援軍出陣
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「なるほど…………主義や政策に対する価値観の違いから、ホフマイヤー伯爵とやらはシルヴァルド殿に反発しているわけだな?」
先日行われた軍議において、老宰相ブラムの言葉が気になっていたアデルは、部下たちに命じてホフマイヤー伯爵について調べさせていた。
戦場で組む相手である。人となりや性格、考え方など調べておいて損はない。
「はっ、ホフマイヤー伯爵は、言うなれば王侯貴族主義とでも言いましょうか。野に広く人材を求めるシルヴァルド王に対し、国を発展させる人材は王侯貴族の内から輩出させるべきであると、常々公言しているようで…………」
「君臣の間に隙があるのはいただけないな。ましてや、大敵ガドモアを前にして。う~ん、でも弱ったな……そうすると、そのホフマイヤーとやらに余も受け入れられそうにないな。伯爵の戦略や戦術などについてはどうなのか?」
「はっ、それにつきましては、代々彼の地の防衛を任されておるようです。ノルトとイースタルを結ぶ要衝を任せれていることもあり、自負が強く、また国境付近での小競り合いでも度々勝利を収めているようで、そのことを誇張し自慢しているようで……」
「やり辛いなぁ……多分、自尊心が強くて名門であることを鼻にかける人物とみた。でも戦の方は強いならば、それはそれで……」
「それにつきましても少々疑問が御座います。国境付近の小競り合いといいましても、聞く話によれば数名から数十名規模のものでして、今回のように千や万の軍勢を動かすのとはわけが違いましょう」
「それを言うならば、余も同じだ。防衛戦を経験してはいるが、あれは実質的にはお爺様や叔父上が指揮したに等しいからな。そのお爺様や叔父上でさえ、万余の軍勢の指揮などされたことはないのだ。まして余などは、野戦に赴くのも初めてなのだからな。そのことも含めて、戦場において余は軽んじられるだろう」
アデルは考える。たとえ援軍として合流しても、経験と実績のない自分は邪魔者扱いされるか、最悪捨て駒として扱われかねないのではないかと。
ならばいっそのこと、合流せずに遊軍として動くべきか? それとも合流しても自軍の指揮権を預けずに独立性を保ちつつ動くか?
どちらにせよそれでは緊密な連携など取りようもなく、作戦行動上においての不利は免れないだろう。
「それでグスタフ、卿の予想ではどの程度の兵を送って来ると思う?」
「はっ、守備にまわす分を差し引いて、おそらくは千五百から二千程度かと……」
仕方のないことなのだが、少ないとアデルは思った。
「数を揃えるために傭兵を雇うか……」
「陛下……陛下……残念ですが、それは無理と言わざるを得ませぬ」
無念そうに目を伏せるグスタフ。それを見たアデルは思わず、素の十三歳の少年に戻り声を上げた。
「えっ?」
「陛下、お忘れで御座いましょうか? 陛下は馬車を揃えよと御命じなされましたが、馬車を牽くには馬が必要で御座います。これから戦が起こるとなれば、当然馬の値は右肩登りに上がります。初動が早かった分、それなりの数を揃える事が出来ましたが、それ相応の金銭を使いましたので……」
「つまり、もう傭兵を雇うだけの金が残っていないのか」
「はっ、誠に申し訳御座いませぬ。傭兵も馬と同じく、戦時には値が張りますので……」
「いや、卿の責任では無い。そうか、そうか……千五百、千五百の兵で何が出来るか考えねば……」
これはまず間違いなく援軍として合流しても軽んじられるに違いない。
だが機動力は確保した。やはりここは遊軍として、機動力を活かして立ち回るべきなのか?
