豊かな食卓と、きな臭い話
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
感想の設定を間違えてました。申し訳ありませんでした。
今は誰でもウエルカム状態に直してあります。
ネヴィル家も領民たちも、領内を訪れてくれる唯一の商会であるロスキア商会の人々を歓迎し、酒と料理を存分に振る舞いもてなす。
この日のネヴィル家の食卓には、わざわざ猟師が今日のために山へと入って獲ってきた鹿の香草焼きや、昨秋に遡上してきた鮭の燻製肉、大切な家畜である鶏を潰したチキンソテーや貴重な卵をふんだんに使った卵料理、そして三兄弟が教えた豆乳とおからと豆腐。
田舎料理とはいえ、色とりどりの様々な料理が、所狭しと並べられている様は正に圧巻の一言であった。
これほどのもてなしを受けて悪く思う者はいない。
ロスキア商会の者も、ロスコ本人も大いに満足かつ感謝していた。
込み入った話は後でということで、まずは存分に酒と料理を楽しんで貰うことにする。
先ずは口を湿らそうと、ロスコはカップに注がれている白い飲み物に手を伸ばした。
山羊の乳か何かであろうと思っていたそれは、舌触り滑らかで山羊乳のような粘り気は無く、えぐい臭みも無く非常に飲みやすい。
「……これは、何ですかな? 山羊の乳では無いようですが……」
「それはね爺ちゃん、豆から作った豆乳という飲み物なんだよ」
三男であるトーヤが得意げに教える。
「ほぅ、豆から! これは何とも、不思議な……いや、味はさっぱりとしていて非常に飲みやすいのですが、これが豆から出来た物とは……」
「爺ちゃん、驚くのはまだ早いよ。そこの白い塊は、その豆乳を固めた物で豆腐って言うんだ。さらにその手前にある麦粥の上に薄く掛かっているのは、豆乳や豆腐を作る時に残った滓で、おからって言うんだ」
どれどれ、とロスコはまず白い塊……豆腐をスプーンで掬ってみる。
何の抵抗感も感じずに掬われ、スプーンの上でふるふると震える豆腐をしばし眺めたあと、ロスコは思い切って口の中へと運んでみた。
それはロスコにとって、いやこの地に住む人々にとっては奇妙な食感であった。
噛むまでも無く、舌だけで形が崩れる豆腐の柔らかさ、そして少しだけ後から来る豆の風味と味わいに、ロスコの目は穏やかに細まる。
「ふーむ、変わった食べ物ですなぁ……豆腐と言いましたか……しかし以前にはこの地でお見かけしなかった料理。一体どこからその製法が伝わって来たのでしょうか?」
ロスコの疑問はもっともである。今まで何十回とこのネヴィル領を訪れてはいるが、今まで一度たりともこの豆腐や豆乳を口にしたことがないのである。
「それは孫たちが、我が家にある古い文献を読み解いて再現したものであってな……儂らもつい昨年知ったばかりなのじゃよ。ロスコ殿、驚くのはまだ早いぞ。ほれ、その目の前にある肉の塊を食してみると良い」
ロスコはジェラルドの勧めるがままに、目の前の肉の塊……豆腐ハンバーグにナイフを入れ、食してみる。
「ほほぅ、これはまた……見た目よりは遥かにさっぱりとしていて、年老いた私めであっても、もたれを気にせずに食べられそうですな。これは一体何の肉で御座いましょうか?」
「聞いて驚くなかれ、それはの……子ヤギの肉と豆腐を混ぜた物じゃ。ロスコ殿と同じく、儂も随分と年を取った……もう脂がギッシリとのった肉料理は身体が受け付け辛くなってきたわ。だがこの豆腐ハンバーグだけは別じゃ。豆腐がそのしつこさを消してくれるでの。今では儂の大好物となっておる」
確かに、とロスコは頷く。肉料理は好きだが、年を取ると脂がキツイのである。
さらに詳しく聞くと、この豆腐ハンバーグは肉と豆腐の比率が半々であるというではないか。
つまりは肉料理でありながら、見た目よりも肉そのものを節約出来る。単純に考えて、今までのハンバーグ一つの肉量で、この豆腐ハンバーグは二つ出来るということである。
これは間違いなく金になると、生粋の商人であるロスコは直ぐに閃きを感じた。
