作戦開始
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アグの村に到着した連合軍遊撃部隊。アグは住人の数が百にも満たない小さな村である。
そんな小さな村に突如姿を現した大勢の兵士たちに、村人たちは怯えていた。
村人たちとしては、この軍が敵であれば略奪され、たとえ味方であっても強制的な徴発をされるのではないかと気が気では無い。
しかしアデルは徴発を行わず、軍を村に入れるような真似もしなかった。
わずかな供を連れてアグの村へと入り、村長を呼び出す。
真っ青な顔をして震えながら姿を現した村長に、二つの約束をした。
一つ、徴発は行わないこと。
二つ、自分の指揮下にある兵を村へ立ち入らせないこと。
そして平伏しながらなおも震え続ける村長を、自らの手で立ち上がらせるとこう言った。
「我が軍は決して無体なことをしないと今ここで、神の名の元に誓おう。我らの要求はただ一つ……」
ここで一旦言葉を区切ると、恐る恐るアデルを見つめる村長の体がびくりと震えた。
村長が見るにアデルは、体こそ大きいが声の高さからいってまだ少年である。
その少年が要求する物とは一体何なのか?
金か? いや、こんな寒村に蓄えられた金などたかが知れている。
では女だろうか? 色を知るにはまだ早いが、貴族の子は早熟だと聞いたことがあるが、身形を見るからに貧乏くさい田舎娘に手を出すとは考え難い。
それとも酒だろうか? これも金同様、それぞれの家庭で作られている濁酒があるばかりで、質も量も彼らを満足させるには至らないだろう。
そうなると必然的に食料となるが、軍隊を満足させる量を供出できるとは思えない。
口では綺麗な事を言いながら、どうせああだこうだと難癖をつけて、富や食料などを供出させるつもりなのだろうと。
だが、アデルの要求したものはそのどれでもなかった。
「情報を……周辺の地理の詳しい情報を教えて欲しい」
村長をはじめ、近くの家屋の窓からこっそりと成り行きを見守っていた者たちも、理解しがたいというような、何とも言えない表情で固まっていた。
詳しい話を聞くために、村長の家に招かれたアデルたち。
突然の貴族らしき少年の来訪に、村長の妻は取り乱してしまう。
とにかく持て成さねばと慌てる村長らに、アデルは気は使わなくて結構というものの、その気遣いを無碍には出来ぬと考えを改めて、白湯を一杯所望した。
急ぎ用意された白湯をアデルへと差し出す村長の妻の手は、未だ引かぬ恐怖で小刻みに揺れていた。
アデルが礼を言って、ことさら美味そうに喉を鳴らして白湯を飲んで見せると、やっと村長夫妻の顔から怯えの色が薄れていった。
「先程も言ったが、我らはこの周辺の地理の詳細な情報が欲しいのだ」
そう言うとアデルは供をするグスタフに目で合図した。
グスタフは進み出てテーブルの上にこの周辺が書かれている地図を広げた。
「ティガブル城は知っているか?」
アデルは地図上に描かれているティガブル城を指先でなぞった。
村長はこくこくと頷いた。
「このティガブル城を陥落させんとして、現在ガドモア王国が攻撃を仕掛けている。我らはこのティガブル城を救わんとして遣わされた援軍である」
「テ、ティガブル城が敵の攻撃を受けていることは、し、知っております。こ、ここも戦場になるのでしょうか?」
「敵の目的は、まずはティガブル城にある。城が取られたならば、この村にも敵が来よう。そうなればこの村は略奪され、村人たちも奴隷とされ連れ去られるだろう。まぁ、万が一の時のために、いつでも逃げられる準備だけはしておくがよかろう。慌てるな、落ち着け。そうならないために、敵を追い返すために我らが来たのだ。なので協力してほしい」
敵が来ると聞いてパニック状態の村長夫妻をアデルは宥め、どうにかティガブル城周辺の地理について聞き出すことが出来た。
「ほぅ、このカティナの森の中には泉が湧いているのだな?」
「は、はい……この辺りは地面を深く掘れば水が染み出て来るほど、湧水に恵まれておりまして……」
「貴重な情報だ。感謝する。では次に、このルノア湖についてだが……」
アデルがルノア湖について聞こうとすると、村長は困ったような顔をする。
「どうした? 顔色が悪いが……」
「それが、その…………そこに湖は御座いませぬので…………」
それを聞いてグスタフがアデルの後ろから声を荒げて、村長を恫喝する。
