快速進軍
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すみません、更新遅れました。
ちょっと持病の気管支炎喘息の発作が起きまして……なるべく早く鎮めて更新しますので、それまでどうかご容赦くださいませ。
出陣の時は来た。
ふと空を見上げれば、大きな雲がかなりの速さで流れて行くのが見えた。
足元の草木を靡かせる風もやや強い。
そんな中、わざわざシルヴァルドが見送りに来るという。
いまさら戦略や戦術的なことを話しあう必要はない。
単純に出陣に当たっての挨拶をしに来るのだろう。
城外の設営地の真ん中に張られた天幕の中で、アデルはシルヴァルドが来るのを待った。
しばらくするとシルヴァルドの到着を告げる先触れが来た。
アデルは天幕から出てシルヴァルドを迎えた。
「アデル殿、くれぐれも無理だけはしないように」
「わかっております。状況を見定め、適切な運用を心がけるつもりです」
アデルの返事を聞いてシルヴァルドは、やや安堵したような顔で薄く笑った。
「それとだな……」
シルヴァルドが顔を後ろに背け目配せをした。
すると随伴して来た侍女が、アデルの前に進み出て跪きながらある物を差し出した。
「これは?」
「うむ、我が妹からアデル殿への出陣祝い……まぁ、つまらぬ物かも知れぬが、よければ受け取って欲しい」
侍女が差し出しているのは折りたたまれた一枚のハンカチ。
そのハンカチには小さな白い花が刺繍されている。
刺繍の出来栄えは、素人目で見てもあまり上手とはいえない。
だが下手であっても、その好意はとてもうれしく感じられた。
「ありがたく頂戴致します。一つ質問なのですが、この刺繍の花の名前は何と申されるのでしょうか?」
この問いに答えたのはハンカチを差し出した侍女であった。
侍女は一度シルヴァルドに目でアデルへの直答の許しを乞うて、許可を得てから口を開いた。
「この花は薄雪草の花で御座います」
なるほど、とアデルは頷いた。
「薄雪草は城の庭で栽培しておるのだ。あれは様々な病気に効く薬草なのでな」
この国でエーデルワイスは、消化器や呼吸器疾患に効く薬草として珍重されている。
「なるほど、それで……ヒルデガルド様に、アデルが感謝していたとお伝え願いたい」
心得たと、シルヴァルドは頷く。
「ではこれより、連合軍遊撃部隊出陣致します」
「頼む。余が行くまで持ちこたえてくれ」
二人は握手を交わした。
アデルが出陣の下知を飛ばすと、将兵らは隊伍を組んで出発し始めた。
設営地を去って行くシルヴァルドを見送ったアデルは、最後尾に付いて出発した。
しばらく進んだのちに、アデルは馬上で懐にしまった贈り物のハンカチを取り出し呟く。
「エーデルワイスの花言葉は、たしか勇気だったっけな……」
アデルの言う通り、エーデルワイスの花言葉は勇気である。他にも、大切な思い出という意味もある。
そしてさらに、大胆不敵という意味もあるのだった。
ーーー
アデル率いる連合軍遊撃部隊は、順調過ぎるほどに順調に進んでいた。
それも味方も驚くような速さで。もし仮に敵がこの進軍速度を知れば、驚いて腰を抜かしたかもしれない。
従来の倍近い速度で進軍するアデルは、途中で通過する街や村に兵を絶対に入れなかった。
軍隊が街や村を通過する際には、徴発という名の半ば略奪のような行為が行われることがしばしばであったが、これをアデルは一切させなかった。
徴発を避けるために、各街や村が自発的に食料や物資などを差し出して来たが、アデルはこれらを受け取らず、必要であればすべて適正な値段で買い上げていった。
当時としてはこのアデルの行為は異端。高潔な行いとして、あっという間に人の口から人へと広まっていった。
「アデル王は誇り高き御方だ」
「道案内に雇われた者の話だと贅を好まず、食事も兵士らと同じ物を食べられているとか……」
