戦勝報告
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コロナ、未だ終息の見込みなし。
不必要な外出は控え、やむを得ず外出する際には、必ずマスクを着用して人ごみを出来るだけ避け、うがい手洗いを徹底し、、室内の換気を小まめにして、出来るだけ感染のリスクを下げて行きましょう。
いや、本当に怖いですね。オリンピック、選手の方々はさぞ無念でしょうが、これは延期じゃなくて中止が妥当じゃないかなと思ったり。
ブレナン伯爵は敵軍の撤退を見届けると、すぐにシルヴァルド王率いる本隊に伝令を走らせた。
遊撃部隊からもグリムワルド、アムドガルの両男爵が、同じように本隊へと伝令を走らせていた。
ティガブル城へあと六日ほどという地点で、シルヴァルドはブレナンたちが遣わした伝令から報告を受けた。
シルヴァルドが率いてきた本隊の兵力は三万五千。それにエフト王国軍二千が同行している。
ノルトの王都リルストレイムで、ノルト王国の国王シルヴァルドとエフト王国の国王のスイルは、攻守同盟を締結していた。
だが、これはあくまでも仮調印ともいうべきものであり、正式な三国同盟の締結はネヴィル王国の国王であるアデルを交え、今回の戦の終了後に戦勝式典と共に行われる予定であった。
口頭だけでは信じて貰えぬと思ったのか、ブレナン伯は直筆の手紙を伝令に持たせていた。
報告を聞き、その手紙を読んだシルヴァルドは進軍を停止し、同行するスイル王と諸将を集めた。
幾つかの天幕を繋ぎ合わせた本陣の天幕内の奥に設けられた椅子には、シルヴァルド、スイルの二王が座る。
中央を開けてその左右に規則正しく一定の間隔を開けて、右にノルトの将が、そして左にはエフトの将が前から位階の順に並んでいる。
「先程、ティガブル城を守るブレナン伯からの報告が届いた。それとほぼ同時にグリムワルド、アムドガルの両名からも伝令が到着した。報告によると、ティガブル城は一時落城寸前の危機に陥ったが、アデル王率いる先遣隊の活躍により落城を免れたそうだ……」
おお、と諸将の口々から安堵の声が洩れる。
「さらに驚くべくことに、アデル王はたったの五千の兵力で敵将バリス伯爵率いる三万あまりの兵を退けたとのことである」
正確にはバリス率いるガドモア王国軍は、二万五千程度である。
これは報告者のブレナンの誇張というより、戦いの最中で正確な敵兵力を数えるのは無理なため、敵の陣容などから見当をつけた数であった。
圧倒的な寡兵でありながら敵を追い払う、それも六倍の敵をである。
これを聞いた諸将は俄かには信じられず、沈黙のままシルヴァルドを見つめた。
シルヴァルドの横に座るスイルも、諸将らと同じようにシルヴァルドに顔を向けたが、すぐにさもありなんといった表情で、一人頷き納得していた。
それを見たシルヴァルドは、
「スイル殿は、この報告を聞いても驚かれぬのか?」
と聞くと、
「いえ、驚きましたとも。ですが、アデル殿ならば、いやあの三人ならば、そのような常人には奇跡の御業とも思える所業も軽々と行うのではないかと…………現に我が国は、アデル殿の弟御であるカイン公によって救われておりますれば…………」
スイルとアデルたち三人の付き合いは長い。カインがエフト族の居住地へと赴いたのを切っ掛けに、スイルと三兄弟の交流は始まった。
スイルは度々、当時族長であったガジムや父親であるダムザに連れられて、ネヴィル領を訪れていた。
三兄弟もスイルを歓迎し、朝から陽が暮れるまで共に山野を駆け巡って遊んでいたものである。
「なるほど……」
シルヴァルドはそれだけで納得した。アデルは深く付き合えば付き合うほど、よく言えば不思議な存在、悪く言えば訳が分からぬ存在なのだ。
年齢にそぐわぬ知識量と行動力、それらは一種の神秘的なカリスマ性としてシルヴァルドもスイルも受け入れていた。
「アデル殿はつかみどころのない御仁であれば……」
「確かに、スイル殿の仰るとおりだ」
二王は互いに納得したが、諸将は未だその報告に懐疑的である。
「へ、陛下! それはまことでございましょうか?」
