怪児たちの目覚め
「やはりこれを売るのは危険か……」
ジェラルドが残念そうに溜息をつくのを見て、アデルが逆に売ってしまいましょうと意見する。
「隠し事というのは、いつかはバレてしまうものです。だったら死蔵しておくより、売って金に換えてその金を使っていざという時に備えた方が良いでしょう」
「いざという時とは?」
「この国が亡ぶか、それとも我らネヴィルの地を王が犯そうとするか」
滅多な事を言うものではない! とジェラルドはアデルを叱り付ける。
だがアデルはそれに怯まない。
「お爺様、父上、お二人は今の国王で国が保てると本気で御思いですか? 二正面に敵を抱えながら贅沢三昧、おまけに諫言を受け入れず忠臣を害し、阿諛追従の輩を侍らせる。これを亡国の兆しとせずに何と言いましょうか? もはや一刻の猶予もありません。我らは来るべき時に備え、行動する時だと考えます」
七歳児の言葉では無い。実際、このアデルの言葉を聞いていたもう一人の祖父であるロスコは口を大きく開けて驚き固まっている。
アデルはまだ齢七つの幼子、その大胆な発言は恐れを知らぬ幼さゆえのことであると、その言動を嗜めようとしたその時、
「よく言った! それでこそ我が甥であり、次期当主である! 俺は武辺者ゆえ難しい事はわからぬ。だが軍事的にみても我が国が危ういということだけはわかる」
と三人の叔父であるギルバートが立ち上がった。確かにジェラルドもダレンも、このままでは国がもたないことはわかってはいるのだ。そしてそれは商人である、ロスコですらわかっていることでもあった。
「じゃが、売れば目を付けられるは必定。危険すぎるわい」
「この前も言いましたが産地を偽装しましょう。このオパールは見ればわかる通り、貝が変質して出来た物です。貝と言って、頭に山を思い描く人はまず居ないでしょう。つまりこれは山ではなく、海の方から産出したものであると思い込ませるのです。それには、信用のおける商会……つまりロスコお爺様のロスキア商会の力が必要です」
名前を呼ばれたロスコは、ハッと我に返った。そして孫であるアデルの顔をまじまじと見つめる。
聡い子だとは思っておったが、これほどまでとは……鷹が鷲を産み、その鷲が鳳を産んだということか……
鷹はジェラルド、鷲はダレン……両者とも優れた才器を持つ傑物だとロスコは思っている。
現に両者とも、寒村と荒れ果てた原野が広がるこの地を、見事に開拓してみせた。
だが孫の言動を見るに、その二人の才器を遥かに超えるのではないかという思いが、ロスコの中を駆け巡る。
ロスコの全身に粟粒のような鳥肌が立つ。それは聡明な孫たちに対しての喜びか、それとも恐怖か。
鳥肌を立てていたのはロスコだけでは無い。アデルたち三人のもう一人の祖父であるジェラルドも、三人の父であるダレンも冷たい汗が吹き出すのを感じていた。
「アデル、カイン、トーヤ、この際だ、お前たちの考えの全てを聞かせてくれ」
幼いとはいえ、ギルバートは三人の才にすっかりと惚れ込んでしまっている。
「父上、父上も仰られていたではありませんか! この三人は我らネヴィル家が大いに羽ばたくために、天より遣わされたに違いないと」
「じゃが……ええい、わかった! 先ずは話を聞こうではないか」
ジェラルドはそう言うと、立っているギルバートに座るよう命じた。
こうして晩餐の席は、一転して今後の策を練る会議の場へと変わった。
「え~と、まず国が亡ぶとしても今日、明日のことではないでしょう。その残された時間をどう使うか、これに尽きると思います」
「具体的には?」
「富国強兵しかありません。ネヴィル領で今一番の頭痛の種は、何をするにも人手が足りないということです。石灰岩を切り崩すにも、その石灰岩を用いてコンクリートで建造物をつくるにしても、また宝石を探すにしてもです。幸いにも、お爺様や父上、それに領民たちの頑張りの御蔭で、食料の生産にはかなりの余裕があります。そこでいま現在ある宝石を全て売り払い、得た金で人を雇うなり買うなり致しましょう」
