ティガブルの夜襲戦
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敵を見事罠に掛け打ち破った連合軍遊撃部隊は、敵の遺棄物を集めると素早くカティナの森へと移動した。
森には陣地構築部隊を率いるグスタフと、温存しておいたロルトとクレイヴ率いる騎兵部隊が待機していた。
簡単な夕食を済ませた後、アデルは敵に対して二の矢を射る。
すでに陽は沈み、カティナの森には最低限の炬火が灯されているだけ。
その暗闇の中で、次なる作戦が発動された。
「ではこれより、次の作戦に入る。ロルト、クレイヴ、暗闇に目は慣れているか? そうか、それならばよろしい。ではまず、これを顔と身体に塗れ」
そう言いながらアデルが二人に差し出したのは、ルノア湖跡で汲み取ってきた泥土の入った桶であった。
作戦の概要はすでに話してあるとはいえ、流石に泥で顔を汚すのを二人は一瞬ではあったが躊躇した。
が、しかし国王の命令、それにこれからの作戦に必要不可欠な行動であるため、渋々ながら従う。
泥で薄汚れたロルトとクレイヴ、そしてそれに倣い顔と身体を汚した二人の麾下の騎兵たちを見てアデルは、満足そうに頷く。
「よしよし、これならば直ぐに身元が割れるようなこともないだろう。では次に敵味方識別用に、左腕にこれを巻け」
次に用意されたのは暗闇の中での敵味方識別のため、馬車の幌を割いて作った布きれであった。
言われた通り全員が白い布を左腕に撒いた。
「よし、これで準備は完了だ。後は身体に塗った泥が渇き次第、出発してくれ。よいか、くれぐれも用心せよ。深入りも禁物だ。敵陣に入ったら適当に松明を放り投げてくればいい。大して損害を与えられずとも今宵以降、敵が安心して眠れなくするだけでも十分である」
二将の率いる騎兵の数は五百。たとえ闇に紛れての焼き討ちが成功したとしても、どれほどの損害が与えられるだろうか?
その点においてアデルは、あまり期待はしていなかった。
ただ敵に戦意の高い小賢しい敵が、いつでも自分たちを狙っていると認識させるだけでよいのだ。
これによってまた敵は選択を強いられることになるだろう。
この敵を倒すのか、それとも放っておくのか。倒すとしても、全軍で追い散らすのか、それとも先程のように兵力を割くのか。
アデルは敵がティガブル城の攻略を一時諦め、全力でこちらに向かって来るのならば、こちらも全力で後方へと退却し、敵が再び城を囲むと共にこの地に再来してちょっかいを掛ける積りである。
また、敵が兵力を割いた場合はその数次第ではこの森で迎え撃ち、出来れば先程のように各個撃破を狙う。
「気負うなよ。兵を無駄に損耗させぬよう。先も言ったが深入りはするな。敵将を討とうなんて色気は出すなよ」
「はっ、お任せ下さい!」
「投石器の一つや二つは焼いて見せましょう!」
若い二将の声には、必ずや戦果を上げて見せるという意気込みに満ち溢れていた。
だからそのような色気は出すなって、とアデルが苦笑する。
しかし無理もないだろうとも思っていた。昼間の勝利があまりにも鮮やかすぎるのだ。
味方の奮戦を横目に待機を命じられていた彼らが、次は自分たちもと気負っているのは、これはもう仕方がないことなのだ。
敵陣寝静まる深夜、ロルトとクレイヴ率いる騎兵がカティナの森を離れた。
彼らは一度大きく森から外れてから敵陣を目指す。
ある程度のところまで来ると、彼らは松明に火を灯した。
縦列で闇の中を進む騎兵たち。松明の明かりが縦に長く尾を引いて、それはゆっくりと地面を這う炎を大蛇を彷彿とさせる。
「て、敵か?」
松明の炎に気が付いた敵の歩哨が慌てて陣へと駆け戻り、敵襲を叫びながら手当たり次第に寝ている味方を叩き起こす。
一方、敵に気が付かれてもロルトとクレイヴは慌てなかった。
クレイヴが一騎先行し、ゆっくりとした歩みで敵陣に近寄って行く。
