冬の交流
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
まだ16話ですが、書き直し版? パラレルワールド? のカルディナ戦記もよろしくお願いします。
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ノルトでの冬はとても静かで長く感じられた。
雪が降り積もっては晴れ、少しだけ雪が融け、そしてまた雪が降るの繰り返し。
最初こそ一面の銀世界にはしゃぎ、雪合戦などで楽しんだが骨身にしみるような厳しい寒さにより、外に出る事が稀となっていた。
となると、さぞ暇を持て余しているかと思うだろうが、そんなことはなかった。
アデルやトラヴィスは連日、同盟や交易に関する細かい事柄についての話し合いで多忙を極めていた。
そしてアデルにはもう一つ重要な仕事があった。
それはシルヴァルドの将棋の相手である。
二人は暇さえあれば将棋を指した。人払いをして二人だけになった室内で二人は、将棋を指しながら政治、軍事、経済といった様々な事柄について互いに問答をしあった。
ただしこれを楽しんでいるのはシルヴァルドだけであり、アデルはいつ化けの皮が剥がされるのかと気が気では無かったのだが……これによりアデルは、周辺諸国に関する知識やそれらの国の成り立ちなどの歴史、そして現在のガドモア王国の状態などを知る事ができた。
山海関の出口をガドモア王国に封鎖されてから、まったく情報を手に入れることが出来なかったのである。
ガドモア王国はネヴィル、ノルト両国にとって共通の敵である。
その敵国の情報をシルヴァルドは出し惜しみせずにアデルに教えた。
「先の内乱により取り潰された貴族やその配下たちが、ガドモア王国内で傭兵や賊となって荒らしまわっているらしい」
先の内乱とは、ガドモア王国の国王であるエドマインの庶兄であるポーダー公爵が起こした大規模な反乱である。
同国内のクングエル平原での戦いに敗れたポーダー公爵は処刑され、公爵に加担した貴族家の多くが取り潰された。
その際ネヴィル家は人を遣わせて、目ぼしい人材の招聘に努めた。
だが有為の人材全てに声を掛けれたわけではない。
「惜しいな……そういった不遇を託つ者たちの中に目ぼしい人材が居るのならば、是非にも当国に招きたいものだ…………」
建国したばかりのネヴィル王国は、人材を喉から手が出るほどに欲していた。
「ならば我が国は、そういった者たちがネヴィル王国へと加わるための手助けをしようではないか」
この申し出に対しアデルは素直に感謝した。
これが上手く行けばネヴィル王国にとっては大幅な戦力の増強に繋がる。
またノルト王国としても、有為の人材が再びガドモア王国に仕えるのを阻止できる。
「最初は彼らに資金や武器を援助してガドモアを揺さぶろうかと思っていたが、貴国に吸収して貰った方が面白いかも知れぬな」
「我が国としてはありがたいお話ですが、なにぶん我が国は小国。シルヴァルド殿の御厚情に対し、満足に報いることが出来るか心配でなりません……」
「ああ、それならば気にする必要は……そうだ! 一つ頼みがあるのだが、聞いて貰えぬだろうか?」
アデルの背筋に緊張が走る。一体どんな無理難題を吹っかけられるのだろうかと。
「以前、貴国に遣わせたユン伯……ユンゲルト伯爵が、面白いことを言っておってな……貴国の料理ならば余の口に合うかも知れないと、そう申しておった。どうであろうか?」
アデルは虚をつかれた。シルヴァルドが求めた見返りが想像外であったからだ。
「りょ、料理ですか?」
「ああ、何でもユンゲルトが言うには、肉料理でありながらもくどくなく、実にあっさりとしているのだと。貴殿が宴の時に申していたことが頭から離れなくてな……バランスの良い食事こそが、健康の秘訣だと」
「確か肉料理が苦手と仰られてましたね……わかりました。御口に合うかどうかはわかりませぬが、我が国の料理、豆腐ハンバーグをご賞味頂きましょう。幸いにして、今回の随行員の中には我が国の宮廷料理長がおりますので、ユンゲルト伯がお食べになられた味を、そのまま再現出来るかと思います」