「我らを謀るつもりか? 地図には確かに湖が描かれておるではないか!」
アデルは軽く手を上げてグスタフを黙らせた。そして柔らかな口調で、なぜ湖が無いのかを聞いた。
「た、確かに湖は御座います。し、しかしながら、こ、今年は湖は無いのです…………」
どういうことか? ゆっくりでよいから落ち着いて説明して欲しいとアデルが懇願すると、村長は地図に描かれているルノア湖がなぜ無いのかを語った。
ルノア湖は、この地に豊富な湧水と冬の積雪が融けて出来る大きな水たまりのようなものなのだという。
それが今年はこの地方では殆ど雪が降らなかったがために干上がり、幾つかの小さな沼と地面から染み出る湧水による湿地となり果てているらしい。
「湖ではなくて、幾つかの小さな沼と湿地になっていると?」
「は、はい。つい先日も村の者たちと、水たまりに取り残された鯰を取りにいったばかりですから……間違いは御座いません」
「その沼地で水は補給出来るか?」
「は、はぁ、お、おそらくは…………」
「そうか、それならばよい。いや……待てよ……湿地…………湿地か…………つかぬことを聞くが、その湿地は泥深いか?」
問われた村長は、アデルの質問の意図が分からず困惑した。
「は? はぁ…………それはもう…………」
「どのくらい泥深いのだ? 人が歩けばどこまで沈む? いや、人だけでなく馬が渡ることは出来るか?」
「大人であればくるぶし程度までは沈みます。う、馬は無理です。あんなところに乗り入れたならば、たちまちのうちに足を取られて、転ぶか立ち往生するかでしょうな」
それを聞いたアデルは、口角を吊り上げてニヤリと笑った。
それは悪魔、いや魔狼の舌なめずりにも似ていたかも知れない。
現にそれを最も間近で見た村長は、びくりと肩を震わせ慄いた。
「情報の提供感謝する。先程も言ったようにいつでも逃げ出せる用意はしておくように。何か変事があれば伝令を遣わすゆえ……では、失礼する」
アデルは席を立ち村長宅を後にした。
そして村を歩きなながら、ぶつぶつと独り言を呟く。
「良い作戦を思いついたぞ。今回はモンゴルとスコットランドの知恵を借りよう。そのためにも入念な下準備が必要だな」
アデルは陣へ帰ると、さっそく諸将を集めた。
そして村で聞いた情報伝えた。
「ここら一帯の地形を考慮した作戦を考えた。それはこうだ」
地図を広げて、そこに敵味方の駒を配し、順を追って駒を動かしつつアデルは自身の考えた作戦を説明した。
子供の思いついた策であるからにして、修正点などが多々あるだろうと思っていた諸将らは、このアデルの立てた作戦に度肝を抜かれることとなる。
「何か意見はあるか?」
誰の口からも異議は出なかった。
アデルの立てた作戦はまさに完璧であり、まったくのケチのつけようがないものであったからだ。
細やかな仕掛けとそのための入念な下準備。そして敵の心理を読み、その隙を突く。
その先にあるのは明白な勝利。諸将は震えた。それは勝利を予感してなのか、それともアデルの鬼才によるものなのか…………
「よろしい。この作戦が上手く行けば、痛打とはいかないものの敵の士気を下げ、籠城する味方の士気を大きく上げることが出来るだろう。では、グスタフ!」
「はっ!」
「卿は歩兵三百を引き連れてカティナの森に潜伏せよ。村で聞いた泉の確保と、馬防柵などで森を要塞化する準備に取り掛かれ。この作戦が成功しようが、失敗しようが森を拠点とすることに変わりはない。次にザウエル」
「はっ!」
「卿には騎兵を百騎預ける。その騎兵を以ってして、ホフマイヤー伯爵らが負けた場所に赴き、打ち捨てられている味方の旗を回収せよ。我が軍は敵の油断を誘うために、味方の敗残兵を装う。次にロルトとクレイヴ。お前たちは残りの騎兵を預ける。ダグラスと共に森へ赴き、同地にて潜伏せよ。そして昼に眠り夜に起きて、暗闇に目を慣らせておけ。シュルト、卿に歩兵二百を預ける。卿もただちに森へと赴き、そこで枯れ木と落ち葉を集めておけ。残りの者は余と共にザウエルの持ち帰った味方の旗を受け取り次第、ルノア湖跡へと向かう。その際にも一斉にでは無く百、二百と別れていかにも敗残兵らが再び集結している風を装うのだ。では、今より作戦開始である!」
アデルと諸将の体に戦特有の高揚感が突き抜ける。
皆、弾かれるように散り、各々の役目を果たすべく行動を開始した。




