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スイーツ大作戦

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 自室に戻ったヒルデガルドは、倒れ込むようにベッドに突っ伏し、枕に顔を埋めた。

 あの聡明な兄ならば、今回のことは自分の幼稚な嫉妬心によるものであると見抜いているだろう。

 動機も恥ずかしければ、結果も無残。さらには礼を失する振る舞いと、すべてが駄目。


「兄上に謝罪をしなくては…………」


 ヒルデガルドは顔を洗い涙の痕を消すと、兄シルヴァルドの部屋へと向かった。

 ノックして許可を貰い恐る恐る部屋へ入ると、お気に入りのロッキングチェアに腰かけた、いつもとかわらぬ兄の姿があった。

 謝罪の言葉を口にするとシルヴァルドは、謝罪の相手は自分ではないと首を横に振った。


「ヒルダ、お前は客人に対して非礼を働いたのだ。ならば、客人であるアデル殿に謝罪をしなければならない。わかるな?」


 ヒルデガルドは未だ赤く充血している目を瞬きさせながら頷いた。

 だが一体どうやって謝ればよいのだろうか? 聞いてもきっと兄は、自分で考えなさいと言うだろう。


「近いうちに一席を設ける。名目はまたお茶会でよかろう。ヒルダ、お前も誇り高きノルトの王族たらんとするならば、必ずや筋は通しなさい。いいね?」


 ヒルデガルドは無言で頷いた。兄の部屋を出たヒルデガルドは途方に暮れた。

 いったいどうやって謝罪をすればよいのだろうかと。

 まさか本当のこと……つまりは、アデルが兄を独り占めしているのに腹が立ったから、ついつい突っかかってしまいました、などとは口が裂けても言えない。


「いったいどうすれば…………」


 今回ばかりは、あの優しい兄も知恵を貸してはくれないだろう。

 ヒルデガルドは頭の中で数々の謝罪の言葉を並べながら、自室へと戻って行った。



 ーーー



 一方その頃、アデルはというと……


「女の子を泣かせてしまった……どうしよう?」


 と、自室に戻るなり今日の出来事を近衛のブルーノとゲンツに話した。

 そして拗れてしまったかも知れないヒルデガルドとの、関係修復のアドバイスを求めた。

 だがこればっかりは、相談相手が悪いとしか言いようが無い。

 片やドがつくほどの真面目人間、もう片方はガキ大将がそのまま大きくなったような男。

 二人から気の利いた答えなど出てくるはずも無く、虚しく時間が過ぎていくばかり。


「そういや近所のミリーと喧嘩したが、次の日野苺をくれてやったらすっかり機嫌が直ったぜ」


 まぁ、一国の王女の機嫌を直すために、まさか野苺を贈るわけにもいくまいなと、ゲンツは笑った。


「そ、それだ!」


 アデルは何かを思い付いたかのように、突然大きな声を上げた。


「え? 馬鹿お前、俺の話を真に受けるんじゃねぇよ! だいたい今の季節、野苺なんてどこにもねぇぞ?」


「野苺は置いといて、女性といえば老いも若きも、大抵は甘いものが大好きなはず。先の同盟締結の宴のおりに見た砂糖菓子を、ヒルデガルド王女が美味しそうに食べていたのを思い出した! 砂糖を少し融通してもらえれば、俺でも飛びっきりのあるスイーツが作れるぞ!」


 物で釣る作戦はどうかとも思ったが、この際やむを得ないと腹を括る。

 ヒルデガルドはシルヴァルドの血の繋がった妹。シルヴァルドとの関係を重視する上で、無視することが出来ない存在であるならば、どんな手を使っても関係の修復に努めるべきである。


