黒狼王の狩り
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風邪からまた喘息に……今武漢コロナを貰ったら、間違いなく死ぬ!
病院も今は怖くて行けないよ。まいったね
アデルは夜通し休まず送り出した者たちの帰還を待っていた。
夜が白み始めた頃にようやくロルトとクレイヴたちが帰還した。
「申し訳御座いません。遅くなりました。万が一にも敵の追撃があった場合を考え、大きく迂回して戻って参りましたが、どうやら敵はそれどころでは無かったようで……」
「我々の取り越し苦労となってしまったようで……」
若い二将は白く乾いた泥の上に、今度は黒く煤けた汚れを上書きした姿で笑った。
その身体からもきな臭さが漂っている。
「で、首尾は?」
アデルの前に跪く二人にギルバートが問うと、
「はっ、確実なのは投石器を二台ほど……あとは燃えやすそうなものを手当たり次第といったところでして、それなりの手応えはあったかと……」
二将は汚れた顔を上げつつ答えた。
「御苦労だった。戦果の大小はさておき、これで城兵らを勇気づけるという目的は達成できた。こちらの損害も火傷などの軽傷者のみ。欲を出さずに深入りしなかったのは正解だ。これからも戦いは続くし、最後にもう一度騎兵を軸とした作戦を考えている。無駄な損亡をせずに見事作戦を成功させた二人の働きは、古の名将たちに勝るとも劣らぬものである」
アデルは二人を褒めちぎった。
「もったいなき御言葉!」
「次も必ずや陛下の御期待に副うことを、剣に懸けて誓いましょうぞ!」
ロルトとクレイヴは諸将の前で大いに面目を施した。
「陛下、あまり若い者を調子に乗せてはなりませぬぞ。よいか卿ら、多少陛下に褒められたからといって調子に乗り、猪突蛮勇は無用ぞ」
と、ギルバートが釘を刺すが、それを見てアデルは思わず吹き出さずにはいられない。
ギルバートとて、ネヴィル王国大将軍という地位ではあるが、世間一般からいえばまだまだ青二才と鼻で笑われる年齢なのだ。
「ならば余も調子に乗らぬよう気を付けねばならぬな。なにせこの中で一番若いのは余なのだから」
このアデルの自虐的な諧謔に、居並ぶ諸将は大笑した。
「さて、白馬将軍はどう動くだろうか? 不利を悟り即座に兵をまとめて退くならば名将だが、そうでなければ…………」
アデルは森の外、すなわち白馬将軍ことバリス伯爵が囲むティガブル城の方を見つめた。
すでにこの戦の主導権は、アデルが握っているも同然であった。
ーーー
夜が明け敵の焼き討ちによる損害が、人的にはそれほどではないが貴重な物資と攻城兵器の一部を失ったと知ったバリス伯は、ひと通りの報告を聞くと手にしていた指揮棒を圧し折った。
パキリと音を立てて折れた指揮棒は、先端に美しい銀の装飾が施されている高価なものであったが、バリスはそれを地に叩きつけ、さらに踏みにじった。
「城を攻めているのに投石器を二台も焼失するとは、ええい、昨夜の警備責任者の首を刎ねよ!」
ただでさえ手こずっているのというのに、これではさらに攻め落とすのに時間が掛かってしまう。
だが、その時間もまた限られている。
「一部ではありますが、兵糧も焼失致しました。このままではあと十日ほどで尽きてしまいます」
「兵たちの食事の量を切り詰めれば二週間は保つことは出来よう」
「確かに……ですが、食事の量を減らせば不満も生じましょうし、士気も下がります」
「では周囲の街や村に、徴発隊を出すべきだ」
「北候に急ぐよう催促の伝令を出すべきでは?」
「いや、まずは背後で蠢く敵を討つべきである!」
諸将はバリスの決断を仰いだ。
ここで兵を退けば、アデルの言う通りバリスは後世名将と讃えられたかも知れない。
少なくとも、城攻めは下手だが自らが指揮する野戦に於いては、ある一定の評価を得られたであろうことは間違いない。
だが、彼は撤退をよしとはしなかった。
「ティガブル城さえ落とせば糧食の問題は解決するのだ! ティガブル城は敵が我が国に侵攻する際には後方拠点として前線を支えるようにと、常時大量の物資が集積されている。城を攻め落とし、これを手に入れることが出来れば、この今の不利を一気に盛り返せるはずだ。先の戦に於いても、また昨日の戦に於いても我が軍の損害は軽い。我が軍はまだ二万を越える兵力を有しておるのだ。にも拘らずここで兵を退けば、我らは天下の物笑いの種となろうぞ」
拳を振り、唾を盛んに飛ばしながら吠えるバリス。もしこれをアデルが見ていたのならば、冷笑したに違いない。