そんなロスコの表情を見て、ジェラルドは切り出す。
「ロスコ殿……儂らの頼みごとを聞いてくれるのであれば、これらの製法をお教えしよう。どうであろうか?」
実に魅力的な提案ではあるが、ロスコは老獪な商人でもある。目の前にいくら魅力的である餌をぶら下げられても、おいそれとは喰い付きはしない。
「先ずはその、お話とやらを聞いてからでよろしいでしょうか?」
ジェラルドは愛想よく微笑みながら頷いた。
「アデル、あれをロスコ殿に御見せしなさい」
「はい、お爺様」
アデルは席を立つと、ズボンのポケットの中から小さな小石を取り出した。
そしてその小石を、ロスコへと渡す。小石を受け取ったロスコは、手の上で小石をくるくると回し、割れた断面を見たとたんに、くわと両目を大きく見開いた。
「これは! これを一体どこで?」
何処から買い求めたのかと言おうとしたが、寸前で思いとどまる。
言っては何だが、このネヴィル家は爵位も低く財力も乏しい。とてもではないが、このような宝石の類を買い漁り楽しむような余裕は無いはずである。
だとすれば答えは一つ。この宝石は、ここネヴィル領で取れたものに違いない。
「その宝石……多分オパールだと思うのだが、それをロスコ殿の手で売ってきて欲しいのだ」
これはロスキア商会にとっても、願ってもないことである。現在、この地の商売のほぼ全てをロスキア商会が担っている。
ということは、ロスキア商会がこのネヴィル領から産出されるであろう宝石の仕入と販売を、ほぼ完全に独占できるということだ。
ロスコは興奮に打ち震えた。これまでの人生で、これほどまでの巨大な利益をもたらすであろう商機はなかった。
人生の折り返し地点をとっくに過ぎた後、最後の最後でこのような機会に恵まれるとは、死ぬ前に商人として一花咲かせることが出来る喜びが、全身から湧き出てくるのを感じていた。
しかし、すぐにその興奮は冷めてしまう。時期が悪かった。せめて先王の時代であればと、ロスコは一人臍を噛む。
「…………難しいですな……いえ、この宝石に問題があるわけでは無いのです」
そう言ってロスコは三人の孫たちの顔を見る。その行為だけでシェラルドは、ロスコが何を言いたいのか察した。
「構わぬ、続けてくだされ。孫たちは貴族。生まれいでし時より、覚悟は定まっているものである」
その厳格な祖父の声を聞いた三人は、これからロスコが話すことには、多分に血なまぐさいものが含まれているだろうと察した。
「爺ちゃん、俺たちは知りたい。いや、何れこのネヴィル家を継ぐ俺たちは、色々と知らなくちゃいけない。俺たちのことは気にせず話してよ」
これが齢七つの子供の言葉かとロスコは目を見張った。そして孫たち三人を見回し、長男であるアデルの瞳の中に強い意志の光を感じると、大きく溜息をひとつだけついて語りだした。
「実は今、王都は大変なことになっておるのです」
ロスコの話はこうであった。昨年の秋口に王が新たに十六番目の妃を迎え入れ、その妃が大層寵愛を受けており、その十六番目の妃のために新たに離宮の建造を始めたのだという。
現在このガドモア王国は、東にイースタル王国、北にノルト王国と事を構えており、当然ながら嵩む戦費により臣民に重税を課し、国全体が喘いでいる状態である。
「当然そのような金はどこにもありません。それで王は、今度は我ら商人から搾り上げようとしているのです。我らとて、多くの税を納めており決して余裕があるわけではありません。現に一部の大店は王の政策に異を唱えて反発しています。このような時に、もしこのネヴィル領からこのような物が取れると王が知ったのならば、必ずや災いを呼ぶに違いありません」
ネヴィル家だけではなく、そしてそれを扱ったロスキア商会もただでは済まないだろうことは、想像に難くない。
この話を聞いて、ジェラルドだけでなく、ネヴィル家当主であるダレンも、その弟であるギルバート、そして三兄弟も王のあまりの愚かさに憤慨した。
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