俺は英雄ダレンの子、黒狼王アデルなのだ!」
これよりのち、アデルは自ら黒狼王と名乗るようになった。
いやー、コロナのせいで仕事が滅茶苦茶忙しいです。
仕事があるのは良いことなのでしょうが、限度ってものがありますわい。




