三王揃う
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ゴールデンウィークが間近に迫っておりますが、どこにも行かない……というよりはコロナで行けないので、家に籠る予定です。
したがって投稿頻度も多少上がるかも知れません。
息を弾ませながら近付くアデルを見て、将兵らは一斉に下馬し、その場に跪いた。
「みんな、御苦労! 楽にせよ」
将兵らは起立した。
「陛下、陛下の読み通りに御座います。敵将バリス伯爵の首、お改め下され」
大将軍ギルバートが、布に包まれた敵将の首を恭しく捧げるも、アデルは今はいいと首を横に振った。
「首改めは、ブレナン伯と共に行うものとする。重ねて言う。御苦労であった。して、我が方の損害は?」
「はっ、戦死十二名。軽傷二十八名に御座います」
ギルバートが報告を終えると、後ろからグスタフが進み出て出た。
「残念ながら遺体の収容はなりませんでした。その代りに…………」
そう言って差し出したのは、識別票であった。
アデルはそれを沈痛な表情で受け取った。
「卿らの勇気と献身、忘れぬぞ……勇敢なる戦士たちの魂に安らぎがあらんことを……」
識別票を押し戴くようにしながら、アデルは祈りの言葉を唱え、黙祷を捧げた。
将兵らも勇敢なる戦士たちの魂が天に召されるようにと、アデルに続いて祈りを捧げた。
「ひとまずは全軍、ティガブル城にて待機する。細やかではあるが、武功と戦勝を祝って宴を行う。皆、存分に飲み食いをして再び鋭気を養ってくれ」
アデルがティガブル城へと歩き出すと、連合軍追撃部隊の将兵らも下馬したままその後に続いた。
将兵らの中から二人、飛び出て来てアデルの左右についた。
「無事で何より。まぁ、お前たちのことだから心配ないとは思っていたが」
そう言いながらアデルは、左右に並ぶブルーノとゲンツに笑いかける。
「俺もブルーノも敵の首を取ったぜ! まぁ、もっとも首は討ち捨てて来ちまったがな」
ゲンツが少しだけ誇らし気に胸を逸らして見せた。
それを見たアデルは苦笑を漏らす。
「私もゲンツも雑兵首ですし当然のこと。もとより、此度の作戦では大将首以外は、全て討ち捨てとのことでありましたし」
戦塵に汚れた顔のブルーノの顔も、出撃前とは少し違って見える。
雑兵であれ何であれ、敵を討ったという事実が彼らを一端の戦士へと変えたのかも知れない。
「二人とも見事だ。ブルーノの武芸は叔父上のお墨付きだし、ゲンツも弓以外はブルーノに引けを取らない腕前だし、敵将は叔父上が?」
「はい。私は直接は目にしてはおりませんが、大将軍閣下は聞くところによると、たったの二合で敵を討ち取られたのだとか……」
「流石だ。個人的武勇もそうだが、これまで連合軍遊撃部隊を実質指揮していたのは叔父上だ。叔父上無くして、今回の一連の勝利はあり得なかったな」
「陛下はまだお若いだけです。大将軍閣下と同じ年齢であれば、きっと……」
これは、おべんちゃらではない。ブルーノはそう信じているのだ。
「いやいや、俺は自分の、特に武芸においては既に見切りを付けているよ。でもカインは筋が良いから、ゆくゆくは叔父上のようになれるかもなぁ……トーヤは…………俺と似たり寄ったりだから無理だな」
「まぁ、武芸については俺に任せておけ! いずれはネヴィル王国にゲンツありと言わして見せるからよ!」
「期待してるよ。不甲斐なき俺を守ってくれよな」
「おう、心配するな! 守り抜いて見せるさ!」
今回は二人しかいない近衛騎士まで投入した文字通りの総力戦だった。
にもかかわらず、一連の戦いでの損害は極僅かで済んだことに対してアデルは、一人胸をなでおろしていた。
アデルたちが城に近付くと、ブレナン伯以下、その麾下の貴族や騎士たちが総出で出迎える。
ギルバートが敵将の首を討ち取ったことを大音声で伝えると、ティガブル城の将兵らは歓声を上げた。
城に入るとすぐに首改めが行われた。
少ないが、捕虜としたガドモア王国軍の兵たちに首を見せると、間違いなくバリス伯爵であるとの証言を得ることが出来た。
