友好のプリン
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厨房の使用許可を得たアデルは、早速料理長のモーリスと共にプリンの製作に取り掛かる。
まず新鮮な卵を割り、卵白と卵黄を選り分ける。プリン作りに卵白は使わないが、そのまま捨てるのは勿体無いのでオリーブオイルと砂糖、そして燕麦粉と混ぜて釜で焼き上げた。
焼き上がったそれは、クッキーともビスケットとも言い難いもので、ほんのりと甘くぼそぼそとした食感と、食べた後に舌の上に残るざらつき感といい、舌の肥えているアデルには受け入れがたい物ではあったが、周りの者たちに試食させたところ、概ね好評であった。
「まぁ、おやつとしては及第点ってところかな…………おっと、いけない! 肝心なのはこれじゃなくてプリンの方だった」
アデルの作ろうとしているプリンは焼きプリンである。その材料にネヴィル、ノルト両国の物を使うことで、暗に両国の結びつきの大切さを知らしめんとする目的があった。
ゆえに、本来ならば牛乳を使うところに豆乳を用いて、砂糖の他にも甘味として蜂蜜を入れた。
気泡の問題などで何度も作り直し、ついに完成したプリンは牛乳ではなく豆乳を使用したせいか、アデルの記憶にあるプリンより、いくらかあっさりとしたものであった。
次に取り掛かったのはプリンに掛けるカラメルソース。
砂糖に水を混ぜ、弱火でゆっくりと鍋を揺すりながら溶かし、色を付けていく。
そしてあら熱をとったプリンに、カラメルソースを掛けて完成である。
「出来た! これぞネヴィル流プリンの完成形だ!」
と、はしゃぐアデル。
いつしか厨房には、アデルたちの他にもノルトの宮廷料理人たちがひしめいていた。
アデルが彼らにも試食して貰おうと、出来上がったプリンを手渡した。
ノルトの宮廷料理長が恭しくたかがプリンを受け取るのが、ツボに入ったアデルは笑いを堪えるのに必死であった。
「では、失礼を…………」
ノルトの宮廷料理長はそう言って、銀の匙でカラメルソースの掛かったプリンを一掬いし、口の中へとおさめた。
口の中で転がすように味わった料理長は、無言のまま横に立つ副料理長へとプリンを渡す。
受け取った副料理長は同じようにプリンを一掬いし食べると、頬を緩め感嘆の声を上げた。
「これは……卵を使っているのにしつこくありませぬな! 口当たりもまろやか、それにしてさっぱりとしております」
これに対し料理長は、
「うむ、本体、ソース共に砂糖を使っているというのに、その甘さだけが前面に押し出されているというわけでもない。ソースのほろ苦さがまた、素材の甘さを引き出している。素晴らしい!」
二人の感想を聞いたノルトの料理人たちは、先を争うようにして自分も、自分もと試食を求めた。
そしてプリンを口に含むたびに漏れる称賛の声やため息を聞いて、アデルも満更ではない笑顔を浮かべた。
「陛下は極端に味付けの濃いものや、後味を引くものがお嫌いであるが、これならば必ずやお気に召されるであろう」
こうしてノルトの宮廷料理長のお墨付きを得たプリンは、次のお茶会の時に供することが決まった。
ネヴィルの豆、ノルトの砂糖を使ったこのプリンは、両国の友好を象徴する菓子として世に広く伝わっていくこととなる。
後日シルヴァルドのセッティングで茶会が開かれた。
招かれたのは実妹であるヒルデガルドとアデルの二人のみ。
茶会が始まると開口一番にヒルデガルドが、先日の非礼を詫びた。
アデルは、自分はあのような場に慣れていないので、何が礼を失したのかすらわかりませんでした、とすっとぼけてみせた。
「なにはともあれ、本日は御二方に、両国の素材を用いた菓子を御賞味して頂きたく。御口に合うとよろしいのですが……」
そう言うとアデルは、卓上にある鈴を持ち上げ、軽く鳴らした。
ノルトの冬の空気を感じさせるような、澄んだ音色が鳴り響くと、隣室に待機していた給仕の者たちがサービスワゴンと共に入って来た。
そしてクロシュを取ると、中から白い陶器に入ったプリンが三つ。そのプリンの表面には茶色いカラメルソースがたっぷりと掛けられている。
「ほぅ、これも貴殿が?」
「ええ、この国で良質な砂糖と出会えましたので。レシピはこの国の宮廷料理人たちにも伝えてありますので、もしお気に召したのならば、彼らに御所望なさるがよろしいでしょう。さぁ、頂きましょう」
アデルは音を立てないようにスプーンで掬い食べた。
「ん~、甘くて美味しい!」
頬を綻ばせるアデルを見た二人は、アデルよりも上品な慣れた手つきでプリンを掬い、食べる。
血の繋がった兄妹とはここまで似るものなのだろうか?
