双六
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三月中旬、早馬によりネヴィル王国派遣軍がリルストレイムまで数日のところにまで迫っているのを知る。
「叔父上が来てくれたのか! それに三千もの兵を! あいつら…………あいつら………ありがとう、ありがとう…………」
かなりの無理をしてでも、最大限の兵数を送り出してくれた弟たちにアデルは感謝し、故国の空に向かって深々と頭を下げた。
「おい、アデル! ついさっき商人が、お前が注文した武器の納入が間に合わないって、謝りに来たぜ」
近衛騎士副団長の肩書を持つにもかかわらず、ゲンツは昔の悪童っ気が未だ抜けず、国王であるアデルにぞんざいな口を利く。
直接の上司に当たる近衛騎士団長のブルーノが度々諌めるも、ゲンツは口調を改めようとはしなかったし、アデルもこれは性分だと言って笑って許している。
「そうか、間に合わなかったか……まぁ、いいさ。ゲンツ、その商人に伝えてくれ。凱旋したのちに受け取って国に帰るので、それまでには間に合わせてほしいと」
「わかった」
口調こそ乱暴だが、命には素直に従う。
そんなゲンツのギャップがアデルにはとてもおかしく、そしてゲンツの人間味として好ましく思えていた。
「陛下、お茶会のお時間です」
ゲンツと入れ違いに外務大臣のトラヴィスが入って来た。
「もうそんな時間か……わかった、すぐに行く」
冬が終わり、春が訪れてもシルヴァルド、そしてその妹であるヒルデガルドとのお茶会という名の交流が続いていた。
最初は堅苦しさを感じていたものも、この頃には二人ともすっかりと打ち解け、互いに愛称で呼び合う仲となっていた。
「本日もお招きに預かり恐悦至極……」
シルヴァルドの自室に招かれたアデルは、既に卓を囲んでいるシルヴァルド王とヒルデガルド王女に笑顔で形式通りの堅苦しい挨拶をしようとするが、
「よせよせアデル、似合わぬことはするな」
と、白い歯を見せて笑うシルヴァルドに止められた。
「そんなに似合わないかな? やっぱり貫禄が足りないのかな?」
「ははは、確かにアデルは……いや、余もだが、二人とも若いからな。そういった仕草が馴染むには、そう……あと二十年は必要かも知れぬな……」
辿り着くことの出来ない遠い世界を見る、そんな目つきを一瞬だけシルヴァルドは見せた。
アデルはあえてそれには気付かない振りをした。
「今日は三人で出来る遊戯をしましょう」
「まぁ! 今日は将棋ではなくて新しい遊びですの?」
「ええ、ルールは簡単なのですぐに遊べますよ」
アデルはテーブルの上に持参した羊皮紙を広げた。
羊皮紙には道が描かれ、その道はマス目に区切られている。
次にアデルはポケットから三つの駒とサイコロを取り出した。
そうこれは双六である。
ルールを説明するともとより簡単なルールとはいえ、二人は一度の説明で完璧に覚えた。
アデルの駒は黒く塗られた狼。シルヴァルドの駒は青いチェスのキングのような駒。ヒルデガルドの駒は純白のクイーン。
「では、順番は年の若い順にしましょうか。さぁ、ヒルダからどうぞ」
「あら、ありがとう。何事も一番最初というのは緊張致しますわね。えい!」
ヒルデガルドが振ったサイコロの目は五。
「いちにさんし、ご! え~と、二マス進むと書いてありますわ」
白い駒が合計で七マス進む。
「次は俺っと……」
アデルの目は三。
「空白、何も無しっと」
「では余だな。それ! む、一か……」
シルヴァルドは駒を一つ進ませた後、眉を顰めた。
「なに? 一マス戻るだと? つまり振出しということか……チッ」
この兄妹は勝負ごとになると途端に熱くなる性格である。
「あら、兄様が足踏みしている間にどんどんと進みますわよ! それ!」
ヒルデガルドの目は二。進んだ先には一回休みの文字がある。
「あ~、残念ですわ! 二人を大きく引き離すチャンスでしたのに!」
「そうはいきませんよ、っと! 三か……二マス進むだな」
アデルとヒルデガルドの二人に大きく離されたシルヴァルドは、憮然とした表情でサイコロを振った。
「まだまだ勝負はこれからよ。それっ!」
シルヴァルドの出した目はまたしても一。
駒は一マス進んでまた一マス戻る。納得いかぬといった表情で、シルヴァルドはまじまじとサイコロを見つめている。
「細工などしてませんよ」
「本当であろうな?」
「誓って」
「…………信じるぞ……」
この二人のやり取りが面白かったのか、ヒルデガルドが口許を手で隠して笑う。