それを聞いてシルヴァルドは、それは楽しみであると、ニコリと笑った。
そして窓の外を見た。
「もうお分かりかも知れぬが、ノルトの冬は実に退屈だ。だが貴殿が居るお蔭で、今冬は色々と退屈せずに済みそうだ」
こうしてアデルはシルヴァルドに今となってはネヴィルの郷土料理となっている豆腐料理を振る舞うこととなった。
ーーー
そうと決まったアデルの行動は早かった。
翌日には宮廷料理長であるモーリスらに、食材の準備をさせ、さらには厨房の使用許可をシルヴァルドから取り付けた。
「さぁ、始めようか!」
一国の王でありながら割烹着に身を包んだアデルに、ノルト王国の宮廷料理人たちは戸惑いを隠せない。
事前にシルヴァルドより好きに厨房を使わせるようにとの伝達があったが、まさか国王自ら厨房に入り、料理するなどとは夢にも思っていなかったのだ。
「今から始めれば晩餐に間に合うだろう。モーリス、まずは豆腐だ。豆は国より持って来たものを使う。後は……これだな……」
そう言ってアデルが用意したのは、トーヤが持たせてくれたスライスされた乾燥馬糞茸。
この馬糞茸ことマッシュルームで丁寧に出汁を取り、ネヴィルの赤塩で味付けした羹を作るつもりである。
「ゲンツはマヨネーズ作りな!」
似合わぬ割烹着を着せられてただでさえ不機嫌なゲンツは、アデルにマヨネーズ造りを命じられて不満をこぼす。
「マヨネーズは美味いが、かき混ぜるのが地味にキツイんだぜ?」
「雪のせいで身体を動かせなくて鬱憤溜まってるんだろ? そいつをマヨネーズに全部ぶつけろ!」
モーリスがゲンツに卵黄と塩と酢が入ったボールを渡す。
ゲンツは大きく息を吸うと、雄叫びを上げながら泡立て器でそれらを混ぜ始めた。
ノルトの宮廷料理人たちの助けもあって、豆腐ハンバーグを始めとするネヴィル料理は完成した。
「口に合うといいけどな」
「ご心配なさらずとも大丈夫で御座いましょう。オリーブのバージンオイルを用いて強火でさっと焼きあげておりますので、旨味が中に凝縮されておりますし、風味も損なわれてはおりません」
モーリスの自信たっぷりの言葉にアデルは頷いた。
「こっちもばっちり完成してるぜ! 料理ってのは冷めねぇ内に喰った方が美味いに決まってる。さぁ、俺らの自慢のネヴィル料理、とくと堪能してもらおうぜ!」
大量のマヨネーズを作らされたゲンツの顔は相変わらず不満気であったが、その口調にはやり遂げた満足感に溢れていた。
こうして料理が冷めないうちにと、シルヴァルドの元へと運ばれていく。
毒見役はノルト側の人間ではなく、アデル自身が務めた。
「まさかこうも早くに味わう事が出来るとは思わなんだ。アデル殿自らの骨折り、感謝の言葉も無い」
「料理は私の趣味の一つでもありますので、苦ではありませんし、そうだ! 今日お出しした料理のレシピは、貴国の料理人たちに教えておいたので、もし気に入ったのであれば、これからはいつでも食べることが出来るでしょう」
「手ずから調理していただいただけでなく、料理のレシピまでお教え頂けるとは、何と礼を申せばよいのやら……」
「いえ、礼など…………ささっ、冷めぬ内にお召し上がりください」
シルヴァルドは今一度アデルに謝意を示すと、料理に手を付けた。
まず最初に羹をスプーンで掬って口に含む。
出汁の効いた塩味のスープで口を湿らせた後、メインの豆腐ハンバーグに手を付ける。
シルヴァルドは、豆腐ハンバーグにサッと滑らかにナイフが通ったことに驚きの表情を浮かべつつ、小さく切ったハンバーグの欠片を口に含んだ。
シルヴァルドは欠片をゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。
「…………変わった味だ…………肉であるのにあっさりとしていて、臭みもない。ハーブの類で誤魔化しているのでもないし、これは…………美味いな!」
豆腐ハンバーグがシルヴァルドの口に合ったと知り、アデルはホッと胸を撫で下ろした。