アデルはブレナン伯と協議の末、バリス伯爵の首を持たせて捕虜を解放することに決めた。
「勇敢なる敵将をみだりに辱める必要はなし。それに、ガドモアがいくら今回の敗戦を隠そうとしても、バリス伯爵の首という証拠があれば、隠し通すことは難しくなるだろう。人の口には戸が立てられない。撤退した将兵たちや、解放された捕虜たちの口から、敗戦が伝われば敵国も多少の揺らぎを見せるかも知れない」
「逆に復讐戦を挑んで来る可能性もありますな」
この地を預かるブレナン伯としては、最悪の事態に備えねばならない。
「ブレナン殿の言う通り、その可能性も無きにしも非ず。しかし、直ぐにとはならないだろうと思われる。三万近くの兵で陥落させることが出来なかったとあれば、再度侵攻してくるにしても相当の準備が必要となる」
「こちらも準備する時間が稼げる、と言うことですな?」
その通りと、アデルは頷いた。
「この城の北にあるカティナの森には泉が湧いており、兵を潜ませておくには便利な地。あの森の中に砦を築き、兵を五百でも詰めておけば、敵はこの城を攻め難くなるだろう」
「なるほど、早速陛下に砦の建築の御許可を頂くと致しましょう」
ブレナンはアデルの将としての才が、尋常ではないことを間近で見て知っている一人である。
助言に感謝しつつ、年若いアデルの言葉を受け入れる度量も備えていた。
一方アデルも味方の敗北を知っても心折れずに、将兵らの士気を保って寡兵でありながら城を守りぬいたブレナンを類稀なる良将であると見ていた。
城内で行われた細やかな宴。この席で二人は多くの言葉を交わした。
このブレナン伯爵、後々アデルの人生に大きく関わってくるのだが、今それを知るは神のみである。
それから数日後、アデルたち連合軍遊撃部隊と交代する五千の将兵が、ティガブル城に到着した。
アデルはブレナンに別れを告げ、シルヴァルド王とスイル王のいる本隊と合流すべく城を後にした。
ーーー
四日後、連合軍遊撃部隊は何事も無く本隊と合流を果たした。
シルヴァルド、スイルの両王は幕外に出て、アデルを出迎えた。
「アデル殿、このシルヴァルド、ノルト王国の全将兵、全国民に代わってお礼申し上げる」
シルヴァルドが深々と頭を下げる一方、スイルは、
「御久しゅう、アデル殿。流石と言うべきか、何と言うべきか……にしても、少し位は敵を残しておいて貰いたかったな」
と旧知であるアデルに笑いかけた。
「シルヴァルド殿、頭をお上げ下さい。同盟国として当たり前のことをしたまでです。久しぶりです、スイル殿。なぁに、まだまだ敵は強大。三人肩を並べて戦わねばならぬ日が、必ずやって来るでしょう」
このアデルの言葉に、シルヴァルドもスイルも無言で頷く。
「さて、細やかだが会食の準備をさせてある。とりあえずは中へ」
三人は幾つもの天幕を繋ぎ合わせた巨大な天幕の中へと入る。そして勧められるままにアデルは席に座った。
中央の席にはシルヴァルドが、その左右にはユンゲルト伯爵らノルトの臣が控えている。
シルヴァルドから向かって右にアデルが座った。アデルの後ろには、ギルバートらが並び立つ。
アデルの対面にはスイルが座る。スイルの後ろにもエフト王国の将が並んでいる。
「では、アデル王の無事と戦勝を祝して、乾杯!」
こうして三王揃っての宴が行われた。これはいわば仮の祝勝会。
正式には王都リルストレイムにて行われる予定である。
「して、まずは聞きたい。アデル殿、いったいどうやって勝ったのだ?」
シルヴァルドが率直に問う。
スイルもまた興味津々といった顔である。
スイルだけではない。天幕内にいるネヴィル王国の将を除いた全ての者が、アデルを見ていた。
「報告はブレナン伯から届いているはずですが?」
「うむ、確かに届いている。だが、それは伯の……城方からの報告だ。アデル殿の視点からの報告ではない」
なるほど、とアデルは一人納得した。もしかするとシルヴァルドは、戦功などを考慮するにあたって、公平を期するために聞いているのかも知れないと。
確かにシルヴァルドにはそういった目的もあった。だが、それは言ってみれば建前といってもよく、殆ど純粋なる興味によるものであった。