この第一回の双六の結果は、ヒルデガルドが一位、アデルが二位、そしてシルヴァルドが三位であった。
この兄妹は負けず嫌いである。シルヴァルドは即座に二戦目を要求した。
二戦目はアデルが一位、ヒルデガルドが二位、そしてまたシルヴァルドが三位であった。
当然ながらシルヴァルドは再戦を要求した。そして時間の許す限り双六は続けられた。
この日、シルヴァルドは一度も一位を獲得することが出来なかった。
「次回は勝つ! 必ずだ!」
悔しさを滲ませながらシルヴァルドが吠える。
時間が来てお開きとなり、ヒルデガルドが退出するとアデルは卓上を片付けた。
そしてシルヴァルドが卓上にノルト王国の地図を広げた。
ここからは二人だけの軍議の時間だ。
二人に先程までのリラックスした表情は無い。まるで敵が眼前に居るかの如き鋭い眼光で、地図を睨んでいる。
「我が国の軍勢三千が二、三日の内に到着します。一日、二日休ませてから出発ということでよろしいか?」
「うむ。その辺の判断は貴殿に任せるが、ウチから貴殿に預ける兵数だが如何ほど欲しい? 二週間ほど時間を貰えるならば、一万は預けられるが?」
「二週間………それでは遅すぎます。四、五日でどれぐらい貸していただけますか?」
「そうだな……精々三分の一の三千といったところか……」
兵たちは御触れの後、村や街からまず最初の合流地点へと向かいそこで編成され、さらに次の合流地点へと向かい、そこでまた編成されるを繰り返しつつ、最終合流地点を目指していく。
全軍が揃うまで、兎角時間が掛かるのだ。
これはノルト王国のみならず、周辺諸国みなそうである。
唯一、ネヴィル王国だけはその状態から脱却しようと試みているが、主に経済的な理由により実現には至っていない。
「雪が降らない、降っていたとしてもたかが知れているガドモアの方が、我々よりも早く行動開始するでしょう。下手をすれば本隊が到着するより前に、敵の主目標であるティガブル城は囲まれ、最悪の場合陥落してしまうかも知れません。そこで先ずは、少数でも良いので何よりも早く戦場に到達し、城兵の士気を上げつつ、陽動によって敵を攪乱し、城の攻囲を妨害せねばなりません」
雪解けが早い、あるいは全く関係ないガドモア王国の方が、ノルト王国よりも早く行動できる。
つまり、先手を打たれているのだ。この極めて劣勢な状況下で、どうにか本隊が到着するまでティガブル城を陥とされることなく維持し続けるのは至難である。
「そのためにはたとえ一日といえども時間が惜しいか……しかし、この役目には危険だ。やはり貴殿は余と共に本隊として行動すべきであろう」
小なりとはいえ、同盟国の王がノルト王国の国内であっさりと討たれたとあっては、ノルト王国の威信にも関わるし、大きく士気も下がる。
「ご心配には及びません。敵本隊と正面から当たる愚は犯さないつもりです。失礼ながら、場合によってはホフマイヤー伯爵率いる軍勢とも合流せずに、そのまま遊軍として敵本隊に対する妨害活動を続けようとも思っております」
「貴殿ならばもう御存じかも知れぬが、ホフマイヤーは扱い難き者よ。おそらくはであるが、余が言い含めたとしても貴殿のことを軽んじよう。したがって貴殿の言う通り、無理に合流せずともよい」
「ありがとうございます。我が軍は機動力を重視しておりますので、なまじ意思疎通の図れない大軍の中にいるよりも、自由に動き回る方が軍の特性を殺さずに済みます」
「貴殿が馬と馬車を集めているのは知っている」
アデルはここで今回の行軍に対する自身の構想を明らかにする。
「なるほど、それならば従来よりも早く戦場に到達出来るな」
「はい、おおよそではありますが、従来の三分の二程度の時間で戦地に到着出来るでしょう」
「だがそうなると、やはり多くの兵を率いることは出来まい。今からさらに馬や馬車を用意するというのは厳しかろう?」
「ええ、ですからお借りする兵は二千でお願いします。我が軍と合わせて五千。これが計画通りの行軍速度を維持しえる最大兵数となりましょう」
「わかった。直ぐに用意する。余はエフト王との同盟の締結後ただちに軍を率いて向かう。決戦は余と貴殿とエフト王、この三国の王が肩を並べ共にガドモアを討つ。これでよいか?」
「ええ、決戦時にはそのように致しましょう。これによって世に大きく三国同盟を知らしめることができ、三国の絆の強さを見せつけることが出来ましょう」
出陣の時はもう間近に迫っている。あくまでも冷静なシルヴァルドに対しアデルは、緊張による冷たく、そして興奮による熱い、背反する汗をその身に感じていた。