そしてまたしても勝利を確信するだろう。何故なら彼らの行動原理が、用兵理論に基づいたものではなく、プライドによって突き動かされたものだからだ。
「北候に督促の使いを出せ! コール卿、卿は麾下の戦力を率いて近隣の街や村から食料を徴発せよ! マジス卿とビリヤ卿は北に陣取る敵の牽制をせよ。敵が動かぬようであれば、コール卿と同じく近隣から徴発せよ」
バリスは決断した。だがこれは愚行であった。
ただでさえティガブル城に手こずっているのに、さらに兵力を分散させたのだ。
これこそアデルの望む展開であった。
ーーー
その頃アデルは、敵の攻撃に備えて森の全面に幾つもの落とし穴を拵えていた。
そして掘り返した土を糧食を入れていたズタ袋に入れて土嚢とし、即席の壁を拵えていく。
「急げよ! もし仮に敵が全軍をこちらに向けて来てもある程度の時間は稼ぎたいんだ。それ、よいしょっと! いくぞ? いいな? それ、いっちに、いっちに……」
これにアデルは偵察などを除いた全将兵を投入した。この全将兵には、当然のようにアデル自身も含まれていた。
アデルは周囲の制止を聞かず、土まみれになりながらブルーノ、ゲンツらと共に自ら畚を担ぎ、掘り返した土を運ぶ。
このアデルの汗まみれで顔を真っ黒にしながら黙々と働く姿を見た兵たちは、負けてられぬと精を出す。
次の日、このカティナの森に潜む敵を牽制するために、兵を率いて来たマジス子爵とビリヤ男爵は唖然とした。
森の前面には無数の落とし穴。そしてその先には人の胸ほどの高さの土壁が盛られており、その壁の前には逆茂木が配されていた。これでは近付くのも一苦労である。
「いったいどういうことか? いつの間に奴等はこんなものを?」
予想外のことに狼狽するビリヤ男爵。兵たちにも動揺が広がる。
「牽制攻撃どころか、これでは迂闊に近寄ることも出来ぬ。しかし、これはある意味では好都合だ。このまま睨み合いをしていればよいのだからな」
一方のマジス子爵は、内心ではビリヤと同じく動揺しつつも兵を鎮める。
「確かに。我らの役目はこやつらを釘付けにすること。ふん、この様子だと敵はこの森に籠るつもりだな? ならば好きなだけ籠るがよい。ティガブル城を落とした後で、ゆっくりと全軍で攻め立ててやるわ」
だがこの二人の考えは甘かった。敵の動きをいち早く察知したアデルは、この時すでに半数ほどの兵を率いてカティナの森を離れていた。
そして眼前の森を利用した砦に目を奪われているガドモア王国軍は、側面からの奇襲を受け脆くも敗れ去る。
「兵を小出しにしてくれるならば、それはそれで結構な事だ。こうやって各個撃破すればよいのだからな」
さらにアデルは偵騎により、五百人ほどの集団が敵陣を離れたとの報告を受けると、ギルバートに騎兵を全て預け、これを捕捉、撃破するよう命じた。
千の騎兵を率いたギルバートはコール男爵率いる徴発隊を捕捉すると、これを一気に撃滅。
この戦いに於いて蛮斧の異名を持つバルタレスは、敵将コールの首を挙げる武勲を上げ、それによって連合軍遊撃部隊の士気はさらに高まりを見せた。
分散させた味方の相次ぐ敗報を受けたバリスは呆然し、最早完全にこの戦の主導権を敵に握られていると悟り、ここに至ってようやく撤退の意を表した。
「敵陣が俄かに騒がしくなっております!」
「敵軍、攻城兵器に火を放ちました」
偵騎の報告が相次ぐ。
足の遅い攻城兵器を放棄するのではなく、敵に利用されないためにと火を点けたことで、アデルはこれが敵の偽装撤退ではないと知る。
全軍を率いて森を出たアデルは追撃の構えを見せるも、ガドモア王国軍に隙はなかった。
「流石、場数を踏んでいるだけのことはある。定石通り、殿軍を厚く配した手堅い撤退の仕方だ」
敵の追撃を許さぬ構えを見てアデルは、退き行く敵将を褒め称える。
「追撃は無用で御座いましょう。もし仮に追撃したとしても、こちらにも手痛い損害が出るに違いありません」
そう進言するグスタフもまた、敵の手堅い退き方に付け入る隙は無いと見ていた。
「確かに。素直に追撃すればやられるだろうな。追撃はしない。ただ…………」
兎角若い者は功を焦るきらいがある。だがアデルに限ってその心配はないようだと、進言を受け入れられてホッとしたグスタフは、次のアデルの言葉を聞いて激しく咽た。
「よし。追撃はしないが、待ち伏せはするぞ!」
撤退する敵影を見てもまだ、アデルの戦意は衰えていなかった。