「アデル王はこう仰られたそうだ。我々はこの国を守るために来た。国とはすなわち民であると。その民を守るために王侯貴族がおり、軍隊があるのだと」
「まことお若いのに大した御方であらせられる。将来は我が君に勝るとも劣らぬ名君になられるに違いない」
アデルとしては同盟国内で要らぬ諍いを起こさぬように配慮しただけであったが、どうやらノルト王国の国民の目には、アデルは民に寄り添う英君として映ったらしい。
そのうち連合軍遊撃部隊は、行く先々で民衆の歓迎を受けるようになっていった。
「我が王の徳は異国にまで鳴り響いている」
誇らしげにそう言うネヴィル王国大将軍のギルバート。
諸将らもその言葉に頷く。
アデルとしては当たり前のことをしているだけなのに、何だか褒められてピンとこないわ照れくさいわで、複雑な顔をしていた。
こうして順調に進んでいる連合軍遊撃部隊に、凶報が舞い込む。
「ご、御注進申し上げます! 御味方、大敗に御座います!」
息を切らせて喘ぎながら味方の大敗を伝える伝令。
アデルは急遽進軍を停止し、麾下の諸将を集めた。
「たった今伝令が我が軍に到着し、味方の大敗を伝えて来た。詳しい話を聞くところによると、ホフマイヤー伯爵率いる軍が、ガドモア王国軍に敗れたそうだ」
それを聞いた諸将に戦慄がはしる。
誰も口を開かぬ中、アデルは話を続けた。
「敵軍はティガブル城を攻略すると見せかけた上で、実際にはこれを無視して北西へと転進。自領を攻められると見たホフマイヤー伯爵は、これを遮るようにクラーテ平原に布陣。敵軍はこれを討ち破ったというわけだ……想定するだけでも倍以上の兵力差があるのに正面決戦をするとは、味方は実に愚かというしかないな」
敗北した味方を貶めるような発言にムッとしたのか、グリムワルド男爵が窘めた。
「勇敢に敵に立ち向かった味方に対し、愚かとはいささか酷ではありませぬか」
「いや、愚かである。後背にティガブル城を残して敵中奥深く攻め入るはずが無いのは、よくよく考えれば誰でもわかることである。にもかかわらず拙い敵の策に乗り、敗北を喫するのを愚かと言わず何とするか」
アデルの味方をなじるような厳しい口調に、今度はアムドガル男爵が口を挟んだ。
「しかしこれは仕方がないのでは? 自領に敵が向かったとあれば、兵たちの士気にも関わることでもありますし……」
「まさにそこだ。兵の士気。こちらの士気が下がる前に、敵の士気を下げてやればよかったのだ。つまり、こうだ……」
アデルは卓上に広げたティガブル城周辺の地図を広げ、敵味方の駒を配した。
「敵がこう進むのであれば、ホフマイヤー軍はこう……敵の鋭鋒を避け、側面や背面を窺うようように動く、もしくはさらに大きく迂回して敵の退路を断つような動きを見せる、それだけで敵の足は止まったのだ。何も馬鹿正直に敵軍の前に立ち塞がる必要はない。後はティガブル城方面に転進し、城方と連携しながら援軍本隊が来るまで持ちこたえれば……いや、もうよそう……今更ここでこの件について議論しても結果は変わらない。それよりもこれから我が軍はどうするかだが、卿らの意見を聞こう」
このまま進むべきか、それとも退くべきか……
結果、ネヴィル側の将はアデルを含めてこのまま当初の予定通り進軍すべきであると主張。
グリム、アムド両男爵は、一度後退してシルヴァルド王率いる本隊と合流すべきでると主張した。
「ここで退けばティガブル城がいくら堅城として名高き城であろうとも、無事で済む保証はない。それに我々の存在意義も失うことになる。城が落ちれば、何の為の援軍かと笑いものになるだろう。なので、当初の予定通り、我が軍はこのまま進軍する。安心せよ。敵軍と正面からまともにぶつかるような真似はせぬ。あくまでも我らは敵軍が城攻めに集中させぬよう、邪魔をするだけだ。それと、敵将は伝令の話によると、バリス・ユングリー伯爵とのことだが、誰かこの者について詳しく知る者はいるか?」
アデルが敵将の名を告げると、座がどよめいた。