春はもうすぐそこまで迫っている。戦いの日は近い。
ーーー
あっという間に時は過ぎコールス山地の雪も解け始めると、ネヴィル王国は即座に軍をアデルの元へと送り出した。
その数三千余り。騎兵も出せる最大限にほぼ等しい七百騎ほど揃えた。
総指揮官として大将軍のギルバート、その下にザウエル、バルタレス、シュルト、ロルト、クレイヴらが将として続く。
これら援軍の出陣に際し、絵心のあるトーヤが幾つかの旗を用意した。
その一つはネヴィル王国大将軍であるギルバートの旗。かつてノルトの将兵らに戦場での勇猛果敢振りからダレンは黒豹、ギルバートは白豹と呼ばれ畏れられていた。
その異名をモチーフにして、ギルバートの旗には白豹が描かれている。
これによりギルバート公爵は以後、白豹公と呼ばれることになる。
またアデル個人の旗も用意された。これはダグラスによって、アデルがノルト王国にて黒狼王と呼ばれていることと、父親であるダレンのパーソナルカラーの黒を継承して、黒い狼が描かれていた。
これに伴いカインは赤い狼の旗を、トーヤは白い狼の旗を自旗とした。
そして三兄弟の略旗として黒、赤、白の三色の旗も作られた。この旗は今回用いられる事は無かったが、のちにこの旗が大きな意味を持つこととなる。
こうしてアデルは黒い狼の黒狼王、カインは赤い狼の赤狼公、そしてトーヤは白い狼の白狼公と呼ばれることになる。
国旗である三頭狼の旗もリファインされ、三兄弟の色を上手く取り入れ、三頭狼は黒、下は赤、そして縁取りは白となった。
「叔父上、頼みます!」
「アデルを……陛下をお頼みします!」
カインとトーヤの二人が叔父であるギルバートを拝むようにして送り出す。
ギルバートの目を見たジェラルドは何も言わない。
言わなくてもギルバートの思いはわかっている。
ギルバートは次こそは、危急の際には命に代えても主を守り、逃すだろうと。
「任された! 今回はあのような無様な姿は見せぬと約束する!」
そう言ってギルバートは、颯爽と愛馬である白馬に飛び乗った。
ちなみにダレンの愛馬は黒で、このギルバートの愛馬が白だったことに加え、その勇猛果敢かつ俊敏な戦いぶりから、黒豹、白豹と称されたのであった。
この時のギルバートの姿といえば、鎧は纏っておらず平服。
みれば全将兵共にギルバートと同じく平服のままであった。
身には腰に剣を帯びているのみの、まったくの軽装。
鎧兜、その他武具の類は随伴する馬車で運搬する。これは今や同盟国となっているエフト王国、そしてノルト王国を通過するに際し、重度の武装の必要は無いとの判断と、勾配のきつい山道を行くのに将兵の疲労を最小限に留めるための配慮の結果であった。
「交易等で使う最低限の数の馬車以外、国中の殆ど全ての馬車と馬を動員したからなぁ」
途切れることなく続く人馬と荷馬車の長蛇の列を見送りながら、カインが呟く。
「アデルが寄越した手紙から、少ない兵力を機動力で補おうとする意図を感じられた以上、出来る限りその希望を叶えてやりたいしね」
果たしてアデルは勝てるだろうか? そういった不安を含んだ目をトーヤに向けるカイン。
それに対してトーヤは、アデルの元へと行くことが出来ない悔しさを顔に表しつつも、必ず勝つに決まっていると無言で頷いた。
「そうだな……俺たちの兄だもんな。それに俺たちの頭の中にはこの世界だけでなく、前世において培われた戦略や戦術が詰まっている。きっとその場その場にあった戦略や戦術を導き出して、勝利するに違いないな」
こうしてネヴィル王国歴三年の三月初頭、ネヴィル王国大将軍ギルバート率いる三千の兵がノルト王国にて待つアデル王の元へと派遣された。
三兄弟のパーソナルカラーを決めました。
アデルは黒、カインは赤、トーヤは白。トーヤの白とギルバートの白が被っちゃうけど、モチーフの動物違うってことで許して下さい。