ノルトの将の一人が問う。
「ブレナン伯は嘘をつくような男ではない。グリムワルド、アムドガルの両名からも同様の報告が来ている以上、事実であろうな」
ざわめきが天幕を震わせた。
諸将たちはシルヴァルドの言葉を聞いても信じられぬといった表情で、互いに目を交わし、言葉を交わす。
「控えよ! 王御前であらせられるぞ!」
ノルト側の最上位の貴族でシルヴァルドの伯父であるクリプト公爵が一喝する。
一瞬にして静まり返った天幕内で、諸将は跪き二王に対して深々と首を垂れた。
シルヴァルドとスイルの両名が、それぞれの将たちに楽にせよと声を掛けて再び立たせる。
「手酷い損傷を受けたティガブル城の修復作業に、ブレナン伯から応援の要請があった。余はこれに五千の兵を遣わせようと思っている。現在、修復作業をアデル王が手伝ってくれているが、アデル王にはこれから遣わす兵と交代する形で我々と合流して頂き、三王揃ってリルストレイムに帰還し、三国同盟の正式な締結を行う予定である。よって我々はこの場で進軍を停止し、アデル王を待つこととする。スイル殿もそれでよろしいか?」
それで問題無いとスイルは頷いた。
こうして本隊は、ティガブル城まであと六日ほどという地で待機することとなった。
丁度この頃、ネヴィル王国軍騎兵隊を中核とする待ち伏せ部隊が、バリス伯爵率いるガドモア王国軍を奇襲していたのだった。
全軍の行動方針が決まると、天幕内の空気が少しだけ軽くなる。
何せ報告通りならば、もう敵軍は撤退して居ないのだ。
「いやはや驚きましたな……いったいどうやって敵を追い払ったのか……」
「単に敵軍の兵糧が尽きたのではないか? ティガブル城は堅城として名高き城ゆえに、敵も攻めあぐねたのであろうよ」
「いやいや、ブレナン伯が言うにティガブル城は、もう落城寸前だったというではありませぬか」
「誇張であろうよ」
「ですがブレナン伯は、飾り気の全くない男。陛下、御無礼を承知でお訊ね致しまする。グリムワルド、アムドガルの両名は、アデル王と行動を共にしていたはずですが、彼らの報告には何と?」
問われたシルヴァルドは、戦時であるとしてその非礼を咎めずに答えた。
「両男爵の報告によれば、敵軍の一部を誘き出して撃破し、その晩に夜襲を掛けて敵陣に火を放ったそうな。その後も敵の別働隊を幾度となく討ち破り、戦意尽きた敵軍が撤退したとのことである」
天幕内のざわめきは、先程の比では無いほどに大きなものとなった。
答えたシルヴァルドも、口に出している途中で果たしてそのようなことが本当に可能なのだろうかと、考えてしまうほどであった。
そしてそれがもし本当であるならば、アデルの軍才は自分に匹敵、あるいは凌駕するのではないかとも思っていた。
それはシルヴァルドにとって、大変に喜ばしいことであった。
自分の後継者となるならば、自分と同等かそれ以上の才を求めていたからである。
「リルストレイムにも伝令を走らせよ。ブラムに伝えるのだ。同盟締結と戦勝祝いの準備をせよと。予定が大幅に繰り上がったとな」
ーーー
それから六日後のティガブル城では、アデルが少数の供を連れて城門の前でソワソワとしていた。
ギルバートが走らせた伝令により、待ち伏せが成功し、見事敵将の首を取る事に成功したと聞いたアデルは、人目も憚らずに飛び上がって喜んだという。
そして、今日は伝令の報告によれば待ち伏せ部隊の帰還予定日となる。
朝からアデルはずっと城門の前で、ギルバートたちの帰還を待ち続けていた。
陽が高くなり、そろそろ正午になろうかという頃、地平の彼方にぽつぽつと騎影が見え始める。
「お~い! お~い!」
アデルはその騎影に向かって大声で叫び、大きく手を振った。
だんだんと近付いて来る騎兵たちも、飛び跳ね、帰還を喜ぶアデルの姿に気付く。
あれが我らの王なのだ。
戦塵と返り血で汚れた戦士たちの顔が自然とほころぶ。
恐るべき智謀と無謀とも思える勇気。
そして、今目に映る無邪気であどけない少年の姿。
ただ従うだけでなく、守りたいと思わせるような不思議なこの少年王に、将兵らは無限の可能性を感じていた。