二人は我を忘れたかのように、真剣な眼差しでプリンを掬っては口へ運ぶのを繰り返す。
「もう、なくなってしまいましたわ…………」
「うむ、誠に残念であるな…………」
相当気に入ったのだろう。あっという間に平らげた二人の視線は、まだ半分ほど残っているアデルのプリンへと注がれている。
じっと見られているアデルは、食べづらさを感じながらも完食。
「アデル殿、この料理の名は何と言うのか?」
「プリン、焼きプリンと言います。卵を使った菓子でして……そうですね……今回は豆乳を用いましたが、牛の乳を使うともう少し味にまろやかさが生じるかと。その分、しつこくもなりますが……」
「いや、これで良い。喉ごし滑らかで、後を引かぬのが気に入った!」
「これならば毎日でも飽きる事無く食べられますわ!」
このようにプリンに嵌った二人は、しばらくの間毎日のように料理人たちに催促したという。
プリンのお蔭ですっかり打ち解けた三人は、その後一時間ほど談笑した。
そして陽の翳りが見え始めた頃、お茶会は御開きとなった。
先にヒルデガルドが退出し、アデルもそれに続こうとするがシルヴァルドに呼び止められた。
「いや、本日は誠に楽しく、有意義なひと時を過ごさせて貰った。礼を言う」
「いえ、プリンが御口に合ってよかった」
「この後も少し良いだろうか?」
アデルに否はない。アデルは立ち上がり掛けた腰を再び椅子におろした。
シルヴァルドは卓上のハンドベルを鳴らすと、駆けつけた給仕の者に宰相とユンゲルト伯爵を呼ぶように命じた。
すぐ近くに控えていたのだろう。宰相のブラムとユンゲルト伯爵は、然したる間もなく姿を見せた。
全員が揃うとシルヴァルドは、茶を用意した給仕の者に、しばらくの間何者も近づけるなと命じた。
「さて、宰相もユン伯も御苦労であった。アデル殿、ガドモア王国に忍ばせた密偵からの報告により、おおよその敵の意図が知れた」
シルヴァルドはそう言うと、ブラムに目配せをした。
「ここからは僭越ながら某が説明させて頂きまする。まず我が国は、東のイースタルと秘密裏に同盟を結んだ状態にありましたが、近年彼の国の王の御容態が悪く、緊密な連携を取る事が出来ず、事実上としてこの同盟関係は形骸化しておりまする」
ここまで一息に説明したブラムは、失礼致すと軽く頭を下げた後、まだ湯気の立ち上る茶を口に含んだ。
「失礼致した。我が国とイースタルとの同盟は、今となってはあって無きようなもので御座るが、ガドモアはそう思ってはおらぬようでして、密偵によれば今準備が進められている出兵の目的は、ここ……」
ブラムは持参した地図をテーブルの上に広げると、ある一点を指さした。
「我が国とイースタルとの国境であるこの地点に兵を出し、抑えることで陸路での分断を図ることで、両国の連携を阻害するのが目的であることが判明いたしております」
「最早イースタルなど何の当てにもならぬ。彼の国の王子たちは、いつ崩御するかも知れぬ王の後を継がんとして、闘争に明け暮れておる。とてもではないが、我が国との連携など取れようはずも無い」
苦々しげにユンゲルト伯爵が溜息を吐く。
「今、彼の国には外交窓口が三つある。第一から第三王子それぞれが、自分が王太子であると称しておるのだ。それもこれも王が意識不明となる前に、きちんと後継者を定めておかなかったがゆえのこと。当てにならぬとあれば、我が国単独で防衛せねばならぬ」
そう言うシルヴァルドの言に、アデルは気焔を吐いた。
「貴国単独ではありません。我が国も、そして春にはエフト王国も同盟に加わりましょう。我ら三国共に力を合わせれば、ガドモアごとき恐れるに足らず。目的がわかっているのならば、対策も立てられるはず」
「アデル殿の御言葉、実に心強い。貴国の支援に感謝する。しかしながら、先手は取られてしまうだろう」
どういうことか、と疑問を浮かべるアデル。
「雪だ。ガドモアは雪が降ってもそれほど深くは積もらない。それゆえに春になればすぐに動くことが出来る。比べて我が国は春になっても雪に閉ざされる所が多く、すぐには動けぬ。敵に比べてどうしても遅くなりがちだ」
なるほど、と頷きながらアデルは、厳しい戦いを予感した。
新年早々、風邪を引きました。
飼っていたペットも亡くなり、ダブルショックで鬱でしたが、温かい応援の感想や素晴らしいレビューを頂いたことで元気が出て参りました。
これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。
読者様から、三男のトーヤにはガールフレンドらしき存在が居ないけど、出てこないの? との質問がありましたが、相当先なんですけど出てきます。それも飛びっきりぶっ飛んだ子が。