だがそのアデルの言葉に、ロスコは悲しげに首を振った。
「残念だがアデル殿、その望みは叶いますまい。何故なら今は戦時下であり、働き盛りの人間は兵として取られてしまっているか、どの職業からも引く手あまたの状態なのです。そのような状態では、失礼ですが辺境であるネヴィルの地に来ようなどという者はおりますまい」
「ならば奴隷を買うというのは?」
トーヤがすかさず発言するが、それにもロスコは首を振った。
「大人は皆、戦奴として買われていきますので、残っていたとしても値段は跳ね上がっていて、まとまった人数を揃えるのは難しいかと……」
「なら子供の奴隷は? もしくは孤児などなら集めることは可能ですか?」
「カインよ、子供など集めても仕方あるまい」
「いえ、当然ですが子供はいずれ大人になります。その間、食わせていくことが出来れば……勿論、出来る仕事は少ないでしょうが育つ間も働いてもらいますが……むしろこちらの方が良いかもしれません。身寄りのない者たちを集め、温情を掛けて育てればこのネヴィルの地を第二の故郷と思い、いずれ降りかかるであろう難事の時に、共に立ち上がってくれるやもしれません」
そう上手くいくものかと大人たちは半信半疑の様子である。
「それがいいと思う。とにかく将来的にであれ人手が欲しい。例えば十二歳の子供でも三年もすればまだ世間一般では若いけど、働き手として数えることは出来るはず。今より戦況が悪化すれば、宝石すら売れるかどうかわからなくなる。そうなる前に、動ける時には躊躇せず動かないと、どうにもならなくなってしまうかも知れない」
アデルの言には一理ある。ロスコの話によると、更なる増税が予想される。
宝石などというものは生きるのに必須である食料などとは違って、経済的に余裕がなければ買い手が減りその結果、値は崩れ、最後には見向きもされなくなってしまう。
そうなる前に動かなければならないことだけは、大人たちも理解はしていた。
「お前たちの言葉は確かに道理にかなっておる。じゃがの、途中で王にこのことが知られたらどう致す? 我らネヴィル領は戦える者を根こそぎ集めても、二千もおらぬ。対する王国は東と北の守りを除いても十万以上は集められるのじゃぞ。隣の西候だけでも二万、我らの十倍じゃぞ。勝ち目など……」
「ではお爺様は諦めてこのネヴィルの地を王へ渡しますか? 今までの苦労は全て徒労に終わり、領民たちは王の悪政の元で苦しむことになりますが」
それを聞きジェラルドは、キッ、と孫であるアデルを睨み付ける。
だが、睨まれたアデルの顔は至って涼しいままである。
「勝てなくてもいいのですよ、お爺様。要は負けなければ良いのです」
「なに? どういうことじゃ?」
「このネヴィル領、何万、何十万で攻めてこられようとも陥ちはしないと言ったのです。先ほど、私たちは初めてあの断崖絶壁をくり抜いて作られた道を見ました。その道をネヴィル領へ抜けたところに、広場があるでしょう? あそこに城壁を作ります。このネヴィルに続く他の道が無い以上、敵は必ずその築いた城壁を突破しなければなりません。ですが、あの狭い道です。大軍を送り込んでも詰まるだけ、城壁を破る攻城兵器もそのまま持ってくることも出来ません。ネヴィル領の天嶮を利用した籠城ですよ。我々は領内で畑を耕しながら、食に困ることなく何年も立てこもる事が出来ます。逆に敵は大軍を率いれば率いるだけ、無駄に兵糧を消費するだけです。勝てずとも、絶対に負けません」
七歳児に似合わぬ不敵な笑いを浮かべる三人を見た大人たちは、皆一様に戦慄を覚えた。
二日酔い、飲みすぎました。