すでに敵陣は騒然。次々に起きた兵が武器を持って駆けつけて来る。
だが、近寄って来るのは一騎だけ。その一騎が、皆に見せつけるように背に差している旗に松明を近づけた。
「あっ、あれは味方ぞ!」
「白鳳騎士団の旗ではないか?」
「うむ、汚れてはいるがまず間違いないだろう。すると、後ろの者たちも昼間の戦いの生き残りか」
どうやら味方らしいとわかると、敵陣に安堵の溜息が溢れた。
クレイヴはさらに敵陣に近付き、ついに守備についた敵兵を言葉を交わした。
「敵の追撃を巻くのに苦労した。後ろにいるのは全部味方だ……無残な姿を晒し、面目次第も御座らぬ」
そう言ってクレイヴは袖で涙を拭うような仕草をし、さらに両肩をがっくりと落とし項垂れた。
「いやぁ、御無事でなにより……さぞお疲れで御座いましょう。ささ、こちらへ……おい、道を開けろ! 戻って来た味方を通すんだ!」
その声で兵たちの列が割れる。クレイヴは後ろを振り返り、後続の味方に松明の明かりで丸く円を描いて近寄るよう知らせた。
「それにしても無敵のはずの白鳳騎士団が、このような……」
クレイヴや次々に近付いて来た騎兵の姿を見て敵兵たちは絶句する。
泥に塗れた顔は、暗闇の中では尚更のこと何処の誰だかわからない。
肩を落としてゆっくりと進む敗残兵の姿を目にした敵兵の中から、そのあまりの哀れさからか啜り泣きの声さえ聞こえて来た。
クレイブらには、他の仲間や知り合いの安否を問う声を投げ掛けられたが、皆一様に黙りこくるかあるいは、わからないと言って目を伏せて誤魔化し続けた。
肩を落とし、惨めな敗残兵のふりをしながら敵陣の中ほどへと辿り着いた彼らは、突然隠していた牙を剥いた。
馬腹を蹴って駈け出すと、目についた燃えやすそうな物に片っ端から火を点けていった。
「ロルト、あれだ! あいつを焼くぞ!」
ロルトに声を掛けながらクレイヴが目指したのは、一機の投石機であった。
「おう、残った松明は全部あれに投げつけろ!」
ロルトの声に騎兵たちが、応と答える。
騎兵の一団はクレイヴ、ロルトを先頭に、投石機の横を掠めるようにして走り去りながら、残った十数本の松明を投げつけて行く。
「敵襲! 敵襲だぁ!」
「反乱だ! 将軍をお守りせよ!」
突然の炎に、敵陣は騒然となった。この時点でまだ、多数の兵がクレイヴたちの偽装を見破れずにいた。
堂々と味方のふりをして陣の中を走る彼らの背には、まだ白鳳騎士団の旗が立っていたのだ。
混乱する敵陣を尻目に、夜襲部隊は陣を抜けて闇に紛れ、去った。
追撃する者は皆無。皆、消火と混乱を鎮めるのに必死である。
「ええい、なんたることか! 敵の夜襲を許すとは! 歩哨は一体何をしていたのか!」
敵襲の報によって叩き起こされたバリス伯爵は、周囲の者たちを叱りつけ、従兵から剣を受け取ると方々を駆けまわって混乱を鎮めて回った。
一方、この焼き討ちはティガブル城の城壁からもはっきりと見て取れた。
守将であるブレナン伯爵はこの敵の混乱に乗じて撃って出るか迷った。
しかし、思いのほか火の勢いが弱いのと、素早く敵将であるバリスが混乱を鎮めたのを見て諦めざるを得なかった。
だがブレナンはこの状況を大いに利用し、
「見よ、味方の援軍が夜襲を仕掛けたぞ! 陛下が来られたのだ。ならば最早敵は恐れるに足らん。陛下御自ら率いる援軍と、この城とで敵を挟み撃ちにしてすり潰してくれるわ!」
と、厳しい籠城に耐え続ける兵を励ました。
そう励ましつつも心中では、これはシルヴァルド王率いる本隊によるものではないと見抜いていた。
「規模からいっても本隊ではあるまい。ホフマイヤーだろうか? それとも別の誰かであろうか? まぁ誰でもよい。これでまだしばらくは兵たちの士気を保つことが出来るだろう……」
コロナが怖い。外出たくない。
仕事にも行きたくない。あっ、これはコロナ関係なかった。