「でもよ、そもそも何でそんな喧嘩腰で将棋の勝負を挑まれたんだ?」


 このゲンツの問いにアデルは首を傾げた。


「わかんないよ。俺、何か怒らせるようなことをしたかなぁ?」


「ま、何にせよ多分だがアデルが悪いんだろ。さっさと謝っちまった方がいいぜ。女ってのは面倒くさいからな」


「何で俺が悪いことになってるんだよ……なぁ、ブルーノ?」


 と、アデルがブルーノに話を振るが、当の本人はというとブツブツと何かを呟きながら頭を抱えていた。

 それを見てゲンツが、


「駄目だありゃ。団長さんは堅物だからな。女に対する相談なんか持ち掛けたアデルが悪い。ほらみろ、やっぱりアデルが諸悪の根源なのさ」


 と、大口を開けて笑った。


「わかった。ゲンツは、これから作るスイーツの味見はしなくてもいいな」


「そりゃないぜ! アデルたちの考えた食い物は大抵美味いからな。ブルーノと俺の分、頼むぜ!」


「わかったわかった。ブルーノ、すまんがモーリスを連れて来てくれ」


「はっ、承知致しました。直ちに!」


 わかりもしない女心を探るよりも、体を動かす方が性に合っていると言わんばかりに、ブルーノは勢いよく部屋を出て行った。


「で、一体何を作るんだ?」


「プリンだよ」


「プリン? 聞いたことがねぇな? 美味いのか?」


 プリンに興味津々のゲンツに、そいつは出来てからのお楽しみさと、アデルは笑いかけた。

 日本におけるプリンの歴史は比較的新しい。いま現在の形にほぼ近いプリンが日本にもたらされたのは、江戸時代だという。

 やがてブルーノに引きずられるようにして、息を切らせたネヴィル王国宮廷料理長のモーリスがやってきた。


「モーリス、すまないが料理の材料の調達を頼む。必要なのは卵と砂糖だ。金は惜しまなくてもいいからね。ゲンツに手伝わせるので、出来れば近日中に何とか頼む。さて、俺はシルヴァルド殿に厨房を使わせてくれるよう頼むとするか」


 モーリスに材料の調達を頼んだアデルは、ブルーノを連れて再びシルヴァルドの部屋へと向かった。



 ーーー



 シルヴァルドの部屋と向かう途中で、アデルたちはユンゲルト伯爵に呼び止められた。


「お探ししておりました。お部屋に伺いましたところ、どうやら入れ違いになったようで……陛下が至急、アデル様においで頂きたいとのことで……」


「丁度良かった。こちらもシルヴァルド殿に用があって、そちらに向かっているところであった。してそれほどまでに急な御用件とは?」


「それはここではいささか…………陛下から直にお聞きになられるがよろしいでしょう」


 そう言われたアデルは頷くと、先導するユンゲルト伯爵に続いた。

 アデルたちがシルヴァルドの部屋に入ると、そこにはシルヴァルドの他に宰相のブラムの姿があった。


「急に呼び出してすまない。だが、どうやら我らの国に良くない風が吹きそうでな……」


 そう言うシルヴァルドの顔は、先程の妹の行く末を案じる兄ではなく、一国の王のものとなっていた。


「きな臭い話ですか?」


 と、アデルが聞くとシルヴァルドは黙って頷いた。


「ガドモアに放った密偵と商人たちの話によると、穀類の値が急騰しているらしい。今冬のガドモアで飢饉という話は聞いておらぬ。だとすれば…………考えられる可能性の一つとして……」


「…………つまりは兵糧を買い漁っていると?」


「その通りだ。準備の進み具合から見て、出兵自体は春から夏にかけてと思われる。問題は東と北、どちらに兵を出してくるか、だ」


 ガドモア王国は現在二か国、厳密に言えばネヴィル王国を含めて三カ国と争っている。

 だが、ガドモア王国としてはネヴィル王国など眼中にないだろう。ネヴィル王国など、いつでも平らげることの出来る、一辺境の小規模反乱程度としか思っていないに違いないのだから。

 ガドモア王国の主敵は、あくまでも北のノルトと東のイースタルの両国である。

 ネヴィルとしては攻守同盟を結んだ手前、もしガドモアがノルトに攻めて来た場合には兵を出さねばならない。


「まだウチに攻めて来ると決まったわけではないが、心の準備だけはしておいた方がよさそうだ」


 シルヴァルドの言葉に、アデルは黙って頷いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ひょろさんのエッセイから来ました。読み進めていく内にどんどんハマってしまい、ついには丸一日夜更かしして最後まで読みきってしまいました! 更新頑張って下さい。応援しています!
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